"本気"と"本気"
バーニア機動に大分翻弄されたものの、しばらく耐えていれば、ふんわりとだが相手の行動パターンは見えて来た。
こちらの射程より少し外すくらいの距離を維持しつつアサルトライフルで牽制。
バーニアを吹かし左右の機動で相手を攪乱し、油断したら目の錯覚を利用した上空強襲からのパイルバンカー。
ベースの動きはこの二つで、それに加え相手の動きに合わせ有利な状況を維持する
あさひのような切り返すタイプではなく、環境を整え相手に不利を押し付けるスタイル。
カイに似ているが、カイとはまた違う。
カイは相手に合わせ選択肢を絞っていくスタイルだが、アトラスのパイロットは微有利を維持し削ることに固執するスタイルのように、達臣は見えた。
言葉にするなら、蝶のように舞い蜂のように刺すとなるだろうか。
「……なかなかに厄介だな」
相手の優秀さや実力そのものというよりも、これはもう機体相性の話だ。
はっきり言えば、あさひは相当に頑張っている。
有効射程外のハンドガンを巧く当てダメージを稼ぎ、パイルバンカーは自身の経験からか初撃以外すべて躱せている。
それでも、状況は好転しない。
バーニアによる変則機動ではなく、もっと単純に射程の差。
相手がバーニアスラスタを利用してアサルトライフルの有効射程を維持していることが、この不利な状況の最大の要因であった。
「せめてサブマシンガンが残っていれば……」
とはいえ、それはない物ねだりである。
それに、あの状況でサブマシンガンを犠牲にしたあさひの選択が間違っていたとは思えなかった。
だからつまるところ、相手が一枚上手であったというだけ。
じりじりと追い込まれるこの状況を、どうにかしたいとは思う。
けれど、何の知識もない達臣に許されるのは、ただ見ていることだけだった。
憎い。
憎たらしい。
あさひは、珍しくそんな気持ちに染まっていた。
アサルトライフルの弾丸を躱しきれない自分の鈍くささが憎い。
相手の動きを目で追えない自分の反射神経が憎い。
こんなにひりつく勝負なのに、もう疲れを感じている自分の虚弱さが憎い。
けれどそれ以上に、楽しいという気持ちで溢れていた。
追い込まれている。
敗北がジリジリ迫っている。
だからこそ――楽しかった。
今、自分は生きているのだと、あさひは実感出来た。
魂が燃える。
短い蝋燭に灯る炎は、より激しく輝こうと激しく暴れ狂う。
心臓が高鳴る。
それがときめきなのか心臓の悲鳴なのかさえ、自分ではもうわからない。
「時が止まれば良いのに……」
そう願うのは、終わりがあることを知っているからだろう。
対戦相手がどんな奴なのかはわからない。
けれど、きっと親友になれるだろう。
だって、こんな素敵なバトルが出来るんだから。
いや、きっともう親友になっている。
少なくとも、あさひはそう通じ合えていると信じていた。
かちり。
引き金を引き絞るも、弾は出ず乾いた音だけが響く。
疲労の所為だろうか、残弾を一発数え違えるなんて初歩的なミスを、あさひは犯していた。
ゴウッ。
これまで何度も聞いた、悍ましき音が耳に伝わる。
「まずっ……」
狙われたのだと理解し、あさひは左手のハンドガンで応戦しながらバックステップで距離を取って――。
ゴウッゴウッ。
空中で二度バーニアの音が響き、急加速。
急降下混じりの強襲は、まるで獲物を刈り取る鷹のよう。
その軌道は、完全にあさひが下がることを想定したものだった。
ここまで綺麗に先読みされた以上、攻撃を躱すことは出来ない。
だから結局、二者択一。
どちらを捨てるか。
そしてあさひは、本体ダメージを避け、弾数の切れていた右側のハンドガンを生贄に捧げ回避行動に移った。
爆音と共にハンドガンは砕け散り、若干の貫通ダメージをコヨーテは受ける。
けれど、想定の範囲内。
デフレクターが一割削れる程度で状況を切り抜けられた。
