緊急事態×2
目的のために、手段が存在する。
それが普通だったのだが、ARCはぐだぐだな設立と行き当たりばったりな行動のため、手段と目的が完全に逆転していた。
精一杯我武者羅に、だけど同時に好き放題我儘に。
そんな右往左往した末、ようやく目的が定まった。
全国大会予選出場。
より正しく言葉を表すならば、全国大会予選に参加し、皇蒼月へのリベンジを果たすこと。
それはあさひだけでなく、ARC全体の目標と言っても良いだろう。
けれど、全国大会予選に参加するだけでも、非常に困難な道のりであった。
参加条件、即ち"やらないといけないこと"があまりにも多すぎた。
多すぎて個別にいちいち説明出来ず、todoリストもカテゴリー分けしないといけない程。
最も大変なカテゴリーは、裏方。
だが、これはもう説明さえ無視して良いだろう。
どうせ大半は地味な書類仕事と媚売りで、しかもそういうのは顧問の赤羽と神楽坂兄妹の仕事となる。
だから重要となるのは、それ以外の三つ。
一つ目――『実績』。
ライズの全国大会は、予選にだって多くの足切りが存在する。
もっともわかりやすいのは、勝ち星だろう。
期限の六月初頭まで、残り一月もないこの短期間で公認大会に参加し、勝ち星や優勝数を稼ぐ必要がある。
とはいえ、それだけならそう問題はない。
あさひもカイも十分なだけの実績があるからだ。
そう――問題となるのは、無実績であるナガレ。
彼は単独で参加資格があると証明するための実績を積む必要があった。
二つ目――『資格』。
これはもうシンプルな話だ。
参加するパイロット全員が最低でも『上級ライセンスD』を取得する必要がある。
これは新規参入弱小部であるARCが参加するための下駄の一つと言っても良い。
だから可能性を上げるなら、リーダーを担当するカイは上級Cまで取得することが望ましいだろう。
そして三つ目――。
これはもう単純な話だ。
今、頑張って頑張って、必死に頑張って大会予選に参加出来たとしよう。
つい先日皇蒼月たった一人にボコられたのに、このままであいつにリベンジ出来るのか?
つまり――『パワーアップ』。
それもちょっと改良したとかではなく、大幅にテコ入れをする必要があった。
「という感じのことを今日は話し合う予定だったのだが~。まあ……うん。それどころではないなぁこれ」
赤羽は苦笑いでそう呟く。
どこか他人事のように達観した口ぶりだった。
今この場にいるのは、赤羽を筆頭に竜胆戒、二十六木流、小森莉央、神楽坂達臣、神楽坂なぎさ。
現在集めれる、ARCの部員全員が集まっている。
そう……集められるだけ集めてこれ。
一人、足りない。
良い意味でも悪い意味でも、中心人物となる彼女の存在が見当たらない。
だからだろう。
ガレージは人が多いはずなのに、妙に静かで物寂しかった。
赤羽以外の誰もが、それを見て言葉を紡ぐことが出来ない。
皆の注目を集めるのは、テーブルの上にある一枚の紙。
その【休学届】には、しっかり天羽あさひの名が書き連ねてあった。
「……で、誰か思い当たるフシがある奴はいるかー?」
赤羽の言葉に、返事はない。
「じゃ、これを信じてる奴はいるかー?」
その言葉にも、返事は当然ない。
他の奴ならば、嫌気がさしたり面倒になったりと、途中でバックレる可能性は十分にある。
けれど、天羽あさひに限って言えば、それはない。
何故ならば……。
「あいつが投げ出すわけがないだろう」
カイは静かに呟いた。
「そうだな。短い付き合いの俺だったわかるぞ。あいつは、炎のような女だったからな」
ナガレはそう言って、ほがらかに笑った。
そう――ありえない。
身体が弱く、寿命が短いと言われていても、それでもイクス・ユニットに乗り続ける彼女が、短い蝋燭を激しく燃やし今を生きる彼女が、途中で逃げた?
