『お前の本気はどこにある?』
海鳥ことりとのタイマンから反省会兼用対談式インタビューを終えた後、あさひはナガレから自分が捕まっていた間の出来事を聞いた。
莉央はキョウジと共に出張。
神楽坂の二人は遠方に仕事。
達臣に助け出されたあさひは首を傾げるも、まあ達臣だからとりあえず流しておいた。
時間的制約の強い中で盤外から時間を削る取る作戦。
それは大学、引いてはその裏にいる黒幕の何物かの仕業。
そう、ナガレは深刻な表情にて、あさひに説明する。
ここでようやく……あさひはナガレに自分の事情を説明出来た。
某SF映画ワンシーンを頭に思い浮かべながら、『それは私の父です』とあさひは告げる。
衝撃の事情を明かすその一瞬は、正直ちょっと楽しかった。
最悪は最悪だろう。
身内の犯行はもうどうしようもない。
とはいえ、最悪を脱したともいえる。
その黒幕、天羽智はこれ以上妨害をするつもりはないのだから。
そうしてお互いの情報を共有した後、ナガレは一言呟いた。
「じゃあ、これももしかして問題ない感じか?」
「これって?」
「ん? ああ。実はな……昨日から、カイと連絡が取れなくなってる。あさひと同じ状況だから不味いかと思ったが、大丈夫そうだな」
「あははははは! そっかそっか。そっかぁ。父はそんなことまでしてたんだねー」
ニコニコと笑いながら、あさひは頷く。
けれどその笑みには妙な迫力があり、ナガレと横で話を聞いていた悠陽は静かに怯えた。
そして家に帰って、父をぽこぽこ(隠喩)と叩きながら尋問を開始。
そこであさひは、ある意味最悪の情報を手にする。
カイの行方不明騒動。
それだけは、天羽智は無関係であった。
神科大のある県から二つ隣。
そこに、一軒の巨大な日本家屋があった。
高い黒塀が広大な敷地を囲み、重厚な瓦屋根が幾重にも連なり。
門を抜ければ石畳が母屋へと伸び、その両脇には手入れの行き届いた松林と池泉庭園が広がっている。
そんな、土地だけでなく歳月をも受け継いだ名家。
その客間で、カイは静かに眠っていた。
障子ごしの朝日を浴び、カイはそっと布団の中で目を開く。
その直後だった。
外から、女性の声が聞こえたのは。
「おはようございます。お目覚めになられたでしょうか?」
それは、この屋敷でカイ専属となった若い女中の声だった。
「……ああ」
カイはそれだけ答え、身体を起こす。
「お食事の後、大旦那様よりお呼び出しがございますので、どうぞそちらの方に」
「――わかった」
カイが答えた瞬間、外にあった人の気配が消えた。
「……今更、何を話せと言うんだ」
カイは一人静かにぼやく。
大旦那、カイにとっては祖父にあたる人物。
竜胆家当主『竜胆一文字鈴之助』。
齢八十を超え、既に髪も真っ白になったというのにその肉体と眼光に衰えは見られない。
だからだろう。
子供の頃からの苦手意識が今でも残っていて、正直言えば、顔を合わせるだけでも恐ろしかった。
山菜と豆腐の入ったキノコ汁。
ほんのりかつお節を添えられた薄味のほうれん草のお浸し。
塩みの多い焼き鯖。
少し固めに炊かれた白米。
朝からしっかりとした食事をとった後、カイは憂鬱な気持ちで当主の部屋に向かう。
このままで良いなんて、カイだって思っちゃいない。
けれど、当主を説得できるだけの言葉が今のカイにはなかった。
『それで、お前の本気はどこにある?』
昨日の、当主の問い。
その問いに、カイは何も答えることが出来なかった。
だからカイは、進むことも引くことも出来ず、この屋敷に留まることになって――。
「失礼します」
静かに、丁重に。
自分たち竜胆の当主であることを決して忘れぬよう、最大限の敬意を払い、頭を垂れたままふすまを開いて――。
「あ、カイじゃん。やっほー、おはよーさーん」
