言ってやんない
言われてみたら、確かに答えられない。
カイは、自分がパイロットを辞めていない理由がまるで思いつかなかった。
辞めたい理由の方は幾らでも思いつく癖に。
何故だ。
そう思い、カイはあさひを見つめる。
小さな銀髪の少女もまた、じっとこちらを見続けていた。
まるで、何も考えていないかのような無垢な瞳。
けれど、それが本質でないことはもう十分にわかっている。
こいつが能天気であることはまあ、事実だろう。
だが同時に、天羽あさひという女は物事の本質を正しく捉える。
道理や理屈を飛ばしたその先の本質。
獣の道理、野性の本能とでもいうべきだろうか。
「今、とても失礼なこと考えなかった?」
あさひはジト目で尋ねる。
鋭いと思いつつ、カイは誤魔化した。
「いや、そんなことないぞポメ子」
「ポメ子ってなんじゃい。あんたの方が犬っぽいっつうの」
ぷんぷんと怒るあさひに、カイは思わずくすりと吹き出した。
「やっぱりお前は凄いな。……俺は、お前のように考えられないわ」
「いきなり何の話よ。ったく。聞き手くらいにはなったげるから、愚痴ならしっかり吐き出しな。あんた生真面目でため込んでそうだし」
「愚痴というわけじゃない。ただな……俺にはどうしても、出来ると思えないんだよ」
そう――。
あさひがやってきたこともそうだが、これからもそうだ。
全国大会の予選に出る?
そこに居るのは百人規模のイクス・ユニット部活ばかりに、一桁メンバーの新規弱小大学が?
そんなこと出来るわけがない。
それがどれだけ高いハードルと少ない枠だと思っているのか。
皇蒼月に勝つ?
あれだけ実力差があって?
戦いにさえならず、ボコボコにされるのが関の山だろう。
いつもそうだ。
カイは、失敗した後のことばかり考える。
だから、わからなくなっていた。
自分がやっていることの意味が。
「怪我で怖くなったからパイロットを辞める。そう両親には言ったんだ。けど、本当は違う。俺はさ……逃げたんだ。偉大な兄と、天才の弟から」
全国大会優勝に導いた兄。
まだ高校生であるにも関わらず頭角を現し、あっという間に自分を追い抜いた弟。
その間にいる自分は、何も出来ていない。
「才能がないというわけじゃない。少なくとも、俺は男として生まれ、頑強な身体を持っている。環境だって最高だ。両親は差別も区別もなく、きちんと指導してくれた。だから――だから、俺が駄目なのは、誰の所為にも出来ないんだ」
カイは静かに、自分の頭を抱え座る。
そう、誰の所為にも出来ない。
恵まれた環境にあってなお落ちぶれたのは、"俺"の所為。
最初は才能がないことを言い訳に使っていた。
俺は兄や弟とは違うと。
でも、それさえもう許されない。
女性で虚弱のあさひが、不可能を幾つも覆したのだ。
才能の所為になんてみみっちいこと、出来るわけがない。
つまるところ、カイを最終的に追い込んだのは、あさひという希望であった。
静かに耳を傾け、あさひは小さな声で呟いた。
「ごめん……。わかるよって言ってあげたいけど……」
「わかっているさ。お前が俺の立場なら、きっと死に物狂いで逆境に立ち向かっている」
「逆境というか、兄か弟どっちかをターゲットにしてそいつを狩ることだけを考えるかな」
ちょっと斜め上の回答で、カイは呆れ顔になった。
「いちいち発想が物騒なんだよお前。鎌倉武士と殺人ピエロを足して割らないみたいな性格してんな」
「いや、そこまで猟奇的じゃありませんけど……というか仮にも女の子にその例えは酷くない?」
「悪いが俺の中で天羽あさひってのはそういう存在だ。……すまんな。変な愚痴を言った」
「ううん。そんなことないよ。でもさ、やっぱりそれなら尚のことおかしいよ。カイは、どうして機体に乗ってるの?」
結局、最後にはそこに行きつく。
最初の疑問に。
どうして、竜胆カイは未だパイロットをやっているのか。
最初は、あさひがどこまでやるのか見てみたいからと思った。
だが、きっとそれだけじゃない。
もし本当にそうなら、ここで立ち止まっていない。
すっぱりとパイロットを辞めサポーターになっている。
ARCにパイロットが足りないからしょうがなく?
