黒幕は誰だ
男は言った。
「ARCが君たちにとって不要なのなら、潰してしまえば良い」
部外者である男の言葉に、大学運営に携わる者たちがどう思ったかは定かではない。
けれども、その言葉に従った時点にて彼らに意思を問う必要はなくなった。
男にとっては、正味どちらでも良い話に過ぎなかった。
けれど、男は大学にとって、ARCが小さな邪魔であることは理解していた。
今のARCを形だけでも潰し、一部の部員を引き抜いた上でゼロからイクス・ユニットの部活を作る。
それが大学にとって都合が良い選択肢となる。
その事実を、男は利用していた。
だから……もし、この騒動において黒幕という存在がいるとするならば、この男をおいては他にいないとだろう。
大学を利用してARCのメンバーに仕事を押し付け行動不能にし、鷲谷寛と共謀し天羽あさひ軟禁の手筈を整えて。
それが、男の引いた図面。
このまま天羽あさひが休学となれば、パイロット不足によりARCは活動停止からそのまま廃部となるだろう。
その事実を利用し、大学運営サイドは以前赤羽が立案した計画書を利用して、解散から再スタートを行う。
その状況が、彼らにとっては非常に都合が良い。
それだけが、彼らが繋がる理由だった。
たとえ、男にとってARCの末路は些事に過ぎなくとも
男にとって重要なのは、ただ一つ。
そのために、男はここまで動いた。
男の名は、ケルヴィム。
ケルヴィム・アンダーソン。
けれどその名はもう古く、彼自身さえ使っていない。
今の名は――。
男は、彼女の閉じ込める部屋の前に立ち……そして静かに扉をあけ放った。
「あさひちゃーん! パパですよー!」
でれんとした顔で、男は叫ぶ。
今の男の名は、『天羽智』。
あさひの、実の父親である。
そのうっとおしい顔を見た瞬間、あさひはすべてを理解した。
そりゃ、寛のじっちゃんが逮捕されることはないわ。
主犯が実の父親なんだから。
ついでにその動機もまあ、これ以上なく単純にわかる。
なにせこの子離れ出来ない駄目男は、あさひが近隣の大学に行くことさえ難色を示していた。
「ん? どうしたんだいマイスイートラブリードーター」
あさひはチベットスナギツネかのような、蔑んだジト目を父に向けた。
「強い眼差しを感じるよ。そうか……寂しかったんだね! パパも寂しかったよ!_」
叫び、父はあさひを抱きしめる。
ジト目のまま、あさひはイラついた態度でされるがままとなっていた。
そもそもの話だが、あさひは実家通いである。
毎日顔を合わせているし、夕飯は大体三人一緒。
家族三人で食事をとるため父は残業を一切行わないし、休日なんかは三人でお夕飯の買い物に出ることもある。
他所の家族を知らないから絶対そうだとは言えないが、ほぼ確実に、うちの家族は特殊というレベルで仲の良い。
それでもまだこの男は寂しがるのだから、もう手の施しようがない。
「はぁ。まさか父が黒幕とは……」
「き、嫌いになった? もしかして嫌いになっちゃった!? パパ嫌い?」
「いや、ちょっとだけ見直した」
父はきょとんとした顔で首を傾げた。
そう――あさひは毎日、父と顔を合わせ、この過干渉を受け続けていた。
父はいつも隠し事など何もないと言わんばかりに振る舞い、あさひもまた、それを疑うことなく日常を過ごしてきた。
そうして、日常に溶け込みながら牙を隠し、機を逃さず、一気呵成に事を成し遂げた。
その一点に限って言えば、あさひは父を見直さずにはいられなかった。
「じゃ、じゃあ大学を辞めて就職してくれる? もしくはお留守番」
「嫌」
「……だよねぇ」
「それがわかってるからこうして閉じ込めてるんでしょ?」
「うん。そうだね。申し訳ないけど、今回ばかりは譲れないんだ。あさひちゃんに、死んでほしくないから」
そう言って、父はテーブルの上に医療データをばらまく。
あさひとしては隠していたつもりだったのだが、親を騙すのは無理だったらしい。
「四月、五月ともに昨年と比べ体調が悪化してるね。血の比重が薄い。貧血で大分苦しいんじゃない?」
「元気いっぱいですよ?」
「嘘を付くのだけはやめて欲しいな」
「本当に元気だよ? まあ、ちょっと寝苦しいとかそういうのはあったけど」
「どうせ、ちょっとじゃないんでしょ。動悸や息切れで夜が眠れないとか、その辺りかな」
「あはは」
あさひはそっと、目を反らした。
「……だから、悪いけど今回ばかりは譲れないんだ」
父はそう呟き、立ち上がった。
「僕も、寛のおじさんもね、君が無事に生きて居られるなら、本当に何でもするよ。僕たちは君を愛しているから。だから……ごめんね」
そう言って、彼は申し訳なさそうな表情のまま、部屋から退出した。
「……今回ばかりは、不味いなぁ」
あさひは困った顔で呟いた。
善意であるからこそ、本気。
だから、彼らを出し抜けない。
出る手段が、まるで思いつかなかった。
いつもは自分と母に愛しているとばかり言う甘々な姿しか見ていなかったから、少しばかり父のことを舐めていた。
けれど、考えたら当たり前だ。
父は、今日までずっと自分たち家族を護り続けてくれたのだ。
本気になっている年月が違う。
あさひがそんな父に、勝てるわけがなかった。
とはいえ、それで諦めるような物分かりの良い子供ではないが。
もう一つだけ、この状況でも出来ることが残っていた。
――助けを期待し待つことである。
「……ピ〇チ姫ポジションは初めてだな」
自分じゃどうしようもないけど、きっと誰かが助けてくれるだろう。
そんな気持ちで、あさひは療養を兼ねた短いバカンスを楽しむことに決めた。
幸いなことに、ここでならその手の治療もリハビリにも困らない。
体調を整えると言う意味でなら、ここは理想そのものであった。