「なんかおるー!?」
カイは当主一文字の隣で羊羹を食ってるあさひを見て、つい我慢できず叫んだ。
そんな掛け合い漫才みたいな二人を見ても一文字は微動だにせず、腕を組んだままただじっとしていた。
『学友と話し合え』
そう言われ、当主に追い出された後カイはあさひを連れ自分の部屋に戻った。
「んで、何がどういう状況。あのじっちゃん何も教えてくれなかったから良くわからないんだよね? そもそもじっちゃんは敵? 味方?」
「お、おま……。というか、良く普通に話せるな。竜胆のご党首で、あの威厳だぞ?」
「別に普通のじっちゃんじゃん。優しかったよ? 羊羹くれたし」
愕然としながらも、カイはそっと言葉を飲み込む。
「ま、あのじっちゃんの話は良いから状況教えて。カイは何に閉じ込められてるの?」
「……別に、閉じ込められているわけじゃない。誰かが敵というわけでもないしな。しいて言えば……俺自身が敵かな?」
そう、カイは自嘲気味に呟いた後、簡単に事情を話し出した。
「と言っても、俺の場合は逆に、今までの方が不義理だっただけなんだ」
「不義理?」
「ああ。俺は元々イクス・ユニットに乗らないという話で神科大に行ったからな」
「そう言えば、カイは知らなかったんだっけ。ARCについて」
「ああ、何も。……つまり、俺は逃げたんだ。厳しい訓練から。それなのに、パイロットをやってたら不義理だろ?」
自嘲めいた笑みを浮かべながら、カイは呟く。
あさひは腕を組み、眉をひそめ、不満を顔に滲ませながら言った。
「カイの言葉って嘘ばっかりでわかりにくい」
「……嘘?」
「うん。だってさ、カイが厳しい訓練程度で根を上げるわけないじゃん。そのくらいわかるよ」
その言葉に、カイは一瞬沈黙してしまう。
そう思ってもらえることは嬉しい。
けれど、それは単に過大評価だ。
「……俺は、そんな出来た男じゃない。辞める度胸も進む覚悟もない……駄目な男なんだ」
その言葉だけは、カイの心からの本音なんだと、あさひは感じられた。
竜胆カイは、家族に辞めると言って、もう二度とイクス・ユニットに関わらないと誓って神科大に来た。
そのカイがパイロットとして活動し、全国大会を目指していると聞いたがそれはどういうことだ。
そんな中途半端な覚悟で表舞台に立たれると、竜胆一門の不名誉となる。
だからカイはここに連れて来られ、道を定めるまで滞在させられていた。
カイがこの当主の屋敷から離れる条件は、道を定めること。それただ一つ。
一つ目の道は、当初の予定通り。
つまり、すっぱりとパイロットであることを『諦める』こと。
別に部活を辞める必要はない。
ただ、パイロットではなくサポート役に徹すれば良いだけだ。
二つ目の道は、かつての発言を『撤回』すること。
イクス・ユニットに関わることを辞めるという自分の言葉。
それを捨て、昔のように両親の指導を兄たちと共に受ける。
ただし、その場合はほぼ確実に神科大から別の大学に転入となるだろう。
おそらく、今兄が在籍している名門大学に。
そして、カイはどちらも選べなかった。
事情を聞いて、あさひは一言尋ねた。
「なんでさ、カイはパイロットを辞めてないの?」
「……お前がそういうのは少し予想外だな」
「そう? でもさ、そうじゃない? 流石の私だって本当に乗るのが嫌な人に頼むつもりはないよ。だからさ……どうして辞めてないの?」
脅しているわけではないし、辞めて欲しいなんて思っていない。
彼以上に頼れる仲間をあさひは知らない。
むしろ、その問いは逆の意味。
自分を卑下し、見下し、惰性のように生きながらでもなおパイロットを続けていること。
その理由こそが、"答え"なのではないか。
そうあさひには思えて仕方がなかった。




