ことりちゃんの一日
「ここは、地獄だ」
そう、彼女は呟いた。
事実、彼女にとってそれ以外には決して言い表せない状況だった。
彼女の名は――語るべきではないだろう。
本名を公表せずに活動する者の名を明かすという行為は、道徳的に正しくこととは決して言えないからだ。
だから、彼女のことは活動者名である『海鳥ことり』と呼称すべきだろう。
バーチャル配信者であり、同時にRAEオンラインランカーであるプロゲーマーの海鳥ことり。
個人勢なのにRAEの個人イベントが開けるくらいに話題になった、リトルシンデレラ。
そんな彼女の身に何が起きたのかと言えば……なんと言えば良いのだろうか。
皮算用が過ぎたというか、自分は主役のつもりで脇役だったというか、性格の悪さが露見したというか……まあ、色々。
ただ、もし事実だけを羅列するなら、彼女はなんかこう……配信者としても人としても、色々大切なものを失いつつあった。
話の始まりは、リトルウィングカップ。
つまり、自分の主催する公認大会を開催したことが始まりとなる。
そこで彼女は、ARCという弱小部より、最高ランク三十位の緋衣朔夜との対戦が求められた。
彼女は、迷わずオーケーを出した。
理由は二つ。
一つは、話題になればなるほど配信者として美味しいから。
もう一つは、ランカー同士の勝負は大きく金銭が動くから。
金銭が動くと言っても、所詮ゲーム内マネーに過ぎない。
けれど、RAEオンラインほどの規模ならゲーム内マネーだって馬鹿に出来ない。
むしろ、下手な通貨より価値はある。
そういうわけで、例え彼女、緋衣朔夜が勝ち残ろうと残るまいと、エキシビションマッチとしてバトルするよう手筈は整っていた。
むしろ彼女にとっては、そっちこそが本命であったとさえいえる。
その過程で何故か自分の名を持つ大会が複座式の女性限定マッチになっていたが、彼女にとってそれは些細なことだった。
そうして、仮にもランカーだったらしく緋衣朔夜はあっさりと優勝してみせた。
表彰台の上にいる緋衣朔夜に、海鳥ことりはインタビューを行った。
ランクは高くとも所詮アマチュアだねー。
そんな風に上から目線での煽り半分、自慢話半分のまるで価値のないインタビューを進めてから、約束のエキシビションマッチが開始される。
そこで――彼女、海鳥ことりは、緋衣朔夜もこれでもかとボコボコにされていた。
こんなはずはない。
こんなことありえない。
彼女の中では、それだけが繰り返される。
だってそうだろう。
緋衣朔夜の使う機体は軽量で、武装メインはパイルバンカー。
もうそれだけわかっているのだから、対策なんて立て放題の取り放題だ。。
事実、リトルウィングカップに彼女が初戦敗戦したのは対緋衣朔夜機体としてバリバリにチューニングしたことが大きい。
自分の大会に自分が優勝したらファンたちはしらけるだろうし、自分のキャラ的にはファンに負けた方が美味しい。
それになにより……こんな大会よりもランカー同士のバトルで勝った方が、ファイトマネー的に美味い。
そういう極めて個人的かつファンを蔑ろにするような行動の末、すべてのリソースを緋衣朔夜に向けた上で、ボコボコにされている。
更に一つ、海鳥ことりの誤算を述べるならば、今の緋衣朔夜がランカーでもなんでもない。
ランキング完全に県外である。
だから別にファイトマネーも美味しくない。
それどころか、自分だけランカーだから負けたらただ損するだけの逆ハンディマッチとなっていた。
『緋衣朔夜が射撃戦をしかけてきた』
そのたった一つの所為で、何もかも計画が崩れて、ボコボコにされていた。
『observer』
高火力で単発のレーザーライフル。
特徴的なのはそのサイズ。
スナイパーライフルかのような長身に巨大かつ特徴的な近未来的デザイン。
それもそのはず。SFロボットゲームとのコラボ武装であるから、そのライフルはかなり特徴的なデザインとなっている。
ヒロイックであり、近未来的であり、主人公っぽい。
そんな武装。
とりわけ強い武装というわけでもないのだが、問題となるのは今ことりは近距離戦を想定していたこと。
つまり……。
『どうして避けられないのよー!』
