VS鷲羽製作所
唐突に、何の前触れもなく。あさひは監禁されていたビルの地下三階に案内された。
見渡す限り鉛色の、広大な鋼の平野。
そこに、達臣が居た。
何故か、どこか申し訳なさそうな表情をしながら。
「すまない。説得に失敗した」
「いや。なんか大分私好みの状況っぽいんだけど?」
あさひは微笑みながらそう口にする。
広いスペースに奥に見えるのは、イクス・ユニットのバトルフィールド。
そこには、"見知らぬ機体"がこちらを待ち受けるよう立ちはだかっていた。
「つまりさ、私はアレを倒したら自由になれるってことだよね?」
「不本意ながら、その通りだ」
過程を無視し結論だけ当てるあさひに、達臣は妹の嫌な部分を思い出した。
「最高のネゴシエーションじゃん。どうやってそんな私好みのシチュエーションに出来たの?」
「……不本意だと言っているだろうに。本当に偶然だ。……お前のコヨーテは用意している。いけるか?」
「行くしかないんでしょ?」
「ああ。そうだな。部活動存続のため、お前は勝つしかない」
「あり? 私だけの話じゃない感じ? あー、もしかして、ARC今結構ヤバい?」
その言葉の代わりに、達臣はしみじみと感じた事実を伝えた。
「お前の父親。ヤバいな。正直恐ろしさはなぎさや赤羽顧問以上だ」
「そんなに!? 確かに頭の良い学者さんだけどそこまでの人じゃないでしょ!?」
「お前の前だからだよ。俺の前だと、悪の組織の大ボスみたいな風格だったぞ」
「まじか。そんなパピー見たことないから新鮮。でもまあ、私には見せてくれないかな。子煩悩だし」
「そうだな。それは本当にそう思う。だからまあ……どっかで監視してるであろうその子煩悩に、お前の本気を見せてやってこい」
「あいさー! ぶちかましてきまーす!」
そう言って、あさひは格納庫となる隣の部屋に走っていく。
達臣はそんなあさひのサポートに付くため、ノートパソコンを持ちバトルフィールドの傍で待機した。
慣れたコックピットの中から、彼女はその姿を見る。
不味い状況なのはわかっている。
追い込まれているし、この戦闘自体も罠に等しいと達臣の態度から把握している。
それでも、心が躍らずにはいられなかった。
「なんだろうなぁ、あの機体。ベースは何。いや、完全オリジナルっぽいねぇ。どんなことをするんだろう。どういうコンセプトで作られたんだろう」
わくわくとした気持ちで、少年のような眼差しで。
完全なる未知の機体を見ると、どうしても思ってしまう。
あれに、乗ってみたいと。
『聞こえるか?』
スピーカーより達臣の声が響く。
カメラアイを動かし、フィールドの隅を見る。
ノートパソコンを抱え、片耳ヘッドセットを付けた達臣がこちらを見ていた。
「聞こえるよー」
あさひは達臣に向け、機体で手を振った。
『感度良好。問題なさそうだな』
「うぃ。でも、パイセンそこ危なくないですか? これ近接限定じゃないですよね?」
『心配はいらん』
そう達臣が言った瞬間、金属の壁がせり上がってフィールドの内外を区切った。
薄い金属板一枚。
だがその特殊合金はイクス・ユニットが全力で突進でもしない限り破れない。
そういう強度を持った代物だった。
「なるほど」
『では、いつも通りだ。こちらから指揮を出すことはない。逆に気になることがあれば尋ね――』
「あの機体の名前コンセプト能力魅力ついでに後で乗れないか説得してくれない!?」
『……それに関しては、一応最低限の情報を聞いている。名前は『アトラス』。お前がこの会社に就職したら、プレゼントする予定だった機体らしいぞ』
「……マジで」
『会長はそう言っていた。特性やコンセプトは不明。見た目より軽いぞとニヤ付いた笑みで言われたから、まあ何かあるんだろう』
「……ごくり」
『おい。流石にARC辞めて乗りたいなんて言ったら俺は怒るぞ?』
