失敗ばかりの自分
圧迫感のないコックピットの中、Gを感じぬ温い紛い物のシミュレーターにて、機体をカイは繰り出す。
これなら誰だって巧みに操れるだろうに。
そんなことを内心思いながら。
扱う機体は『グレモリー』。
中距離高機動を特徴とした、プロの世界でも採用されている最新機種である。
その機動性はコヨーテやアキレスの楯さえ目じゃない。
純粋なハイスペック、ハイパワーのユニットだった。
そして、対戦相手もまた全く同じ武装をした機体。
三点バーストの高火力ライフルと内蔵のビームガトリング。
そして近接格闘用大型の『刀』。
全く同じだからこそ、理解出来る。
すべてにおいて、自分より女中の方が上であると。
つまりはその程度。
竜胆の家の平女中よりも、カイは弱い。
ただそれだけの事実が、モニターにて"敗北"という結果にて表示されていた。
「……だから、無理なんだ。三つ目の道は」
そう言って、カイは静かにコックピットから立ち上がり、足早にその場を離れようとする。
「あ、ちょっと待ってってカイ!」
あさひは女中に深く頭を下げた後、カイの背を慌てて追いかけた。
「実力……じゃあないんですよ、カイ様。貴方の場合は、まだその実力以前の話なんですよ」
そう……《《我》》を通すことが三つ目の道。
その《《我》》さえないカイには、答えなど見えるわけがなかった。
部屋に戻って、落ち込むカイにあさひは言った。
「割と惜しくなかった?」
カイは、ジト目であさひを見た。
「お前、凄いな本当に。空気を読むって知ってるか?」
「読んでるから聞いてるんだよ。ぶっちゃけ相手の人、めっちゃ手加減してたじゃん」
「わかるのか?」
「わからいでか。だからさ、なんで手加減してるのか知りたいから、惜しかったって聞いてるんだよ。そっちこそ空気読んでよね」
「……お前、女じゃなかったらぶん殴ってるぞ」
「男女差別だー。仲間としてちゃんと殴れー」
「そっちかよ。……まあ、差別は良くないな」
そう言ってカイは手元の要らないプリントでハリセンを作り、ぺしっとあさひの頭を叩いた。
「あてっ」
そう言って目を閉じるあさひは、妙に楽しそうでカイはちょっとイラっとした。
「そんで、さっきの事情説明プリーズ」
「お前、本当強いな。メンタル鋼か?」
「超合金です」
「……はぁ。あれだ。ギリギリまで手加減して、ギリギリで勝つんだよ毎回。それが出来るくらいに相手と俺に実力は差がある。だから何回やっても無駄なんだよ」
「なんで?」
「知るか」
「……ふーん。んで、カイはそのままで良いの?」
「良いか悪いかじゃない。無理なんだよ。どうにか出来る手があるならするが、何もない。単純な実力差なんだから」
「実力なの?」
「……他に何があるんだ?」
「何があると思う?」
思わせぶりな態度にイラっとしながらも、怒りを抑えカイは改めて考える。
こいつは突拍子もないように見て、いつも答えを突いてくる。
だからこの会話に付き合うのは、きっと無駄じゃないはずだ。
そう信じて考えて……。
「結局さ、これか。あさひと俺の違い。俺は……乗り越えられる気がしないんだ。負け癖が付いているというか……」
「負け癖?」
「そうだ。何でもさ、まず負けた時のことを考える。俺は兄貴たちとは違う。いつも……いつもいつも躓いて、失敗して、だから……俺は……」
そう――そうだ。
俺はいつも失敗する。
いつだって誰かに負ける。
それは才能や能力じゃない。
それが俺の本質だからだ。
俺自身が駄目だから、だから俺なんて――。
「それ、そんな悪いこと?」
きょとんとした顔で、あさひは尋ねる。
本当にわからないとばかりに、首を傾げながら。
「……え? いや、だって、負けるのは、悪いことで……」
「ただ石橋を叩いて渡ってるだけじゃん」
「それでも……やらないといけない時に、俺は成功のビジョンが見えない。それは間違いなく問題で……」
「じゃ、そっちは私に任せて」
言葉の意味がわからず、今度はカイが首を傾げた。
「――任せる?」
「うん! 私はいつも成功のことしか考えてない! だから失敗しそうな時は教えて。それじゃ駄目なの?」
「……いや、だけど……それは……あれ?」
否定しようとしても、言葉が出てこない。
むしろ……。
「そもそも、問題ってなんだったっけ……」
カイは静かに呟く。
一体何が問題なのか、話してたらわからなくなってきていた。
「丁度良いじゃん。プラスとマイナスでさ。むしろ正反対だから良いんだよ」
「何が良いんだ?」
「同じ意見の二人と、違う意見の二人。どっちの方が有意義な議論が出来る?」
