ヒーローなんていなかった
ざわめきが、耳に入る。
出番の近い選手たちが集まる選手席。
そこに座るあさひは、これでもかと注目を集めていた。
銀色の髪、小柄な身体。
とは言え、今はそんな小さなこと問題ではない。
既に試合が始まっているというのに、後ろが空席であること。
それが、注目の原因。
二人組の席に一人しか座っていない彼女。
その空気は、『心配だけど不憫過ぎて声もかけられない』みたいな、そんな腫物状態。
だからせめて……と、あさひは堂々としていた。
何試合か行われる中、あさひは祈るようその時を待つ。
だが――。
「次、『ことり様親衛隊』の方と『ARC』の方準備をお願いしまーす」
ついに、自分たちの名を呼ばれてしまった。
(とうとうこの時が来たかぁ)
あさひは堂々とした態度のまま、一人で会場の方に向かった。
コックピット席に座ったあさひは、腕を組み、瞳を閉じ、開始の瞬間を待つ。
いかにも問題ないという、あまりにも堂々とした態度で。
だから、誰も声をかけられない。
どうして、もう一人いないのかと。
とはいえ、いつまでもこれで誤魔化せるわけではない。
それはわかっている。
空白の後部座席がこれでもかと注目を集めていた。
自分だけで戦うのは駄目だろうか。
いや、駄目だろうなぁ。
この状況でこのまま間に合いませんでしたって言ったら観客からブーイングが来るかなぁ。
不安な気持ちがないわけではない。
むしろ、割とビビッてて既に心臓が痛い。
ぶっちゃけほとんど単なる開き直りだ。
それでも――諦めたくない。
赤羽となぎさ、二人ともが諦めてしまったのなら、しょうがないと自分も諦める。
けれど、……そうでないのならギリギリまで信じたい。
その一心で、あさひは今この場に居た。
「あの……もう一名の方は……」
司会より、おずおずと声をかけられる。
試合開始まで、残り五分。
(ここまでか……)
何かあると信じたかった。
けれど、残念ながら奇跡に等しい"何か"は起きなかったらしい。
あさひは小さく溜息を吐き、降参を口にしようとして――。
「ま、待ってください!」
どこからか、そんな声が響いた。
遠い昔、正義のヒーローがいると信じていた。
だから、必死に耐え続けた。
『きっといつか、誰かが助けに来てくれる』
そう信じて、苦しい日々を、ずっとずっと耐え続けた。
クラスメイトはヒーローじゃなかった。
いじめに加担するか、見て見ぬふりをするかのどっちか。
教師は、ヒーローじゃなかった。
気づかぬ無能か、気づいた上で無視をする屑しかいなかった。
両親には、言えなかった。
申し訳なくて、情けなくて、心配させたくなくて。
最後まで、助けてという一言を、口に出来なかった。
その勇気さえなかった。
だからある時、気が付いた。
正義のヒーローなんてのは、この世に存在しないんだと。
それでも、独りで三年耐えた。
耐えて耐えて……そうして、頑張り続けて、心が砕けた。
朝、ベッドから動くことが出来なかった。
口がずっと笑いっぱなしだった。
なのに、涙は止まらなかった。
大丈夫という一声さえ言えなくなって、そしてとうとう、家から出られなくなった。
割れた心はガラスのように、二度と戻らない。
いまだに女の人は怖い。
もう三年も昔の事なのに、昨日のことのように思い出せる。
それでも――。
これは、勇気なんかじゃない。
そんな綺麗なもの、自分の中に生まれたことなど一度もない。
これはただ……今ここで動かないと、自分が許せなくなるというだけ
彼女が困るのを見て見ぬふりしてしまえば、きっと本当に自分が嫌いになる。
もう、二度と自分を愛せなくなる。
そうなればきっと、家から出ることさえ出来ない、どうしようもない自分に戻ってしまうだろう。
だから――。
「ま、待ってください!」
勇気を振り絞って、声を張り上げる。
目立つことは嫌いだ。
女性ばかりのここは本当に怖い。
だとしても――。
たった一人の友達を見捨てるのは、もっと嫌だ。
そうして、一歩を踏み出す。
ヒーローなんてこの世にはいない。
ヒーローなんて自分には成れない。
けれど、三年前より止まっていた時計、その秒針は、ようやく一歩を刻んだ。
その姿を見て、あさひは目を丸くする。
影山祐希。
あさひの友達。
良く知っている顔である。
けれど、その姿はいつもと違う。
今の祐希は、誰が見ても一目で女性とわかる恰好をしていた。
不思議なほどに、違和感がない。
むしろしっくりくるとまである。
(ああ……そっか。そういうことだったのか)
ずっと一緒にいた時感じた違和感と矛盾が消え、納得に至る。
その姿こそが彼の――いや、彼女の本当の姿なんだと、あさひは理解出来た。
「ごめん、気持ち悪いよね。でも、僕は、本当は……」
あさひは首を横に振る。
彼だろうと彼女だろうと、どうでも良い。
友達が、ここまで来てくれた。
だから、あさひの言うことはたった一つ。
「お願い、助けて」
はっとした表情の後、祐希は迷わずその手を取った。
