三人での初試合(後編)
遠方から銃弾がばらまかれる音を、コックピットが拾う。
センサーが方角を感知し、カイは動き出した。
連続する音から、マシンガンの類と特定。
それもあさひの持つサブマシンガンのような軽い物ではなく、ガトリングかそれに準ずるものだろう。
その直後に、あさひの乗る赤い機体が姿を見せた。
『三機横並びでいたよ! 両腕持ちデカガトリングが一機! 残り二機はアサルトライフル! 言われた通り攻撃せず逃げて来たけど大丈夫!?』
「ああ。完璧な仕事だ。こちらも敵影を確認。……やはり、アンゲルスか。それも三機とも」
どこかヒロイックでありながらマネキンのような不気味な無機物感の白い機体。
それはカイのよく知るアンゲルスそのものだった。
『え? 違うよ?』
スピーカーから、そんなあさひの声が聞こえた。
「……何が違うんだ?」
『二機はアンゲルスだけど、ライフル持ちの片方、テープ張ってるからリーダー機だね。それはアンゲルスじゃないよ』
「……どういうことだ?」
『ほら、腰の位置が違うでしょ? あれは【エクシア】だよ。装甲剝がしたりしてもったいないなぁ……』
「……おい。それマジか?」
『え? マジマジ。見てわかるでしょ?』
「わかるかよ……」
カイは小さく溜息を吐いた。
機体なんてものは、色を変えただけでも違う代物に見える。
ほんのちょっとカスタムするだけでも、元の機体が何か特定するのは困難だろう。
それもカスタムのメリットと言えるくらいには。
それなのに、あさひは一目で見抜いた。
アンゲルスにしか見えないよう偽装された上位機種のエクシアを、ほんの一目で。
それはカイにとって、驚異的な能力であった。
「ロボットオタク、ここに極まりってか……。あさひ、エクシアにマーカーを飛ばせ」
『え? なんで?』
「そいつがリーダー機だからだよ。テープが見えない位置だと俺たちじゃターゲットを誤認する」
『あいあい了解』
あさひはそう言って、指示通りマーカーを付け共有させた。
『そ、それで俺様は何をすれば良い!?』
接敵と弾丸飛び交う状況だからだろう。ラガラの叫びには緊張が混じっていた。
「そうだな……。ガトリング機の方を向いて、跳んで来た弾丸に盾を合わせてくれ」
『りょ、了解! 大丈夫なんだよな!?』
「ああ。そいつなら豆鉄砲を受けるようなものだ。衝撃の方は知らんがな」
その言葉の直後、ガトリングの掃射があさひからカイの方に移行してくる。
その飛び交うガトリングを、ラガラは割り込む形で受け止めた。
強烈な弾丸が銀の機体に触れ、盾が火花を散らす。
残り二機の攻撃に集中され、掃射と共に小気味よい音が無限に続く。
それでも、どれだけ受けようとアキレスの楯には傷一つ付く気配がなかった。
『ああ……羨ましいなぁ……楽しそう……乗りたいなぁ……』
じとっとした、恨みがましいあさひの声。
カイは小さく溜息を吐いた。
チーム初戦という緊張の中で味方機体にうつつを抜かすことを怒るべきか、それだけ余裕があるメンタルを褒めるべきか。
リーダーとして、正直わけがわからなかった。
「あさひ。後ろに下がって休んでくれ」
『えー。なんでー?』
「中距離の銃撃戦になる。無理に攻める必要はないから、お前は休みだ」
『ちぇー。了解』
あさひ機が自分より後ろに下がったのを確認してから、カイは腰だめの形でライフルの引き金を引いた。
軽い発射音と、全身が震える強力な反動。
そして弾丸は、狙い通りまっすぐ向かいアンゲルスにヒットした。
続けて、引き金を数度引き絞る。
狙いをずらし、機体を動かし。狙いを読まれないよう、ファジーな偏差射撃で。
当然のように全弾が狙い通りに。
その手応えに、カイはちょっとした感動を覚えていた。
「こいつは良い。想像以上だ」
扱いやすくしたと言っていたが、そんなものじゃない。
狙い通り飛ぶ、ある程度連射出来る、射程も威力も十分ある。
シングルアクションライフルとしてほしいものがすべて揃っている。
文句の付け所がない。
百点満点だ。
これを調整した人に心から感謝を捧げたいくらいに。
確かに、前ほど射程はない。
けれど、正直そんなものはいらない。