とはいえ、ハンドガンはあと一つ。
大分勝ち筋が乏しくなってきた。
そう思った直後、ゴウッと悍ましき音の後、目前で、アトラスの相貌が輝いた。
「なっ!?」
それは完全に予想外だった。
相手がしたことは単純で。空を経由せずバーニアで一直線に突っ込んできただけ。
けれど、これまで一度も見せてこなかった手段だったから、あさひは無意識のうちに、その選択肢を頭から外してしまっていた。
終わった。
達臣は、そう確信する。
ゼロ距離にて構え終わり、射出を待つだけとなったパイルバンカー。
その光景は、もはや単なる絶望だ。
これから繰り広げられるであろう無残な光景を予測しながらも目を反らしてないのは、絶望から考えることさえ放棄しているから。
だから、何も考えずその瞬間を目撃し続けていた。
そうして――ドンと、腹に響くような重低音が届く。
パイルバンカーを放った時の独特の発射音。
けれど、その楔ははるか上空に放たれていた。
「…………は?」
達臣は、ずっと見ていた。
なのに、脳が理解出来ずにいた。
しばらくの後、時間差でようやく脳が事実を認識する。
あさひが、パイルバンカーを蹴り上げたという事実が。
脳裏に、前回大会の決勝戦の光景が浮かんだ。
蒼月にハンドガンを蹴り上げられた、その光景が。
「くっ……くくっ。はは、そんなに悔しかったのかよ……」
あさひに聞かれているというのに、つい達臣は笑ってしまった。
基本的にだが、イクス・ユニットで蹴りを行うことはない。
単純に、バランスが悪いからだ。
金属という重みに加え、その巨体。
巨大質量という二つの縛りは、二足歩行を困難なものとしている。
二足でなお制御しきれないのだから、その片方を攻撃に回すなんてのは発想の段階でナンセンスだ。
けれど、それを成し遂げた。
蒼月という男はそれを当たり前のようにやってのけ、そしてそれが悔しかったのかあさひは練習し、同じことを習得していた。
そしてあさひは――何を思ったかアトラスの顔面を殴りつけた。
『これが私の答えじゃおらぁ!』
前のめりになる喧嘩パンチを、コヨーテは叩き込む。
それはもう、気持ちよさそうに。
その直後、今度はアトラスがぶん殴って来た。
パイルバンカーがあるのに、何故か。
そうして、理屈も理由もまったくわからないが、何故かお互いノーガードで殴り合いだした。
何か合理的な理由があるのだろう。
けれど、達臣にはその合理的理由が、殴り合う必要性がまるで理解できなかった。
それからしばらく、二機は青春映画の男子高校生の如く、殴り続ける。
何やら叫びながら、あさひは殴り、そして殴られて。
ターン性RPGかのように、お互い一発ずつ。
これは本当に、イクス・ユニットの戦いなのだろうか。
達臣は少し自信がなくなってきた。
「……良く、相手のパイロットは付き合えるなこれに」
イクス・ユニットにはデフレクターがあるため、殴っても見た目ほどのダメージは与えられない。
弾丸一発よりはマシという程度だ。
けれど、衝撃はまた別の話。
一発殴られるだけで、エアバッグが作動するレベルの交通事故に匹敵する衝撃が襲い掛かる。
それだけで捻挫やむち打ちが起きてもおかしくない。
それを、お互い何度も繰り返している。
そんなのよほどの事情がない限り、付き合えない。
「当然だろうに」
横から声をかけられ達臣は隣を見る。
そこにはここのトップである鷲谷寛がいた。
「会長。当然というのは?」
「あそこに居るのは、誰よりも本気の男じゃからの」
「本気?」
ふと、ある男の顔が頭を過って、ぞわっとした恐怖が、達臣を襲った。
「ま、まさか……」
これは相手陣営にとっても、決して負けられない戦いである。
彼らはあさひのことを心から心配して、本気で彼女を戦いの場から遠ざけようとしている。
そのために……彼は自ら……。
「そこまでするのか……」