カイは、ぴたりと口を閉じる。
さっきから、ちかちかと頭の中で何かが点滅して、うまく考えられない。
閃きそうな、気づけそうな、そんな感覚。
さっきの問答で、何か自分の中にある答えのようなものが、見えそうな……。
「ああくそっ! もうちょっとなのに……ちょっと行ってくる!」
「ど、どこに?」
「シミュレータールームだよ!」
カイはそのまま走っていった。
「ほっほっほ。青春よのう。なんておじいちゃんごっこしてないで、私はどうしようかなぁ。なんか、今行ったら邪魔しちゃいそうな感じなんだよなぁ……。よし、おじいちゃんとこ遊びにいこ」
そう言ってあさひはふらふらーっと一文字の部屋に向かった。
女中に再戦を頼み、期待の一戦目。
あっさりと敗北。
『もう一回、頼む』
そのまま立て続けに二戦目を開始。
何も変わらず、敗北。
『もう一回だ』
そうして三度目も結果は変わらず。
女中は申し訳なさそうに呟いた。
『もしも、体力勝負に持ち込むつもりなら、無駄だと言っておきますが……』
その言葉に、カイはきょとんとしながら返した。
『いや、むしろ先にダウンされたら困る』
わけがわからない。
わからないが、挑まれたら断れない以上、女中はこの無駄な時間を過ごすしかなかった。
四戦目、五戦目、六戦目。
順調に負けの数を増やし、女中の困惑が広がっていく。
まるで動きは変わっていないし、工夫も何も見られない。
一切意義を感じないその戦いは、賽の河原のように退屈を感じる。
その間、カイはずっと思考に耽っていた。
何か、一瞬の会話の中で何かに気づきかけた。
けれどそれが何かわからない。
自分のことなのに、何故わからないのか。
カイの中でフラストレーションが溜まり、それを操縦で晴らしていく。
もう少し、もう少しなんだ。
そうして気づけば十二戦目。
その試合もまた、いつものように負けそうになっていた。
女中は刀を抜き、こちらに向け振り抜く。
他の武装はともかく、刀はどうしようもない。
技量を要する近接武装である。
カイでは扱いきれない。
だから接近された時点でまたこれも敗北で、次に備えようとして――。
かちりと、スイッチが入ったような音が頭に響いた。
よぎったのは――あさひにパイルバンカーをぶち込まれた、あの瞬間。
気づいた時には、身体が動いていた。
女中の放つ斬撃を、カイは鞘から抜かずの刀で、必死に防ぐ。
何をそんな真剣になっている。
何をそんな本気になっている。
こんな、いくら負けても良い勝負にお前は何を――。
「そうじゃない。勝ちとか負けじゃない。俺は……俺はようやく見つけたんだ」
そう――始まりはあの時。
あの滅茶苦茶な奴に、天羽あさひに一撃ぶち込まれた時。
そこだ。
そこが始まりだ。
あの瞬間思ったんだ。
こんな価値のない俺でも、あいつの隣なら価値が出るんじゃないか。
いいや、そうじゃない。
あいつを、《《俺が》》勝たせてやりたいと思った。
そう……それだ。
「俺だ。俺が最初に見つけたんだ。あんな面白い奴はいない。それを俺は、他の奴らに見せつけるんだ!」
あいつの隣でなら、この劣等感を抱えたまま俺は強くなれる。
だから――俺は、俺のままで良い。
カイは距離を取り、刀を構え――そのまま、女中に向け刀を投げつけた。
予想外の行動だったのか、女中の動きが一瞬だけ止まる。
その隙に、刀の間合いから離脱した。
「最初からこうすりゃ良かった。どうせ使えないんだからいらんわな」
カイは自分の視野の狭さを恨みながら、ガトリングを撒き散らし距離を稼ぐ。
迫る相手を翻弄しながら、追い詰められながらも、必死に粘るように。
「俺は、弱者だ。竜胆に相応しくない、有象無象。無数の銃弾のたった一発に過ぎない」
竜胆に相応しくない。
当然だ。
有象無象に過ぎない。
ようやくそれを受け入れられた。
だから――。
追い詰められ、刃が目前に迫る。
その一閃を、カイはライフルを楯にしてギリギリで凌いだ。
これまでここまで粘ったことはなかった。
こんなに本気になったことはなかった。
そして――今度はカイは自ら、敵の傍に迫った。
刀の間合いより、更に近い距離。
それはまるで、いつか自分がぶち込まれた、あの技のように。
「俺は、一発の銃弾で構わない」
拳を、叩きつけた。
相手の顔面に、殴り込むように。
腕部の先に搭載された、ガトリングが輝く。
ゼロ距離でぶち込まれるガトリングに女中は対処を考える。
自分も同じようにガトリングを。
そう思ったものの、刀を握っている以上それは叶わない。
