皇蒼月(前編)
三度目となった森林フィールドは酷く荒れ、随分と様変わりしていた。
合間合間に修繕の手が入っているとはいえ、機体が暴れ回るのだから間に合うはずもない。
自然豊かであった森林が、今ではまるで激戦地のよう。
とはいえ、これはこれで味と言えるだろう。
むしろ、イクス・ユニットを操り戦う舞台としてはこちらの方が相応しい。
『あさひ……その……大丈夫か?』
スピーカーから、妙に心配するカイの声が響いた。
「ん? 何が?」
一体何についてのことなのか、あさひは本気でわかっていなかった。
『いや……。さっきまで激昂してたのに、急に大人しくなったから……』
「あははは。大丈夫大丈夫。ちゃんと命令は聞くし、我を忘れて突撃なんてしないから」
『心配してるのはそこじゃなくて……』
「怒りは内に秘めるもの。吐き出す時は引き金を引き絞るひと思いに。大丈夫――ちゃんとわかってるからよ」
『……はぁ。まあ良い。ただ、一つだけ思い出したことがある。ラガラも聞いてくれ』
そう前置きし、カイはかつて、蒼月と出会っていたことを口にした。
『たぶんだが、俺はあいつに会っている。去年の全国高校選抜強化合宿の時だ。まあ横顔を見た程度だが』
「ふむふむ。つまりあいつは憎たらしいことにそういう特別な世界に生きていると」
『というか、おそらく俺より上の待遇で呼ばれていたみたいだから、俺より上と思って間違いない』
『そりゃ……大分きつくないか?』
ラガラはぽつりと呟いた。
『ああ。きついだろうな。だから、気を引き締めてくれ。どんな戦術で来るか予測も立たん』
ごくりと、生唾を飲む音がスピーカー越しに響く。
ラガラのマスクによる通信性能の高さが、いかんなく発揮されていた。
そうして……三機は緊張状態を維持しながらしばらく進み、敵三機の姿を目撃する。
彼らは、隠れることすてしておらず、仁王立ちするかのように堂々としていた。
二機は中量級高耐久の『タイタン』。
八メートル級と中量の中でも一際大きく、またそのパワーも中量から外れている。
だから本来重量のある武装をしているはずなのだが、どちらも大物を積んでいるように見えない。
少なくとも、ライフルや両手持ち近接武装など大型の物は所有していないだろう。
中央、リーダーマークを付けている機体は『餓狼』。
マギア社の高級軽量機であり、性能そのものはコヨーテの完全上位互換に等しい。
軽く、素早く、柔らかく。
操縦時の衝撃は他のイクス・ユニットに乗れなくなるくらいに優しい。
だが、最大の特徴はそこではない。
最大の特徴は、高度な演算とそれを利用して行われる精密動作。
つまり、射撃特化機体である。
装備しているのは、身の丈に合わない超巨大銃。
スナイパーライフルを彷彿とさせる長さのくせに太く巨大なそれは、複数のチューブによって本体と接続されていた。
完全に、エネルギー兵装の類である。
「【ブラスター】とか……趣味が良いだけにムカつくなぁ」
あさひは小さく呟いた。
『前俺が受けたあの光線とは違うのか?』
「大体一緒。ただし、ブラスターは通常の光弾とは逆の特性を持ってる」
『つまり?』
「近距離より遠距離の方が威力が出る」
あれだけの巨大なサイズだから、近距離でも相当な火力はあるだろう。
けれど、その真価を発揮するのは超長距離。
遠距離にて、十分にチャージされたブラスターを受けたなら、軽量機なら一撃でデッドラインを超える。
だからこそ――あさひは憎しみに等しい怒りを覚えた。
「あいつ……舐めてやがる……」
ぎりぃと、軋む音が聞こえる。
音を聞いた後で、自分が歯を噛みしめる音だと気づいた。
『どういうことだ?』
ラガラは静かに尋ねた。
「遠距離特化機体ならさ、潜み狙撃するのが向こうのセオリーでしょ」
『確かにそうだな』
「なのにこうして隠れもせず堂々としてるってことは……」
『つまり、舐めてるってことか……』
『いや、違うぞ』
カイが、通信に割り込んだ。
「違うって何が?」
『隠れもせずに堂々とじゃない。あいつら、初期配置からまったく動いてないだけ。つまり、舐めてるじゃなくて、舐め切っているんだ』
「……ざっけんなよ」
低く低く、怨念みたいな声が零れた。
『それで、どう動く?』
『プランAだ』
カイは静かに答える。
プランA。
つまり、いつも通り。
ラガラを前にあさひが接近し、カイが援護をするという縦の連携。
今回はあさひの体調に気を遣う必要もない。
というか、今それをしたらあさひがぶち切れるということは誰だって想像出来る。
それに、相手はどう見ても遠距離特化機である。
近づく以外に選択肢はなかった。
ビームが飛んできた。
他に言い表せない。
SFの……いや、ロボットアニメによくある光の奔流。距離な光の柱。
だからそれは、もうビームとしか表現しようがなかった。
その一撃を、ラガラの機体が受ける。
直撃した瞬間、ラガラの前進は止まった。
それどころか、完全に押し負けてジリジリと後退していた。
泥が、ふんばることさえ許さない。
ビームが途切れるまで、数秒ほどの時間を要した。
その一撃にて、正面シールドのデフレクターが三割減少。
けれど、直撃を三割で済ませられたアキレスの楯が異常なだけ。
コヨーテなら、それだけで落ちる可能性さえあった。
『次弾が来る前に攻めろ!』
カイの短い命令が飛ぶ。
あさひとラガラは一気に前に出る。
先にたどり着いたのは、機体性能に優れるラガラの方だった。
ラガラは盾を正面に構えたまま、タックルのように突撃する。
それを鼻で笑うように、餓狼は身体を翻し回避して――。
『かかったな!』
ラガラは叫ぶと、盾に一筋の線が生まれた。
変形機能。
そうして、アキレスの楯は真の姿を披露する。
盾は開かれ、半分となり両肩に移行。
そして開放された腕を持ち、背後から餓狼を掴み上げた。
自分ごと撃て。
そう言っていると理解し、あさひとカイは銃を構える。
その直後――餓狼はコツンとかかとを鳴らした。
立てていた長いライフルのストック部が"アキレスの楯"の股関節部分に刺さり、そのまま餓狼は後ろ蹴りのようにストックを蹴りあげる。
ふわりとした、不思議な浮遊感にラガラは襲われる。
それは気のせいでも錯覚でもない。
実際に、銀の機体は浮き上がっていた。
アキレスの楯は急加速のGに襲われ、直後激しい衝撃が全身を包む。
コックピット内は大量のダメージアラートが響いていた。
投げられたと気づいたのは、モニターが餓狼を見上げてから。
ブラスターの醜悪なる銃口が、モニターに映される。
黒い円の奥が、青く輝いた。
光の奔流。
激しい振動と熱が、コックピットを襲う。
そして、アキレスの楯は完全に機能を停止した。




