意味も意義も見当たらず
ナガレが、上級ライセンス試験を受ける日が訪れた。
けれど、実働時間が足りず受けられなかった。
これは期限内では、県内最後のチャンスだった。
残りはもう、多少無理をして県外で受けるしかない。
けれど、そのチャンスさえ、あと何度あるかわからない。
また別の日、個人戦の大会に出て、いつものように一回戦敗退という洗礼を受けた。
それなりに競っていたとは思うが、やはりアキレスの楯という機体は初心者がタイマンするに向いてなさすぎた。
かといって、今から他の機体に乗って勝利させるというのはかなり厳しい。
だから、しばらくは苦しむことになるだろう。
そんな様子を、莉央はぼーっとして他人事のように眺めていた。
小森莉央。
彼女の役割は雑用的なサポート。
お茶を出し、掃除をし、片付け、皆の快適度を上げる。
そう、西島恭司郎に命じられた。
だからそうしている。
つまるところ、彼女は部活動に対し一切の主体性を持たない。
やる気の有無以前で、興味そのものがなかった。
……いや、この表現もまた、少々違う。
彼女は、生きることそのものに関心が限りなく薄かった。
彼女にとって日常というものは、苦しみに藻掻き、孤独に惑わされ、我を消し、絶望に耐える日々を超えていくこと。
そんな風にして、ただ過ぎていくだけの時間を積み重ねて、彼女は今日を生きている。
けれど、最近は少しだけ違って……。
「んー。やっぱり厳しいなぁ。練習にシミュレーター百本とかする時間もないしなぁ」
そう呟くあさひを、莉央はちらっと見た。
「……ん? どうしたの莉央」
ふるふると首を振り、莉央は数歩ほどあ離れた距離のまま、あさひを追いかける。
莉央が自分を出すことはない。
いつだって惰性のように流されて生きて来た。
だからこそ、それは本当に珍しいことだった。
彼女が、自分から誰かと友達になろうなんて言ったことは。
「時間がないなぁ。どうしたら良いかなぁ」
呟き、困る友人を見つめる。
もやっとした気持ちが、胸の奥に宿る。
何も出来ない自分を受け入れたはずなのに。
「確かに、今の状況は非常に不味い。けれど、実のことを言えば、最大の懸念点は別にあるのだよ。あさひちゃん」
仰々しい態度でなぎさが現れた途端、莉央はさっと距離を取り、まるで怯えているかのように壁の後ろに隠れた。
「……私、そんなに嫌われるようなことしたかな?」
珍しく、なぎさは素でショックを受けていた。
「あまり部室にいないからじゃない? 後単純に騒がしいのが苦手っぽいし」
「なるほど、気を付けよう」
「んで、最大の懸念点ってのは?」
「うむ。単純な話だよ。赤羽顧問がいない」
「まあ、確かにねぇ。指導力といい事務能力といい、困るよねぇ」
「そうじゃない。あさひちゃん、事態はもっと深刻なんだ」
「んあ? どゆこと?」
「つまり――全国大会予選エントリーが出来ない」
「……エントリーできるの、顧問限定?」
「いや、その辺りは幾らでもクリアできる。問題はそこではなく、手段の方。私の頭脳では、どうやっても箱舟に予選参加権を与えれない」
予選参加するための課題を出したのは、赤羽顧問。
けれど、課題と全国予選に直接の因果関係はない。
これをすれば予選に出れるとか、これをクリアしないと予選に参加できるとか、そういう明確なハードルは一切ない。
ただ、委員会より認可を受けることのみが、参加条件となる。
つまり、求められるは純粋な活動実績のみ。
普通に考えれば、通常の手段では最小人数最小規模か新規参入したばかりのARCに枠が与えられることはない。
それを、赤羽顧問は覆せると言った。
一切方法はわからないが、断言出来るほど力強く。
「赤羽顧問のことだから嘘はないと思う。けれど……はてさて、間に合うだろうか」
いつものように回りくどい話し方ではある。
けれど、いつのような覇気はなかった。
「……それでも、出来ることをするしかないよ」
あさひにはもう、そう答えることしか出来なかった。
自分だけの夢だったら、早々にあさひは諦めていただろう。
けれど、そうじゃない。
仮で、代理で、威厳も何もない。
それでも、あさひは部長である。
その席は、決して軽いものではなかった。
「叶わないとわかっても、頑張るの?」
その声に、あさひとなぎさは驚き、ぎょっとした表情のまま莉央の方を見る。
普段おどおどして、ちゃんと話せない彼女らしからぬはっきりした声だった。
壁に半分顔を隠し、遠巻きに。
それでも、莉央はしっかり二人のことを見ていた。
正しくは……あさひの方を。
なぎさはあさひの方をちらっと見る。
「……んー私が頑張るのは当たり前の話だから何とも言えないなぁ。ナガレパイセンには申し訳ない気持ちはあるよ? 私の我儘につき合わせてる感じだし」
「無理だと思っても、諦めないの?」
「諦めないよ」
「どうして?」
「こんな話少しもしたなぁ。えとね、それは私が諦めない担当だからだよ」
「……わからない。私には、何もわからないよ」
「ま、割と変人な自覚あるよ」
そう言って、あさひは微笑んだ。
大切な友達であることに、違いはない。
あさひはたった一人の、しかも自分から言い出した友達である。
それでも……莉央は、納得できないというような表情を浮かべていた。