いや、それは真実だが、今のカイに他所様のことを考えている余裕はない。
自分のことで手一杯だ。
じゃあ、どうして?
それでも……結局立ち止まり続けている。
カイは、何かに抗い続けていた。
自分が、何に抗っているのかわからないままに。
「……なあ、あさひ。お前は……」
「――言わないよ」
あさひはぴしゃりと言い放った。
「言わない。カイにどうしろってのは、言ってやんない。例えどんな結論になったとしても、それを決めるのはカイじゃないと駄目だよ」
「……そうか」
そう言って、カイは無言になる。
どれだけ考えても、堂々巡り。
結局答えなんて出なくて、その日は二人で上級ライセンスの試験勉強をして、残りの時間を過ごした。
何故か当たり前のようにあさひも当主の家に泊まり込んでいるが、それに気づかない程度にはカイは追い詰められていた。
そして翌日――。
カイとあさひは一夜を共にした…とはいえ、流石に寝床は分けた。
カイが必死になって分けた。
最初あさひは時間も部屋も"もったいない"からなんて理由で一緒の寝床に入ろうとしてきやがった。
それをカイは強引に拒絶し、何とか自分の城は守り切った。
『合宿みたいなものじゃん』
そうぶーたれるあさひに少しだけ殺意を覚えながら。
そんなだからだろう。
二人で朝食を食べている時、唐突に当主、一文字が現れて――。
『……貴様らは、その……夫婦となる予定があるのか?』
なんて聞いたのは。
当然拒絶。
けれど拒絶の仕方とタイミングがカイとあさひで全く同じだったから、説得力は皆無だった。
だからあさひは最後の最後に『私別に好きな人がいるから!』と叫び、ようやく難を逃れられた。
若干一文字ががっかりしてそうだったけど、たぶん気のせいだろう。
というか気のせいだと思いたい。
そんな、波乱しかない朝食の時間だった。
「……一応聞くけど、さっきのはマジか?」
「さっきのって?」
「好きな奴がいるっての」
「ふーん。気になるんだー?」
小ばかにするような、にやついた笑みをあさひは浮かべていた。
「ああ。気になるな。――どんな化物が相手だろうってな。もしくは犠牲者」
「にゃにおう! ま、なんとなく言っただけのことだから気にしないで」
そう言ってあさひは微笑み、手を横に振る。
そう……一瞬カイとの仲を疑われた時、とっさに口に出しただけで、そしてその時何故か悠陽の顔が頭に過ったが、別に深い理由はない。
ただ、ちょっと口から出ただけで……。
「まあ、私のことは良いとして、カイに聞いて良いかい?」
「なんだ?」
「えっとね、諦めると撤回するその二つだって昨日言ってたじゃん」
「ああ」
「んで、三つ目の道は?」
その言葉を聞いた瞬間、カイは目を大きく見開き、あさひに怯えるような目を向けた。
「――なんで、それを……」
「なんとなく?」
そう言ってあさひは微笑む。
当然嘘である。
あさひはカイと話す前に、当主と少しばかり"お話"をしている。
だからあさひは、カイも知らない当主の真意を知っていた。
それは、あさひが強引に一文字の屋敷に乗り込んだその直後のこと……。
『……気づくのが、遅すぎた。惨いことをしてしまった』
そう、一文字は――いや、鈴之助は、孫の友達であるあさひに告げた。
竜胆は別に流派というわけでもなく、大した家柄があるわけでもない。
それでも、エリート一族であること事態は正しかった。
だからこそ、カイの劣等感に誰も気づけなかった。
両親も、兄も、弟も。
出来ることは当たり前。
出来ない奴は努力が足りない。
そして、もし……万が一、仮に失敗して為すべきことを為せなかったと仮定しよう。
それでも、努力することは正しいことで、人生の無駄になどなるわけがない。
失敗を糧に新しい道を開ける。
失敗はつまり、希望そのものなのだ。
そう、両親は本気で思っている。
だから子供に対し、平等に指導していた。
自分だけが出来ない。
それがどれほど辛いのか、彼らには絶対わからない。
みにくいアヒルの子は、苛められなければ幸せというわけではない。