そんなこと、天地がひっくり返ったって起こり得ない。
つまり、これの証明するところは、彼女の身に何か起きたということ。
そしてその何かに、赤羽は薄っすらとだが思い当たるフシがあった。
「えー。この中で突然何の前触れもなく、断り切れない依頼や仕事の類が差し込まれた奴は挙手ー」
そう言ってから、赤羽は自分も手を挙げた。
続いて、神楽坂の二人が手を上げ、おずおずとした態度で最後に莉央が挙手した。
「え、えっと……。その、西島さんが、出張入って……それで私も……」
そう、小さな声で莉央は呟いた。
「私達の方は、説明もいらないだろう?」
なぎさは赤羽にそう言い放つ。
彼らはもう、理解出来ていた。
赤羽と神楽坂の二人に舞い込んできた厄介事、その発送元は同じであるということ。
更に言うなら、十中八九西島ことキョウジの元に送られたその出張も。
「まさかこのタイミングとはなぁ」
赤羽はイラついた様子で頭を掻いた。
厄介事の発送元は、『神代科学技術大学』。
つまり――《《ここ》》である。
ARCが運営サイドから目の敵にされている可能性というのは、なぎさから聞いていた。
神楽坂の二人……というか、神楽坂達臣という優秀な人材を横からかっさらったことによる妬みと報復である。
けれど、それだけでは説明できない部分があった。
なぎさはいつものように、胡散くさい語りまわしで話し始める。
「そう。嘆かわしいことに、これが大学の嫌がらせであることは間違いないだろう。けれど、それではおかしい。おかしいんだよ。わかるかい? 別に神科大は悪の組織でもなければ秘密結社でもない。精々嫌味を言うのは精々な、大人しい老人方の集まりだった。なのにこれは……」
相変わらずの態度。
けれど、その表情はどこか強張っていた。
赤羽、神楽坂の二人に莉央まで一度に行動不能にした。
そんなこと出来る神科大ではなかったはずなのに。
その上、主要生徒を休学にさせる?
そんなこと、あの頭の固い老人共で出来るわけがない。
「だったらさ……もしかしてあさひはヤバいんじゃないのか? マフィアとかヤクザとか、そういうのが関わって……」
ナガレの心配を、なぎさは否定し首を横に振る。
「それはない。そんな巨悪が入り込めるような温い環境じゃないよここは。そんな雑な仕事兄さんがするわけがないしね」
「そうなのか」
ほっと、ナガレは安堵の息を吐いた。
「ああ。そういう大きな反社会的勢力が関わっていないことだけは保証出来るとも。ただし……」
「た、ただし?」
言葉の先は、赤羽が続いた。
「――黒幕がいることは、間違いない。大学運営サイドに協力し、ARCを潰そうとしている奴がな。少なくとも、休学届を用意出来る奴がいる。一応聞くが、お前ら心当たりは?」
神楽坂の二人はふるふると首を横に振った。
「いいや。そんな面白いことが出来る人がいたら、私はもう少し運営サイドに居て遊んでいたとも」
「あー。俺が知る出来そうな奴は、隣にいるなぎさくらいだな」
なぎさと達臣、二人の言葉を聞いて、赤羽は小さく溜息を吐いた。
「……とりあえず、神楽坂兄妹と協力して休学届は一週間ほど延期した。けど、それまでにあさひが見つからないとアウトだ。予選どころじゃない。この流れだとそのまま廃部になるぞ」
どこの誰か知らないが、驚くほどに手際が良い。
黒幕は相当な知能の持ち主だろう。
もしくは、相当ARCに恨みを持つか。
「それで、俺たちはどうしたら良いんだ?」
ナガレがそう言うと、赤羽はナガレとカイの二人に書類を渡した。
「とりあえず、お前らは私の与えた課題を終わらせろ。余裕があればあさひを探して欲しいが、まあそっちは出来たらで良い。とりあえず、お前らも大学の嫌がらせに気を付けろ。以上、解散だ」
そう言って、赤羽は慌てるような早足でガレージを後にした。
「……ちらっと見えたけど、パスポートが入ってたねぇ」
なぎさは小さな声で呟いた。
つまり、赤羽はこれから海外に行く必要があるらしい。
「……嫌がらせの質が、お前並だな」
達臣の小言を、なぎさはそっと右から左に受け流した。
皆忙しいということで解散し、カイは寮に帰宅しながら渡された書類を見る。
カイに下されたオーダーは、『上級ライセンスCの取得』の一つのみ。
数日前にDを取ったばかりのため、無茶は無茶であるのだが、割かし何とかなりそうな無茶である。
少なくとも、初心者のナガレが上級ライセンスDを取得するよりは、はるかに容易いだろう。
「……俺の方は時間の猶予もある。ナガレが大丈夫そうなら、少しばかりあさひの捜索をしてみるべきか」
赤羽たちは大丈夫と言っていたが、それでも心配しないわけがない。
確か良く一緒にいる男のダチがいるはずだから、まずはそいつに声をかけてみるか。
そんなことを考えていると……道路の目の前に、すーっと車が流れてきて、そして目のまえで停止した。
それは、わかりやすい嫌な予感だった。
中から黒服の男が現れ、カイに深く頭を下げた。
「竜胆戒様ですね。ご党首様がお待ちです。どうぞ、お車の方へ」
その言葉と共に、後部座席のドアが開かれる。
「そこまでするのか……」
誰にも聞こえないよう、小さく怯えた口調でカイは呟く。
竜胆の名を出されてしまた以上、カイは断ることが出来なかった。




