悪夢
いつものように、キョウジは悪夢を見る。
潰えた主の下半身。
業火に燃える子供たち。
たった一人……小森莉央しか救うことが出来ず、それ以外をすべて見捨てた。
悪魔の教室の名は、愛されし存在から事故を起こした愚か者というレッテルを張られ、失墜した。
お前のせいで。
お前のせいで。
わかっている。
天国に行った彼らが、わが主とその生徒たちが自分を責めることなどない。
それでも、止まらないのだ。
自分を責める、その声が。
あの時、お前が無能でなければ、こんなことにならなかった。
お前がもっと周囲に気を配っていれば、彼らは今頃生きていた。
真にお前が仲間であったのなら、あの惨劇は起きなかった。
命を持って、詫びたい。
けれど、それさえ許されない。
何故ならば……。
『頼む』
そう言って、託されたのだ。
だから、彼女が無事に育つまでは、地獄さえ落ちることは許されなくて――。
はっと、キョウジは目を覚ます。
姿勢は椅子に座ったまま。
どうやら、寝落ちしていたらしい。
腕を回し、コリ固まった身体をほぐしていると、キョウジのテーブルにことりと、一杯の熱いコーヒーが置かれた。
「すまんな」
そう答え、莉央の用意するコーヒーを口に含む。
泥のように濃くて、目の裏に星が出そうな煮詰まった《黒》。
カフェイン中毒まっしぐらなそれは、キョウジの指定通りのものだった。
「キョウジさん。あんた無理し過ぎだよ。今日はもう帰って寝てくれ」
声をかけられ、そう言えば居たなとキョウジは彼の方を見る。
そこには、心配そうな顔をしたナガレが立っていた。
「多少の無理は仕方がない。それに、俺よりよほど貴様の方が無理をしているだろうが」
「俺は体力には自信があるからな。というか、俺に付き合ってたら誰だって倒れちまうよ」
「かもしれんな。とはいえ、そうも言ってられん。過去問は出来たか?」
ナガレは困った顔で、そっと上級ライセンスDペーパー過去問の答案用紙を手渡した。
「ふむ……」
呟き、答えを見ながら採点をする。
結果は――。
『62点』
「……可もなく不可もなくだな。合格ラインまであと二歩。万全を期すなら四歩ってところか」
流石現役、伸びが良い。
けれど、足りない。
実技の点が良かったと仮定したとしてもなお、合格ラインには全然届かない。
本人も厳しいことを十分理解しているらしい。
ナガレは、こわばった表情となっていた。
「……地道に積み重ねろ。お前は天才かもしれんが、一足飛びに答えを導くタイプじゃない。一歩ずつだ」
「天才じゃないが……うっす。というわけで実働時間稼ぎたいんで、申し訳ないんですが付き合ってもらえますか?」
「任せろ。今から大学に許可を求めるから……そうだな。三十分から一時間後ってところだな。その間休憩でもしておいてくれ」
「了解。……ところでキョウジさん」
「なんだ?」
「それ……さっきから流しているの何ですか?」
ナガレの言葉で、キョウジは自分のパソコンがずっと動画を流していたことに気づいた。
「いつの間に……。無意識だったな」
キョウジはナガレに聞かせるため、ミュートを解除する。
『これぞ悪魔の教室の実力よ! 驚いた者は高評価を、我らが配下となる決意をしたものはチャンネルを登録するが良い! くっくっく……』
画面の中には白衣を着た胡散臭い男が立っていた。
怪しさというか、気持ち悪さがキョウジの非ではない。
完全なる不審者であった。
「……気づけば、わが主の齢を超えてしまったな」
そう呟き、キョウジは苦笑した。
「これが……キョウジさんの言う、悪魔の教室……」
「ああ」
キョウジは、懐かしむような優しい目をしている。
けれど同時に、それはとても悲しい目でもあった。
ナガレはキョウジと共に、終わりかけた動画へ目を向ける。
理科室みたいな背景に大勢の小さな子供たちが集まり、その中央に一人、成人男性が混じっていた。
なるほど、確かに教室だ。
どのあたりが悪魔なのかはわからないが。
「これ、どの子がキョウジさんなんだ?」
ナガレの言葉に、キョウジは一瞬だけ目を丸くする。
まるで想定していなかったというような、そんな態度。
その、嘲笑するかのような表情で、呟いた。
「俺はいない。ここにいるのは正規メンバーだけだ」
キョウジはそのままノートパソコンを閉じ、何事もなかったかのようにガレージを後にする。
何故後継者なのか。
どうしてメンバーでないのに後継者を名乗っているのか。
そもそも、いったい何を後継したのか。
色々気にはなるものの、どうにも触れづらくナガレは何も聞けなかった。
ちらっと、莉央の方に目を向ける。
莉央はナガレからさっと距離を取り、ぺこりと頭を下げた後、その場から消える。
多少打ち解けたつもりではあるが、それでもまだ、拒絶するような心の壁が感じられた。