狙って五十メートル先に当たれば射程面は十分過ぎるくらいで、それを超えるような距離は正直持て余す。
歩き撃ちを続けながら、三機へ均等に弾を散らす。
数で負け、火力でも負けている。
相手の武装は、完全に中距離銃撃戦に特化している。
普通なら、この撃ち合いは成立さえしない。
けれど――そのすべてを、ひっくり返している。
「ラガラ! 左へ一メートル移動してくれ! 横歩きでだ!」
指示を出し、その後ろに隠れながらカイはマガジンを交換する。
そう、移動する絶対安置。
あらゆる銃撃を凌げる障害物。
これは想像以上に使える。
この打ち合いをサバイバルゲームと仮定するなら、動く絶対安置なんてものもはやチート行為に等しい。
『ああ……そうか。アキレスの楯だもんな。俺様自身が盾となるしかないのか……』
そう呟くラガラは、少しだけ寂しそうな声色だった。
「や、役には立ってる。本当だ」
そうカイも慰めることしか出来なかった。
申し訳ない話ではあるが、この状況は変えようがない。
三機対二機で撃ち合い、一方だけが優勢。
こんな状況はそうそう作れない。
こちらはノーダメージなのに対し、相手は三機合わせて十発以上のライフル弾を受けている。
回復を考慮してもデフレクターは三割以上削れ、一部位なら剥がれていてもおかしくない。
じり貧と呼ぶには少々以上に損害が痛い、そんな状況に相手は陥っている。
だからこそ――相手の次の一手は、笑えるほどに読みやすい。
「あさひ。行けるか?」
『もちろん! 待ってたよ! どうすれば良い!? 私もバンバン撃つ? それとも裏取り?』
まるで散歩待ちの犬のように元気いっぱいの様子にちょっと気圧されながら、カイは思考を深める。
「そ、そうだな……。あさひ、パイルバンカーはないが、それに伴った近接戦闘は備えているんだろうな?」
『え? うん。そのために顧問に地獄のような修行をさせられたし』
カイは思考を張り巡らせる。
無難な作戦は、このまま二機で耐え、あさひに裏から責めさせ蹂躙させること。
それが出来るだけの圧をアキレスの楯は持っている。
むしろ、少しばかり圧をかけすぎた。
おそらく……あさひが裏に回るよりも早く、相手は精神的に限界が来る。
なら――攻めるべきだ。
それが出来るだけの実力を、あさひは持っている。
「――流れは作ってやる。正面からエクシアにぶちかませ。いけるか?」
返事は、すぐには返ってこなかった。
意外に思ったが、考えてみれば当然だ。
あさひは勢いだけの突撃馬鹿ではない。
三機へ突っ込む危険性と、その後の試合への影響を天秤にかけているのだろう。
それ当然、正しい判断で――。
『えっと……そんな恰好良い見せ場を貰って大丈夫? 私だけ幸せになりすぎて申し訳がないんだけど……』
なんか、斜め上の返事が聞こえた。
「……ああ、そうだな。お前はそういう奴だったよ……。ラガラ、聞こえるな?」
『あ、ああ。俺はどうしたら良い?』
声から、少し疲れが見えていた。
パイロット経験も浅く、試し乗りさえしていない特別機。
しかも、これが初陣である。
疲れが出るのは当然だ。
それでも連携を維持して戦えているだけで、十分すぎるほど評価に値する。
並外れた体力と精神力。
正直、良い人材を拾ったものだと、カイは感心していた。
『すまんが最後のオーダーだ。あさひを後ろに乗せてキャリー。そしてあさひを送り出した直後、離脱してくれ。バックアップはする』
『りょ、了解! 任せてくれ!』
本当に疲れているらしい。
ヒールの仮面が完全に剥がれていた。
相手のガトリングが再び吠え狂う。
それと同時に、残り二機が側面からこちらに接近しだすのをカイは感じた。
アキレスの楯、その特性を理解し潰すための策なのだろう。
「動いた! あさひ! 行け!」
ラガラの後ろからライフルを放ち、バックステップで下がる。
それと入れ替わるようにあさひがラガラ機の背に立ち、身を縮めた。
「ラガラ、そのまま前に出ろ!」
ガトリングの猛攻を受け止めながら、ラガラ機はじりじりと前に出る。
結局、千発以上ガトリングを喰らったというのにラガラ機は完全に無傷のまま。
正直、このレベルの大会には完全にオーバースペックである。
