父親の最後の悪あがき
寛のじっちゃんに用意した貰ったタクシーで駅に向かい、電車を幾つか乗り継いですぐの会場。
そこに、あさひは走る。
行ったことのない場所だから迷うかもと心配していたが、それは無用のものだった。
人の流れは一方通行で、周辺も誘導するよう飾り付けられて。
極めつけは、目的の場所には、一目でわかるほどデカデカとした看板が掲げられていた。
『JPエキスポリトルウィングカップ』
可愛らしいアニメの女の子の大きなポップと共に、そんな文字が躍る。
RAEオンラインのリアルイベンドであると同時に、全国十五か所同時中継によるRAEオンラインの公式大会が行われる。
つまるところ、実績である。
赤羽があさひに下したオーダーは二つ。
一つは上級ライセンスDの取得。
そしてもう一つが、RAEオンラインでの実績、つまりゲーセンでのゲームで何か大会を獲れというものだった。
通常、RAEオンラインでの戦果は幾ら蓄えたところでライズの功績には何ら関係はない。
けれど、RAEオンラインランカーであるあさひの場合は少々話は変わって来る。
メディアに露見するたびに、電子の世界に限定されていた実績と名声が現実に影響を与えるようになるからだ。
緋衣朔夜の名声が天羽あさひに移行していくと言い変えても良い。
だから、あさひはこの大会に優勝しなければならなかった。
そうでなければ、全国予選の切符が取れないとまで言われるくらいに。
別に功績稼ぎはこの大会に限定されるわけではない。
だが、この大会がラストチャンスに等しいこともまた悲しいほどに事実であった。
一つ、期日までで、近場の大型大会はこれくらいしかない。
一つ、プロゲーマー系バーチャル配信者が主催のため、注目度が非常に高い。
一つ、ミーハーなファンの参加者が多いためプレイヤーの平均レベルが大型大会とは思えないほどに低い。
一つ、主催者であるバーチャル配信者『海鳥ことり』と事前交渉が終わっており、大会後にインタビューとタイマン実況配信が予定されている。
赤羽顧問の暗躍もあるとはいえ、ここまで都合がよく、その上勝率の高い大会もそうない。
だから、あさひはこの大会の参加を落とすわけにはいかなかった。
会場に入り、受付に走る。
受付の前に、まったく人が溜まっていない。
開始まで時間が残されていなかった。
「すいませんエントリーお願いします!」
あさひが叫ぶと、相手の女性はにこりと微笑んだ。
「まだ間に合いますので大丈夫ですよ。予約はありますか? なくてもまだ枠はございますが……」
「よ、予約があるはずです」
そう言ってあさひは自分のライセンスカードを見せる。
そのネームを見て、受付の顔色が少しだけ変わった。
「失礼しました。二階に個室の方を用意させていただいております。どうぞ」
深く頭を下げる受付を見て、あさひは座りの悪さを覚える。
「あはは……。特別扱いはあまり好ましくないんだけどなぁ……」
「でしたら、直接会場の方へどうぞ。その代わり、大会終了後スタッフの方に一声お願いします」
「了解。ありがとね、我儘聞いてくれて」
受付は微笑みながら、ぺこりと頭を下げる。
貴女様の名は、多少の道理なら捻じ曲げるだけの力がございますので。
その言葉を、受付はそっと呑み込んだ。
広い会場の中には、観客がこれでもかと詰まっていた。
あさひは人込みをかき分け、観客席の中で人を探す。
少しだけ、自分の身長が低いことを恨みながら、人の波に埋まり揉まれ、もがくようかき分け進んでいく。
ふと、人の波から頭が飛び出た存在をあさひは見つけた。
「ナガレ!」
あさひは叫び、必死に手を上げその方向まで歩いて行った。
「あさひちゃん! 無事だったのか。良かった……」
ナガレはあさひを見るや否や安堵の表情に変わる。
そのまま、すいすいと人の波をかき分けこちらに向かって来る。
人の方から避けていくその様は、少しだけ神話のようだった。
「無事も無事よー。……あの、もしかして、何かあった感じ?」
あさひはおずおずと不安げに尋ねる。
理解したくない。
けれど、一目で不味い状況だと理解出来る。
ナガレの表情は、まさにお通夜のそれだった。
「もう少し、早く連絡が出来てたら良かったんだが……」
「オーケー厄介事だね。まったく次から次だねぇ。何があったか教えて」
「……すまん。一応何とかしようと赤羽顧問も動いてくれたんだが……」
「いや、謝罪は良いから何があったか教えて欲しいんだけど……」
ナガレはそっと、手に持った本大会のパンフレットを示す。
JPエキスポリトルウィングカップ。
その下にそっと見える『二人組複座式』の文字。
つまり、二人乗りコックピット専用の大会ということである。
「あー。だからナガレは待っててくれたんだね。ありがとう」
そうあさひが言うと、ナガレは静かに首を振り、更にその下を指差す。
参加条件に、"女性のみ"と書かれていた。
「…………え?」
「更に言うなら、これだ」
その下には『参加はサークル・部活動を共でのメンバー同士に限る』と。
「……はれ?」
「赤羽顧問もなぎさも県外遠方で、絶対間に合わない。莉央ちゃんは……どこにいるのか連絡も……」
「えっと……もしかして、私参加出来ない?」
ナガレは、そっと顔を反らした。
「……顧問が言うには、これも黒幕の企みの一つらしい。直前のルール更新に、こちらへの情報規制。狙い撃ちされてるとかしか思えない……そうだ。……卑怯なことをしやがる」
吐き捨てるナガレに、あさひはただただ申し訳なさを覚える。
黒幕である実の父のたくらみ顔が脳裏に過って、大分イラっとした。
流石に今この流れで黒幕は父でしたなんて言うのは不味いだろうとあさひは口を噤む。
もちろん、後になったらちゃんと説明し謝らないといけないが。
「けど、今はこれをどうにかしないといけないかぁ。なぎさパイセンと顧問は何か言ってた?」
「顧問は『どうしようもない』って。けどなぎさの方は『もしかしたら程度だが、まあ粘ってみてくれたまえ。待て、しかして希望せよという奴だよ』なんてことを気取って言っていたな」
「あー。パイセン諦めてないってことは、ワンチャンある感じだね。わかった。何とかやってみるよ」
「いや、なんとかって。一体何を……ちょっ。あさひちゃん!?」
ぱーっと走っていくあさひに、ナガレは手を伸ばし止めようとする。
けれど人の波をするするーとかき分け進むあさひをナガレは止めることが出来なかった。
「はぁ。無理しないと良いけど……」
そう口にするも、それが出来ないことはわかっている。
天羽あさひというのは、呼吸同然に無茶をする女なのだから。
だから……ナガレはこれ以上あさひに負担を掛けないため、言えなかった。
昨日から、カイも行方不明になっているということを――。