「そこまでするものよ。父親というのは。……とはいえ、今回は若さが勝ったようじゃがの。残念なことに」
寂しそうに鷲谷がそう呟いた瞬間だった。
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
雄たけびのような叫びと共に、あさひはアトラスのパイルを積んだ腕を引きちぎり、アトラスを蹴飛ばす。
そしてもいだ腕を両手で掲げ、己が勝利を示した。
皆が愛した虚弱な娘。
そんな彼女はそこにおらず――その姿は、完全に蛮族のそれだった。
格納庫にて、背面コックピットから降りるあさひに、達臣は冷やしたタオルを首にかけ、そっとスポーツドリンクを手渡した。
と言っても、鷲谷に渡すよう言われたものだが。
「楽しかったー!」
そう言って、あさひは背を伸ばす。
全身汗まみれなのに、いつもと違って顔色がとても良かった。
「そんなにか?」
「うん! 特に最後の殴り合い。なんていうかね……凄い愛を感じたの。不思議だよね。単なるラッシュの押しつけ合いなのに愛なんて。誰か知らないけど、よほど好きだったんだね。イクス・ユニットが」
「……愛を感じたのか?」
「ん? 私の気のせいじゃなかったらそだね」
「じゃあ、相手にもお前のイクス・ユニット愛が伝わったのかな?」
「その発想はなかったなぁ。……でも、そうだったら良いなぁ。えへへ」
少し恥ずかしそうに笑うあさひを見て、達臣はなんとなく、本当の勝利の理由を察した。
そりゃ、勝てるはずがない。
これだけ"大好き"を見せつけられてしまったら。
「父親って、辛い生き物だな」
「ん? 何か言った?」
「いいや。何にも」
そう言って、達臣は困った顔で首を横に振った。
「おーい! ちょっと待ってくれー!」
ビルから出て、歩いているところで声をかけられ、達臣は立ち止まる。
そこには、天羽智がいた。
彼は、腰やら背中やらを抑え、えっちらおっちらとゆっくりこちらに歩いてきた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あはは。大丈夫大丈夫。あいたたた……」
「それで、えっと……」
「ああそうそう。マイラブリードーターはどこにいるかい? いや、大丈夫。流石にあの後約束を反故にはしないから。少なくとも、しばらくの間はね」
そう言って、智はにこりと微笑む。
そこに前の時のような敵意はない。
だから、信じても大丈夫だろうと達臣は考えた。
――しばらくの間はという言葉が、大分不穏だが。
「えと、RAEオンラインの大会に参加しに行きました」
これは赤羽に託されたオーダーの一つ。
どうあがいても実績が足りないから稼ぐため、あさひはハイランクのRAEオンライン大会に参加し、優勝することを言い渡されていた。
「うえぇ! さっきの後で!? 元気だなぁ」
「ええ。元気なんですよ。とても」
「そっかぁ。少し親子の語り合いがしたかったが、まあそれは帰ってからで……」
そう、言い終わりかけたところで、ぴたりと硬直する。
そして、突然智の全身から、だばっと大量の汗が流れ出た。
「……あの……天羽智さん?」
きょろきゅろと、挙動不審な目をしながら、さーっと顔を青ざめさせて。
そして、智は小さな声で囁いた。
「えと……その大会ってさ……勝たないと……不味い……よねぇ?」
とても、嫌な予感がした。
目の前で挙動不審になっている男は、誰かと言えば、本来黒幕であった存在である。
その事実が、とても恐ろしい予感を、これでもかと感じさせる。
「あんた……もしかして、何かしたのか? その大会でも……」
「えと、隙を生じぬ二段構えというか、もしもあさひちゃんが抜け出して大会に出る可能性もあるなーって思って、まあその……えと……」
しどろもどろと呟く智。
気づけば、達臣も同じような顔色になっていた。