(とはいえ……いずれこれの相手をすることになるんだろうな)
正式にアキレスの楯が日本に来るのは二年以上先の話である。
だが、全国大会予選レベルになれば、相手はこのレベルのスペックになると考えた方が良い。
(ま、その心配をする必要はないか)
なにせ、この弱小部では全国大会予選の参加権出られる可能性は限りなく乏しい。
ついでに言えば、カイは自分が全国に出れる器とは思っていない。
実力不足の自分をパージ出来る状況をアークで作り、裏方に回る。
それがカイの、今出来る自分の最大限の努力であった。
突然、ガトリングがぴたりと止まる。
ここだ。
カイがそう思ったのと同時に、あさひも飛び出した。
「お疲れ、ラガラ。こっちに戻ってくれ」
『りょ、了解』
アキレスの楯はびくっと大きく身体を揺らした後、後ろ歩きでカイに寄って来る。
おそらく、反転し盾をこちらに向け歩こうとしたのだろう。
(ま、途中でミスに気づいただけ初心者としたら十分か)
カイはライフルを構え、もう一機のアンゲルスに妨害を主とした射撃を放つ。
ガトリングはリロード中。
だから、もう一機を足止めしていれば後はあさひが決めてくれる。
そう――カイは信じていた。
「さあ、あさひ。お前は何を魅せてくれるんだ?」
パイルに代わる近接。
それも武装を装備せず出来ること。
投げか、格闘技か、それとももっととんでもないものか。
そう思って見つめていると――あさひは、拳銃を取り出した。
「――――は?」
敵のすぐ目前で、二丁拳銃を気取って構える赤いコヨーテの姿。
何をしているか、認識は出来ている。
けれど、脳が理解を拒んでいた。
エクシアはあさひの接近に合わせ、ライフルを構える。
そして引き金が絞られる、その寸前――。
赤いコヨーテは舞うように身を翻し、ハンドガンのグリップボトムでライフルを横から弾いた。
銃口が逸れ、本来コヨーテを貫くはずだった弾丸は虚空へ消える。
そのまま逆の手に構えたハンドガンを向け、至近距離から弾丸を浴びせた。
軽い衝撃が走り、エクシアのデフレクターが削れる。
エクシアは咄嗟に腕を突き出し、コヨーテを振り払おうとした。
その伸ばした相手の腕を、あさひは捻るよう己が愛機の腕にて絡め取る。
さながら、関節技のように。
そして密着状態を維持しつつ、更に発砲音を重ねた。
左右の拳銃を巧みに扱い、相手の行動を阻害しつつ、ゼロ距離で相手に纏わりつき、銃撃を放ち続ける。
その姿は、もはや否定することさえ出来ない。
「お前……お前ぇ! やりやがった! やりやがったなお前!」
カイはもう、意味もなくそう叫ぶことしか出来なかった。
『な、何をやったんだ、あさひは?』
「二丁拳銃での近接格闘術だよ!」
『は? それ意味がないんじゃ……いや、ロボットだから、人間にはありえない技術が――』
「ない! マジで意味もない! だからこそ怖いんだよ!」
そう……こんな戦い方に意味もクソもない。
合理性もなければ、統計学的に有利なんてこともない。
単なる格好つけの戦法だ。
けれど、あさひはそれを使いこなしている。
自らの反応速度と反射神経を生かし、ありもしない格闘術にて一方的に相手を叩きのめしている。
そりゃそうだ。
なにせあさひ自身は、RAEオンラインにて近接でランカーにまでなっている。
ランカーの近接戦闘に対処する術など、カイでさえ持ち合わせていない。
つまり、一度ハマったら対処出来ない、最悪のアリジゴクだ。
しかも持っているのはハンドガン。
つまり――。
何とかリーダー機を救おうとカバーに動き、ライフルを構えるアンゲルスにハンドガンの弾丸が襲い掛かる。
そう、あさひはエクシアだけでなく、周りも見ながら戦闘している。
つまり、このふざけた戦い方は一応、対集団戦用近接格闘術に分類されるということだ。
「最悪だな。やられた相手に同情する」
そう、カイは呟く。
いくらハンドガンの威力が低いとはいえ、ゼロ距離であれだけ浴びせられたらどうしようもない。
しばらくしてから、赤いコヨーテは両手に拳銃を構えながら腕をクロスさせ、無意味なポーズのままアンゲルスとエクシア両方に銃弾を放つ。
その直後に、相手チーム敗北のブザーが響いた。