「ふ、ふぇっ!? 大丈夫だよ。ちょっとあれ、強奪出来ないか考えただけだから!」
『なお悪いわ! ……まあ、そういうのは終わった後でそっちで相談してくれ。仲良しなんだろ?』
「そだね。ごめんなさいして、その後聞いてみるよ。……遅くなったけど、ありがとね。助けに来てくれて」
『気にするな。……試合のコールを始めても良いか相談が来た。問題ないか?』
「当然! いつでも!」
『了解。検討を祈る。今回は、通信は繋いだままでいる。何かあれば戦闘中でも相談してくれ』
そう達臣が言い終わった後、壁に大きく『10』とカウントが表示される。
一秒ごとに数字は減り、そしてゼロになるとけたたましいブザーが響いた。
「先手必勝!」
あさひは横に走りながらサブマシンガンを片手で構え、アトラスに向け放つ。
小さな振動が無数に連なり、腕の中で暴れるのをあさひは必死に抑えつける。
アトラスは後方に下がりながら、銃弾を躱していく。
確かに言った通り。中量級機体にしては素早い。
けれど、今のところそれだけ。
特徴らしい特徴は特に見えない。
そう、思った次の瞬間――。
アトラスは、空に舞った。
「――は?」
舞い上がる機体を、あさひは呆然とした表情で見つめる。
だから、少しばかり反応が遅れてしまっていた。
『あさひ! 避けろ!』
空中というフィールドが錯覚を生んだのか、気づけばアトラスは頭上近くまで接近してきていた。
無骨かつ巨大な右手が、こちらに向く。
右手は金属音を鳴らしながら、形を変え正体を露わにした。
あさひのために作った機体。
そう、達臣は言っていた。
だから、それがあるのは当然のことだった。
右腕に備え付けられた、巨大な釘の射出機構。
【パイルバンカー】
あさひの最愛が、彼女自身に牙をむく。
轟音と共に、銀の楔が襲い掛かった。
『あさひ!?』
小さな爆発と共に、達臣の声がコックピットに響く。
「大丈夫! 私はだけど」
そう言って、サブマシンガンであった残骸を放り投げた。
「うーん。素晴らしいパイルバンカー。火力、迫力共に最高峰。一級パイラーである私さえ唸らせる出来だ」
うんうんと謎に頷くあさひ。
スピーカー越しに達臣の溜息が聞こえたが、あさひは無視した。
『それより見ろ。あれがあの機体の特徴だ』
天高くにジャンプし、空中からパイルを放ち、そのままアトラスは着地をする。
その着地の一瞬、確かに腰が輝いた。
ゴウッという音と共に、ほんの一瞬。
「スラスター!? なにそれずっこい! 羨ましい!」
『お前なぁ……。とはいえ、理屈は理解した」
良いなぁ良いなぁと思いながら、同時にあさひはなるほどという納得も覚えていた。
なにせこの鷲羽製作所で製造するロケットのバーニアスラスタは海外から発注があるほどに評判が良い。
イクス・ユニットの製造は素人でも、こちらは文句なしの一流である。
ゴウッゴウッというブースト音と共に、アトラスは左右に高速移動する。
腰に四つと両足に一つずつ、背中に一つで合計七基のバーニアをアトラスは搭載していた。
素晴らしきはバーニアによるジャンプの方ではなく、噴出角度、威力を計算し行われる着地の方。
どのような高度、角度からでも着地の衝撃をほぼゼロに抑え込んでいた。
『……以前、なぎさはこの会社をどうしても落としたいと言っていた。今ならその理由がわかる。この技術力は……』
達臣は思わず、そう唸る。
これから全国大会に行くならば、何か武器は欲しい。
けれど弱小田舎チームにそんな物都合よく存在しない。
そう思っている中でこれだ。
バーニアスラスタを活用している機体は存在する。
だが、シビアな調整が求められるためプロの世界にだってそう多くない。
それを利用出来るのなら、間違いなく部の強みとなる。
どう利用したとしても、なぎさやあさひが好むような展開になるだろう。