むしろ周りが善良であると、より自分の醜さを直視させられる。
一文字が気づいた時には、カイが悩みすぎて操縦事故を起こし、重度の負傷を受け引退宣言した後だった。
遅すぎた。
そう後悔しながらもカイのことを気にしていたら……何故か再びイクス・ユニットに乗っている。
ふっきれたのか、竜胆の家に復讐心でも抱いたか。
そう期待し確認すると、劣等感をより強く抉られ自虐と自罰を重ねるような、そんな乗り方をしていた。
これは不味い。
今はまだ良い。
だが、いずれ心の闇に呑み込まれ、自分だけでなく周りを巻き込み事故を起こす。
そう恐れた鈴之助は、カイを拉致した。
それが、ことの真相だった。
『んで、結局じっちゃんはカイをどうしたいの?』
あさひはそう尋ねた。
ぶっちゃけた話だが、放置したところで何か変わるということではない。
カイが"なあなあ"のぬるま湯で生きたところで何の問題もないのだから。
それでもカイを拉致したのなら、何か意図があるはずで――。
『……大切な孫に、歪まず育って欲しい』
『……それだけ?』
鈴之助は、小さく頷く。
不思議なものだった。
この少女は、自分を怯えずまっすぐ見てくれる。
だから、あまり人に言えない本音も口に出来た。
『……そか。じゃ、私も応援するよ。私もカイの友達だし』
そう言って、にかっと笑う。
その瞬間だった。
鈴之助が、あさひのことを気に入ったのは。
実の家族にも出していない、お気に入りの羊羹をこっそりあげるくらいには、鈴之助はあさひのファンになっていた。
だから、鈴之助とあさひは茶飲み友達で、あとついでにグルだった。
元々、カイには三つの道が示されていた。
一つ、パイロットを諦める道。
一つ、再び竜胆の一門に下る道。
そして最後――実力を以て、竜胆であると示す道。
つまり――。
「なにこれなにこれなにこれなにこれー!?」
あさひは目をキラッキラさせ、大きな声で叫ぶ。
地下施設に用意されているのは、シミュレーターの筐体。
けれどこれはRAEオンラインの筐体ではない。
巨大な八角柱と、それに直結で繋がっているホログラムで周囲が半透明になっているフル3Dコックピットシート。
それはゲーセンにあるものよりも一つ以上グレードが上の、いわば未来のRAEオンライン筐体だった。
「基本、ゲーセンに流されるのは四世代前のシミュレーターだ。これは二世代前。軍からの直接の払い下げだな」
「なんであるの早く乗りたい乗せて乗って良いよね」
「良くねーよ。ここにある理由は……竜胆だからだな」
竜胆の一門はイクス・ユニットに対し大きな功績を残してきた。
それゆえの国からの回答が、これである。
「と言っても、中身的にはそこまで大きな差異はないぞ。パソコンが一世代違うくらいの感覚だ。むしろゲーム性で言えば下がるくらいだな」
RAEオンラインはシミュレーターをベースにして、多くのユーザーを楽しませる工夫が施されている。
オンラインランキングバトル。
オリジナル特殊機体。
限定武装イベント。
そういうものがこれには一切ない。
純然たる訓練施設である。
「それでも良いよ。んで、これでどうするの?」
「それは――」
「――私とバトルをして頂き、勝利する。それが三つ目の道でございます」
そう言って現れた彼女に、あさひは見覚えがあった。
「えっと、女中さん」
彼女はにこりと微笑み、小さくあさひに頭を下げた。
「はい。カイ様専属の女中をさせていただいております」
「それで、どうして女中さんとバトル?」
「私程度に勝てぬようでは、我を貫くことなど出来ませぬ。ということで」
「良くわからないけどそっか。んで、どうしてカイはそれを私に言わなかったの? 道は二つだって嘘付いて」
カイは溜息を吐き、ぽつりと呟いた。
「お前が来る前日に、ボコボコにされたんだよ。絶対に無理だと思うくらいに」
あさひは女中の方をちらっと見る。
「はい。丁寧に、心を折らせて頂きました」
そう言って、女中はにっこりと、今までで一番良い笑顔を見せた。




