皇蒼月(後編)
一瞬のことだった。
瞬きする間もなく、本当に一瞬でアキレスの楯は撃墜判定となった。
やろうと思えば、技術的には出来ないことはない。
だが、あさひだってそんなこと、怖くて出来ない。
やったことと言えば、柔道における内股という技。
相手の股に自分の足を入れ、跳ね上げ飛ばす一般的な投げ技である。
それを、銃でやった。
長い銃を利用し、すくい上げるように機体を跳ね飛ばし、倒れたところを上からゼロ距離射撃でぶち抜いた。
それだけ。
その、たった一発で、場の空気を完全に支配していた。
あさひの中にあった怒りさえ、このうすら寒い恐怖によって鎮火している。
化物。
その言葉が頭に過るくらいには、異常だった。
あさひはゲームとはいえランカーである。
また、自分は誰にも負けないイクス・ユニットオタクであるという自負もある。
だからこそ、わかってしまうのだ。
相手の機体、餓狼の調整は限りなく長距離に合わせている。
一ミクロ狂えば駄目になる精密機器そのもののような、そんな繊細な調整と言い換えても良い。
その状態で、ぶん投げた。
しかも、精密機器の中でも特にブラックボックスの多いエネルギー系兵装を蹴り上げながら。
何度考えても、怖い。
それは、あさひのような後先考えずの行動ではない。
合理性の極致からその結論に出たということ。
その事実が、何より恐ろしい。
天才。
そう示して問題はないだろう。
『あさひ! 数秒稼げ!』
カイの叫びではっと我に返り、あさひは餓狼の銃口がこちらに向いていることに気づく。
慌てて、サイドステップを取りながら両手ハンドガンで牽制を行う。
けれど、相手の銃口が吠えることはなかった。
そして――数秒。
急激に身体が重くなり、動きが鈍重になるような、そんな錯覚にあさひは襲われた。
【Anti-Ether Phenomenon】
AEPと呼ばれる現象は、エーテル結晶の出力を半減させる。
その影響で機動力は鈍り、デフレクターの出力までも大きく低下する。
けれど、こと今回に限って言えば、AEPは完全にこちらの味方であった。
AEP状態では、あらゆるエネルギー兵器の使用が制限されるからだ。
出力の低下ではない。
機体の余剰エネルギーを扱うエネルギー兵装は、一切使用できなくなる。
「運だけど、悪くは思わないでね!」
あさひは拳銃を構えたまま一気に前進する。
相手のメインウェポンが封じられたからと、油断なんて出来ない。
それだけの実力差があるとあさひは理解出来ていた。
この状況さえ、ハンデ足りえなかった。
相手は右腕を銃の中に収納し、一体化させる。
まるで鉄の棒を握りしめたような、そんな状態。
素手よりマシ程度の、応急処置的な構えなのだろう。
待ち受ける蒼月と、接近するあさひ。
そして――あさひの間合いとなる。
二丁拳銃近接格闘術。
合理性をすべて捨てた、才能と理不尽の暴力。
AEP化であるため機動力こそ半減するものの、技そのものはパイロットの技能となるため、その拘束能力はほとんど衰えない。
むしろ機体の速度低下分反応に余裕が出来、増すまであるだろう。
餓狼は銃身を振り回し、あさひに叩きつける。
振り回し、襲い来る銃身はまるで棒術かのよう。
その銃身を、あさひは腕で絡め取り、銃身を拘束する。
即座に、反対の右手にて相手の顔面に銃口を向ける。
そのハンドガンを、餓狼はくるりと弧を描く挙動で受け流し、銃口を外にそらして見せた。
「なっ!?」
あさひの驚きが零れる。
それは、奇しくも同じ動き。
いや、そうじゃない。
美しい円運動。
それは海外の、それも銃が横行している地域での護身術がモチーフとなる。
効率的に、合理的に。
だからこそ、蒼月もそれに行きついた。
あさひのような格闘術に応用するのがおかしいだけで、護身として言えば十分なほどに優秀な対銃戦法であった。
餓狼の左腕と、あさひの右腕。
二つの腕が交差し、銃口を"向ける・反らす"を繰り返す。
至近距離で鋼鉄が絡み合い、鈍い音が響き、火花が散る。
絡めとった右腕をそのまま、胸像のように同じタイミングで腕を回し続ける。
「負けて……たまるかっ!」
弧の動きの更に上からあさひは餓狼の腕を叩く。
それはきっと、調整の差。
あさひの動きが、蒼月を一瞬だけ上回る。
自由となった腕は、餓狼の顔面に銃口を合わせ、引き金を引く。
――が、その指は虚空を切る。
ハンドガンが、蹴り上げられていた。
宙に舞うハンドガンを目視。
そのまま両手を使い、大きくジャンプをしてキャッチし、二丁を水平に持ち、構える。
そしていざ、引き金を引くというその瞬間に、あさひは妙な気持ちとなっていた。
どうして……撃てないはずのブラスターを、構えているのだろうか。
餓狼はブラスターとの一体化を解除し、両手で構え、こちらの着地に合わせ待ち構えている。
何故かわからない。
わからないが、あさひは自分の負けを確信していた。
引き金を引こうとも思わない。
だって、間に合わないから。
何故かわからないけど、ブラスターの銃口から火花が見える。
轟音が鳴り、巨大な筒は吠え狂う。
エネルギー兵器では決して発生しない、野蛮な硝煙が香りそうな悲鳴。
「ああ……そっか。《《どっちも》》撃てたのか」
呟いた瞬間、激しく画面が揺れ、コックピット内の電源がすべてシャットダウンされた。