ならば自分も刀を捨てる。
けれど、その選択を選ぶ時間はなくて――。
「そこまで!」
当主の鋭い一声に、二人の動きが止まった。
「ご、ご当主様」
女中ははっとして、戦闘を止め、深く頭を下げる。
カイも席から立ち上がり、軽く頭を下げた。
「……何か、見えたか?」
当主の言葉に、カイは頷いた。
「俺一人じゃあ、兄貴にも、弟にも勝てません。けど……」
カイは、当主の隣にいるあさひを見た。
「……私がどしたの?」
あさひは自分を指差した。
「……こいつとなら、勝てるかも。そう、思えました」
「もし、次負けたらどうする?」
「その時は、こいつが次に勝つ方法を考えてくれます。……もう、俺は折れませんよ。残念ながら、負けることには慣れてしまってますので」
そう言って、カイは笑った。
「……私の部屋に来い」
当主の言葉に、カイの表情が強張る。
最後の問答。
ここで納得させないと意味がない。
だからカイは、精いっぱいの勇気を振り絞って頷いた。
「んじゃ、行ってらっしゃい」
あさひは他人事のように手を振った。
「お前はどうするんだ?」
「シミュレーター使わせてもらう約束してたから。それに……」
そう言って、あさひは女中の方に目を向けた。
女中の目が、さっきまでとは違っていた。
それはまるで、獣の眼光。
優しく丁寧な女中の皮を捨て、獰猛な狩人という本性を彼女は露わにしていた。
「今度ばかりは、私がチャレンジャーとなりますね」
その言葉で、カイは思い出した。
「そうか。お前、ゲームだとランカーだったな」
「うぃ。そういうわけでちょっとお勉強の息抜きも兼ねて遊んでるね」
そう言ってあさひは手を振る。
当主は『もう良いか?』というような目を向けている。
カイは小さく頷き、当主の後ろを付いて歩いた。
当主の部屋。
お茶と羊羹が用意され、正座となって。
そうして最初の問答が……。
「あの娘を、嫁に迎える気は――」
「ない!」
つい、当主であるということさえ忘れ声を張り上げてしまった。
そのくらい、カイにとってあさひは"ない"。
あれは女枠ではない。
「そ、そうか……」
「というより、何故そこまで俺とあいつを一緒にさせたがるんですか?」
「決まっている。あの娘は、竜胆の家に役立つ」
「ならば、なおのこと認められません。竜胆の家に縛り付けるには、あいつの器は大きすぎます」
「そうか。……そう言うか」
「ええ。そう言います」
お互い、睨むように見つめ合う。
そして、当主はにやっと笑った。
「それで良い。お前の思うように進め」
「じゃ、じゃあ……」
当主は、カイの方をじっと見つめる。
そして――深く、頭を下げた。
それが土下座であると気づくまで、たっぷり数秒の時間を要した。
「な、なにをするのですか、ご当主様。そのようなこと――」
「いいや。当主であるなら、家族であるなら――気づかねばならなかったんだ。このような家を作った私は……私だけは……」
その姿を見て、カイは自分が思い違いをしていることに気づいた。
自分は、竜胆の家に相応しくない振る舞いをしたから、剪定を受けていたと考えた。
けれどそうじゃなかった。
切り捨てる枝葉に頭を垂れる者などいない。
当主はただ、カイが心配なだけだった。
「すまなかった。……お前の苦しみに気づいてやれなくて。お前が追い詰められている時に、傍にいてやれなくて。お前を――庇ってやれなくて――」
震えるような声。
自分の記憶にない、あまりにも弱い男の声。
ふと、カイははるか昔の記憶を思い出した。
小さな頃、自分を抱きしめる当主。
その時の彼は、不器用な、不安そうな笑みを浮かべ、それでも確かに、幸せをかみしめていた。
泣きそうな顔を堪えながら、それでも宝物かのように、自分を抱いてくれていた。
どうして、それを忘れていたのだろうか。
ぽたり、ぽたりと涙が零れる。
今まで泣けなかった涙が、一区切りを示すよう、とめどなく。
寂しくて、苦しくて、悔しくて。
「なんだ。やっぱり俺も、悔しかったんじゃないか。負けて当然と自分に言い聞かせていたことが馬鹿みたいだ」
そう言って、笑って、そして頭を下げた。
「お世話になりました」
当主は、堪えるような表情で起き上がり、大きく頷く。
「今度こそ、困ったらいつでも来い。当主だからではない。大切な孫のため、私が何かしたいんだ」
「そのお言葉……決して……忘れません」
自分のことを、ずっと心配してくれていた。
それだけで、十分救われた。
だからだろう。
涙が止まらなくて、それだけ言うのが限界だった。




