彼が生まれたわけ
『えー!? 女の子なのに鉄砲とか好きなのー!?』
クラスの中で、一軍女子と言われる彼女はわざとらしく大げさな声で叫んだ。
教室中の視線が、彼女に注がれる。
それが、始まりだった。
奏多悠陽が中学一年の時。
この瞬間を以て、彼女の地獄は始まった。
罵倒、無視、暴力。
いじめという言葉に適した、思いつく限りのことを彼女たちから受け続けた。
それでも耐えた。
耐えて耐えて耐えて耐えて――。
そして三年になった時、ぽっきりと折れた。
いじめの主犯であった彼女が芸能か何かの筋でRAEオンラインの案件を持ち、ミリタリー好き女子として教室でちやほやされてたのを、彼女は見た。
今度テレビに出るだとか、ミリタリー好きモデルとして有名だとか、そんな話をしていた。
そう――どうでも良いことだったのだ。
ミリタリーのことなんて、彼女にとっては。
ずっと気にしていた悠陽と違い、相手はいじめを始めた理由さえ忘れていた。
いじめるための理由なんて、どうでも良かったのだろう。
いや、そうじゃない。
奏多悠陽という存在そのものが、彼女たちにとっては最初から単なる路傍の石に過ぎなかった。
どうでも良いけど、始めた以上止めるのもなんだからといじめ続けているだけ。
怒りや憎しみでもなければ快楽でさえない。
いじめの理由は、惰性でしかなかった。
その事実に気づいた時、自分の耐えてきた三年が無意味であったと悟る。
それで、折れた。
中学は卒業式に出れなかった。
高校は、行くという選択肢さえなかった。
なにせしばらくは母親を見るだけで泣き叫ぶほどだったのだから。
母と別居になって、父と遠くの街で二人暮らしをしながらカウンセリングを受けて。
そうして少しずつ良くなって、カウンセラーの勧めから、大学に行くこととなった。
女性の少ない科学系の大学で、しかもカウンセラーのコネがあり偽名での入学を認めてもらった。
大丈夫とは思っても、それでもやはり、昔の知り合いに会うことが怖かった。
「そうして生まれたのが、影山祐希。精いっぱいの男らしい名前にした、もう一つの自分……」
そう――彼女、奏多悠陽は告げた。
知ってほしかったのだ。
自分がどういう人間だったのか、そしてどうして嘘を付いていたのかを。
もう、あさひさんに何も偽りたくない。
それは、悠陽の心からの本音だった。
悠陽の告白を、あさひは静かに聞き入る。
そして同時に、彼女がどれほどの勇気を持って自分の前に現れてくれたのかも理解した。
「そっか。本当に頑張ってくれたんだね。ありがとう。本当に」
そう言って、あさひは微笑む。
「……気持ち悪くない? 男だったり、女だったりして」
「祐希は祐希じゃん。別にどっちでも私の大切な友達の祐希だよ。……って、祐希じゃなかったね。なんて呼べば良いかな?」
「好きに呼んで良いよ。ううん、好きに呼んで欲しい。あさひさんの思うように」
「可愛いのが良い? かっこ良いのが良い?」
「なにそれ、ふふっ。任せるよ。あさひさんの思う、僕なら何でも良いから」
「そか。んじゃ、考えとくね。ところで、一個だけ聞いて良い? 言いづらいことと思うんだけど……」
「な、なにかな?」
「そのさ……貴女をいじめた屑は今、どうしてる感じ?」
ニコニコとしながらのあさひの質問。
けれど、何故か彼女の背後に抜刀した武士が見えた。
これは、答え方に気を付けないと血を見ることになる。
そう気づいた悠陽は慎重に言葉を選んだ。
「えっ!? あー、いや、ごめん。三年も経ったらもうわからなくなってて」
「……そか。じゃ、まあ別に良いか。ああ、ごめん。こっち先に聞かないといけなかったな」
「ん? なにの話?」
「女子が怖いならさ、丁度中学くらいの見た目の私は怖いんじゃ――」
「怖くない! あさひさんは全然怖くないし嫌じゃない!」
そう言って、悠陽はあさひの手を強く握った。
彼女だけだった。
他人と触れて、安らぐと思ったのは。
だから、だから悠陽はそのために勇気を出して……。
「あ、あのー。すいません。想いは伝わったのですが、それはそれとして、流石の私でもちょっと恥ずかしいのですがー」
しどろもどろと目をうろつかせながら、あさひは困った顔で呟いた。
よく見ると若干頬も赤くなっている。
お互いの目が、吸い込まれそうな距離だった。
はっと我に返り、悠陽は慌ててその手を離す。
「ご、ごめん……」
「だ、大丈夫! 嫌じゃないし。ま、私が大丈夫なのはわかったよ。うん……」
悠陽は空気を変えるため、こほんと咳払いをして強引に別の話を始めた。
「僕の話じゃなくて、これからの話をしよう。とりあえず、かなり強引だったけど僕もARCの部員ってことになったから。いや、今頃なってるって方が正しいか。赤羽先生のおかげで」
「あ、そっか。これから一緒か。やったー」
そう言ってあさひは万歳と両手を挙げた。
その様子に頬をにやけさせながら、悠陽は話を進める。
「というわけで、僕の参加は合法だから後は勝つだけ。なんだけど……」
「ど?」
「あさひさんのフェニクスさ。もともと複座式を想定してないんだよね。だからどうしても、さっきみたいに操作系列を変な形で分割する必要があって――」
そんな話し合いをしている最中で、部屋にノックが響いた。
「天羽あさひ様。次の試合まで準備をお願いします」
「あ、はーい! 残念、時間切れだね」
「ご、ごめん。僕が無駄な話なんてした所為で……」
「無駄な話なんて一つもなかったよ」
そう言って微笑んだ後、あさひは悠陽の頭を触り、両手でわちゃわちゃとしてから、ぎゅっと抱きしめた。