「もちろん! けど、色々と話したいこともあるんだ。後で聞いてくれる?」
「もちろん」
そう、あさひが返すと祐希は微笑み、後部座席に座った。
「奏多悠陽。それが本当の名前なんだ。ごめんね、嘘付いてて」
名前を聞いてから、少し黙った後、あさひは呟いた。
「あー。だからか」
「だ、だから? 何がだからなの?」
あさひは後ろを向き、零れるような笑みを彼女に向けた。
「名前。《《あさひ》》と《《ゆうひ》》。ほら、私達、お似合いじゃん!」
彼女は、自分の名前を嬉しいと思ったのはたった一度だけ。
自分が小さい頃、美しい夕日を見ながら両親を見ながら愛していると言われた時。
たったのその一度。
けど、今日でたったの二度になった。
なんとなくだけど、彼女の事情は想像つく。
けど、本当に申し訳ないのだが、今はそれを考えている余裕はない。
だからあさひは、彼女の好意に甘え戦いに集中した。
戦闘が始まり、すぐ彼女は状態を確認する。
複座式のシステムが強引に介入して、操縦系統が変に分割されている。
事前に確認する暇も話し合う暇もなかった。
だからまず何を受け持っているのか確認して、その後担当をすぐに決め――。
「基本操縦を譲渡。腕部は僕が担当するから後はいつも通りお願い!」
すべての調整を一瞬で終えた後、彼女はあさひに操縦権を明け渡す。
「わ、わかった!」
考えるより、先に口と身体が動いていた。
左方に移動し、相手の機体に目を向ける。
「軽量機体『リトルバード』だね。今回のイベント主催者コラボ機体の」
後ろから悠陽はそうあさひに伝えた。
「特徴は?」
「超高機動かつジャンプ機体。欠点は耐久。と言っても、並の軽量機よりは堅いけど」
「なるほどなるほど。流石にコラボ機体までは覚えてませんでしたなー」
「最近出た機体だからしょうがないよ。ついでに、今操縦するこの機体は何か聞いても?」
「フェニクス」
「中量バランス型だね。少し、あさひさんらしくない選択な気はするかな。持久戦に優れる機体だし……赤いくらい? 好きな要素」
「なんだわかってるじゃん」
「え?」
「時間なかったらさ、買える範囲で一番高い、最初から赤い機体を選んだだけ」
「……なるほど。あさひさんらしい」
「でしょー。というわけで武装は近接を一つ換装しただけで後はデフォルトだから」
「了解!」
悠陽は口径の巨大なライフルを選択し、構える。
ハンドキャノンと言われる、単発大口径の武装。
その特徴は強い反動と遅い弾道。
ただでさえ早い相手だから当てるのは難しいはずなのだが……。
あさひは悠陽が何を狙っているのか、何故だか理解出来た。
走り回りながら、相手のマシンガンを躱していく。
一切反撃せず、一方的に撃たれている状況。
だからだろう。
賑わしい実況が『あまりにも一方的だぁ!』とか『連携ミスで攻撃出来ないのか!?』とか叫んでいた。
あさひは苦笑する。
まあ、言いたい奴には言わせておけば良い。
そうしてしばらく回避に専念していると――。
(ここだ)
その一瞬が、感覚で理解出来た。
あさひは即座に足を止める。
足を止めたことにより、マシンガンが数発命中し、デフレクターが揺れる。
その程度些事とばかりに気にせず、あさひは腰を深く落とした。
体幹を安定させ、少しでも命中精度を上げるために。
悠陽もまた、あさひとまったく同じタイミングで腕を動かし、ハンドキャノンを構える。
狙いは相手――ではなく、その頭上。
「たん……たん、たん!」
リズムを取り、悠陽はキャノンのトリガーを引いた。
激しい衝撃にて疑似振動がコックピットを揺らし、腕部は反動で真上まで跳ね上がる。
相手のリトルバードは、垂直にジャンプした。
まるで、キャノンに吸われるように。
そのまま空中で直撃を喰らい、地面に墜落する。
相手のジャンプ一点読み。
二人は共にその一点のみを狙い動いていた。
「ナイスヒット」
そうあさひが言っている間にも、既に機体は全力で相手に向かいダッシュしていた。
「ありがとう。タイミングで操縦をスイッチングすれば良いよね? 合図はそっちで出して」
あさひの狙いを理解する悠陽はそうとだけ告げ、事前に武装を切り替える。
当然、例の装備に。
そして起き上がったばかりの相手の目前で――。
「今!」
あさひの合図に従い、悠陽は機動の操縦を引き継ぎ、腕部操作をあさひに移譲する。
外からでは、途中で操縦を切り替えたなんてわからないだろう。
それくらい、両者の引継ぎは完璧だった。
そして、右腕を振り向きながら、あさひはいつものように叫ぶ。
「パイル……バンカー!」
銀の楔が射出され、リトルバードのデフレクターに接触する。
だが当然、キャノンで削れたデフレクターで受けられるようなそんな軽い攻撃じゃなく、まるで紙のように、その鋼を容赦なく貫いた。
文字通りの一撃粉砕。
小鳥が巨大な杭に貫かれたまま、勝利の二文字と共に『緋衣朔夜』の名が画面に踊り、雄たけびのような歓声に会場は震えあがった。




