痛みの繭
五月も残り一週間を切ったというそんなタイミングで、海外より赤羽が戻って来る。
慌てて戻った赤羽が部員たちと合流したとき、ナガレは機体の中に搭乗していた。
海外での論文発表会でまあそれなりに頑張って、天才ぶりを発揮したもんだからなかなか返してもらえず。
そして戻って来た時には、ラストチャンス。
今、ナガレは個人戦に参加している最中であった。
とうとう追い詰められてしまい、この小規模大会でナガレが優勝しなければ、可能性は潰える。
いや、もう一つあるにはあるのだが、ナガレの代わりとなるパイロットを見つけることなので、その可能性を赤羽は口にするつもりも選ぶつもりもない。
駄目なら共に沈む。
その覚悟がなければ、流石にこれまで頑張って来たナガレに失礼過ぎる。
「赤羽先生! 遅いですよ!」
あさひは嬉しさを顔に滲ませながら叫ぶ。
赤羽はぽんとその頭を撫でた。
「すまん。状況を教えてくれ」
そう赤羽が言った瞬間、キョウジは分厚い書類の束を渡した。
赤羽は受け取り、パラパラ漫画を見るように速読する。
それを二度ほどくり返して……。
「状況は把握した。キョウジさん。苦労を掛けた」
赤羽は神妙な面持ちのまま、深く頭を下げる。
部外者である彼がどれくらい頑張ってくれたのか、ずしりと重い紙の束が証明していた。
「いや。……やっと肩の荷が下りた。あんたの代わりは俺には無理だ。もう二度としたくない」
そう言って、キョウジは倒れるよう椅子に座り込んだ。
軽量射撃機のサブマシンガンを、アキレスの楯は受け続ける。
激しい金属音が響き、火花が散る。
けれど、アキレスにダメージは一ミリも入っていない。
こと正面に限れば、アキレスの楯は重量耐久重視にだってひけをとらないだろう。
けれど……これは勝ちにつながらない。
むしろ、いつもの負けパターンの一つだった。
「……技量ではないな。経験の方か」
赤羽は小さく呟く。
ナガレの技量は熟練であるだろう相手に決して劣っていない。
無茶な蓄積と強引に大会連戦していることで、アキレスの楯限定だが操作技能そのものは相当に上がっている。
問題となるのは、その技量をナガレが短期間で詰め込んだということ。
アドリブが一切効かせる経験がない。
経験不足だから動作の選択肢が乏しい。
だから、距離を詰めれない。
アキレスの楯最大の勝ち筋は、タックルを相手にぶちかますこと。
それが封じられているから、苦しい試合となっていた。
「いや……これ、たぶんだがどっかで情報出回っているな」
赤羽はそう推測する。
流石に高性能機がこれだけ勝てないのはおかしい。
つまり、アキレスの楯の対策が広まっている。
ナガレの情報ではなく、ARCがアキレスの楯を入手したという情報。
おそらくだが、三機でライズバトルに出た時だろう。
「初心者相手に、対策されてというのは……」
PCでモニターしながら、達臣は小さく呟いた。
「きついだろうな。特に、アキレスの楯のようなわかりやすい場合は」
一応だが、もう一つ勝ち筋はある。
変形し、持たせたライフルで勝負を決めること。
とはいえ、それも難しいだろう。
初心者であることを踏まえ、用意したのは汎用性の高いアサルトライフル。
けれど、低予算かつ調整の甘い武装で、しかもナガレは本人の気質的にも才能的にも、射撃は大分弱い。
これはあくまで遠距離で何もできない場合のみの代用手段。
勝負を決める本命足りえない。
そして、今のARCに用意されるのはこれが精々であった。
そうしてしばらく試合を見ていると……。
「あれ? この対戦相手……」
最初に気づいたのはあさひだった。
時間差で、赤羽も気づく。
「ワンチャン繋がったか」
赤羽は小さく呟いた。
神妙な表情で何かに気づいたらしい二人を見て、達臣は尋ねた。
「どういうことですか?」
「油断か、緊張か、とにかく相手に隙があるって話だ。むしろこういうのは最初に気づくべきはカイだろうに」
そう言って、赤羽はジロリとカイを睨んだ。
「すまない。どうやら俺も相当テンパっているらしい」
「らしくないな。……いや、らしいと言えばらしいか。まあ良い。カイ、オペレーターをやれ。たぶん私よりお前の方が向いてる」
「了解」
カイは答え、達臣の隣に座りヘッドマイクを装着した。
「聞こえるかナガレ。これからタイミングを指示する。うまく合わせてくれ」
そう言って細かい作戦を指示するカイと、明らかに挙動不審な様子で何等かの準備をしているアキレスの楯。
その様子を、莉央はぼんやりと眺めていた。
「どうして……そんなに頑張れるんだろう」
わからない。
わからないけど、独りだけ胸が痛かった。
「お前だってこれまで頑張ってきただろ?」
赤羽はそう、優しく声をかける。
掃除だって簡単じゃない。
お茶くみだって誰かのことを思わないと出来ない。
「少なくとも、文句ひとつなく出来ることをやり続けた莉央はARCにいないといけない人材だ。みんなそれはわかってるだろうよ」
赤羽の言葉に、莉央は俯き、ぎゅっと強くスカートを握る。
「わからない。私、頑張ってないから……」
「そうか……。そうだなぁ。……じゃあ、大好きなもののために頑張ってる。それならわかるか?」
莉央はぐるりと一周して皆の表情を見た後、最後にキョウジの顔をじっと見つめる。
キョウジは唇を咬み、苦渋をにじませるような表情で試合を見続けていた。
皆そうだ。
自分以外、皆同じ方向を見ている。
「好きなもののために、頑張る……」
「そうだ。別に特別なことじゃない。むしろ当たり前のことだな」
もう一度、キョウジの表情を見る。
ずきずきと、胸が痛んだ。
『自分は、この場にいる資格がない』
そんな気がして、莉央は静かにその場を後にする。
しばらくしてから、試合会場で大歓声が沸き上がった。
「うまく合わせられたんだ。リロードのタイミング」
一人ベンチに座り、ぽつりと呟く。
対戦相手の悪癖……というよりは、楯に辟易して雑になったからだろう。
一気にフルマガジン使いきり、そして立ち止まって最速リロードなんて行動を繰り返していた。
あれにタイミングを合わせ安全に変形して射撃。
相手が焦っているところ距離を詰めタックル。
大体その辺りだろうと、莉央は推測していた。
「……はぁ」
小さく、溜息を吐く。
最近ずっとだ。
ずっと胸が痛い。
一体何に自分が傷ついているのか。
それがわからないことが、辛かった。