バリバリの近接回避チューニングが仇となり、モニター越しに彼女は悲鳴を上げる。
更に悲しいことを一つ足すならば、大半の観客はことりが被弾するたびに歓声を上げている。
最低でも、この会場はほぼ皆緋衣朔夜の方を応援していた。
銀の髪でかつ中学生かのような美少女。
明るく活発で、竹を割ったような性格。
正体不明で有名だった近距離パイルランカー。
その上、大会では誰とも仲良くし、ファンサも欠かさず、まっすぐ正々堂々と戦って優勝した。
まあぶっちゃけて言えば、ファンをがっつり持っていかれたわけである。
自分のファンを根こそぎ奪われて。
近接対策特化機体にしたらレーザー兵器で焼かれ、熱い鉄板の上を赤い靴で踊り続ける。
あらゆる意味で、彼女は踏んだり蹴ったりであった。
(良いのかなぁ……これ)
画面中央のクロスポイントへ照準を合わせ、トリガーを引く。
右手の『observer』が発光し、白い光線が放たれた。
光は狙い通り相手を貫き、『ちくしょー!』という悲鳴がスピーカーから響く。
ただ指定されただけに撃っただけ。
それだけなのに、命中精度が七割を超えている。
自分の成果ではない。
だからこそ、あさひは申し訳ない気持ちでいっぱいとなっていた。
そう……これは自分の功績ではない。
さっきまでは複座式で共に戦い、今は後方にてサポートをしてくれている悠陽のおかげである。
「これ、ズルくない?」
『え? どうして?』
「いや、だって……普通単発銃ってこんな当たらないでしょ……」
『んー。でも、こんなサポートどこでもやってるというか、普通みんなやってることだよ?』
「でも、カイもそんなことしてなかったよ?」
『まあ、彼の場合全部自分で出来るから。あさひさんだって、慣れた武装だったら僕なんかに頼る必要もないだろうし』
「そうかなぁ……」
あちら側で苦笑し、自分を卑下する悠陽の姿がありありと目に浮かんで、あさひはなんとも言えない気持ちになった。
そもそもの話だが、この『observer』という武装そのものが悠陽からのプレゼントである。
この銃と近接戦闘の二枚看板で、今回は優勝出来たようなもの。
何から何まで悠陽におんぶに抱っこ状態で、名声だけは独り占め。
それがあさひにもとても申し訳がなかった。
『さっきからイチャイチャしやがってこの野郎おめでとうございます! チクショウこうなりゃヤケだ! 私を舐めるなよ私のドリルは天を衝くんじゃいおらぁん!』
いきなりぶちぎれた対戦相手は、まっすぐこっちに近寄り接近戦をしかけてきた。
あさひは冷静に――『observer』を、その辺に投げ捨てた。
『へっ? 捨てるの? まじで?』
重量の重い武装を捨て、高速機動で接近。
そのまま、あさひはパイルバンカーを相手に叩き込んだ。
一気に接近してくるから何かあるのかと思ったが……何もないらしい。
驚くほどあっさりと勝敗は決した。
『はぁー!? なにそれ武器捨てるなんて卑怯じゃん!』
そんな声がことりから響き、会場はこれでもかとブーイングに包まれた。
これまでも酷かったが、さっきの一言は最悪だった。
なにせあさひは、これまでの試合で何度も『observer』を捨て近接にスイッチングしている。
もともと『observer』はフェニクスという機体の特徴、デフレクター回復量が多いという部分をエネルギー消費という形で攻撃に回すため悠陽は選択した。
なのでメイン武装というよりは、フェニクスの序盤を有利に進める程度の意味しかない。
これを握ったまま近接するというのは、文字通りの片手落ちである。
だから……これを捨てることを想定していないのはプロとして失格という意味でもあり、同時に自分の大会に来た参加者の試合を見ていなかったということも意味する。
その結果が、この酷いブーイングだった。
「……これ、大丈夫かな。ことりさんとかいう人」
『大丈夫だよ。日常茶飯事だから』
「え?」
『この人炎上して痛い目を見るのがいつもの流れなんだ。このブーイングもそう。つまり、ファンの愛あるいじりって奴だね』
「へぇー。愛って色々な形があるなぁ。知らない世界だ」
あさひはしみじみと呟き、ファンにブーイングされ涙目のまま汚い声で叫ぶキャラが映ったモニターを見つめた。




