三人での初試合(前編)
湿った土に、重い足が深く沈む。
踏みしめるたびに機械の巨体は軸をブレさせ、身体を揺らすように進んでいく。
木漏れ日が差し込む中、無数の警告センサーが画面に走り続ける。
太い枝や切り株が、障害物としてセンサーに認識されていた。
あさひは腕を振り、老木をへし折って道を開きながら、ゆっくりと前に進んでいく。
『なんか、自然に申し訳がねぇなぁ』
スピーカーからラガラの声が聞こえて来る。
特注の装備だからだろう。
やけにクリアな音質だった。
「大丈夫。これイミテーションだから」
『ああ、そうなのか』
「うん。ヒールなのに自然を気にするんだね」
『馬鹿野郎。ヒールだから自然を大切にするんだよ』
「そういうものかー」
『当たり前のことだ。……んで、それはそれとして、俺様が前に出なくても良いのか? どうみたって俺様の機体の方が適任だろ?』
そう、ラガラはあさひのコヨーテに追従しながら訪ねた。
ちなみに、アステロイド・ブルーは更にその後ろで後方警戒している。
「とのことだけど、リーダーの意見は?」
話を振られ、カイは少しの沈黙の後答えた。
『能力不足だ。今のお前なら敵関係なく転倒する』
『ちっ!』
ラガラが舌打ちし不満を露わにする。
だが、それが"了解"の合図であることはあさひもカイも理解出来ていた。
そもそも彼は悪役志望であって悪志望ではない。
根は誰よりも善良であることはとうに把握出来ている。
(そもそも、本来なら最後尾に回るべきなんだけど、カイが言ってないってことはそういうことなんでしょう)
あさひが先頭なのは、持前の経験に加えリーダー機でないから。
あさひの『コヨーテ・RCmk2』やラガラの『アキレスの楯』が倒されても敗北にはならないが、カイの『アステロイド・ブルー』が墜ちたら敗北が確定する。
だから、カイの最重要任務は『倒れないこと』。
けれど、このような視界が塞がれた広大なフィールドにおいて先頭の次に危険なのは、バックアタックの危険がある最後尾。
つまり通常なら、ラガラを最後尾に置くのが真っ当なセオリーとなる。
特に今回の司令塔であるカイのようなセオリーを重視する合理主義者ならなら猶更だ。
けれど同時に、それをしない理由もあさひは理解している。
ラガラは初心者で、かつ初陣。
しかも特殊な構造の機体に慣らしもなくの初登場だ。
無理をさせたくないに決まっている。
それに、最後尾の警戒というのは知識や経験が物を言う。
今のラガラにそこまで求めるのは少々酷な話となるだろう。
(ま、私が先頭なのはラガラが慣れるまででしょう)
ラガラを先頭にカイが中衛で指示出しし、自分が後方警戒しながら突撃待機。
その陣形がこの三人での警戒姿勢で最善であると、あさひは考えた。
『少し、作戦を整理する』
リーダーであるカイの言葉に、あさひとラガラは沈黙し、耳を傾けた。
今回のバトル形式は"正規公認での非公式戦"という、ライズバトルの中で最も一般的なものとなる。
公式戦というのは、いわゆるところの"全国大会"や"世界大会"という位置づけとなるからだ。
また広範囲野外フィールドという特性を生かすため通信は原則制限されており、代わりにEC波長を利用した通信システムで、近距離かつ同チーム機体間のみ、交信が可能となっている。
フィールドは限りなく本物に近い、人工物で生成された森林。全長は三百メートルを超える。
レーダー特化の機体ならば、接敵前に相手をサーチ出来るだろうが、この規模や規格でレーダー特化機体が出る可能性は限りなく低い。
つまり視界か音を拾っての接敵が原則戦闘の始まりとなる。
そして、今回のルールではリーダー機体を事前に明記する必要があり、その目印としてアステロイド・ブルーの足にはきつくテープが張り付けられていた。
『とまあ、ルール周りはこんな感じか。何か質問はあるか?』
「ううん。今のところは」
そう、あさひは答える。
それが自分への問いではなく、初心者のラガラに対してのものだと分かった上で。
『俺の方も特にない。ないが……』
『が、どうした?』
『自然の中といい、銃撃でのどんぱちといい、なんかサバゲーみたいだな』
『それはなかなかに鋭い指摘だ。ライズバトルなんてのはサバゲーと総合格闘技とロボット競技を掛け合わせたようなものだからな』
『なんとまあ乱暴な。とはいえ、わかりやすいな』
正直その説明は乱暴だからもの申したいあさひだったが、今回は我慢した。
初心者を混乱させるのも良くないし、なにより今は戦闘中。
説教するには時間が足りなさすぎた。
『戦術に関しては、あさひがアサルト……つまり突撃兵だな。それのカバーをナガ……ラガラに任せた』
『おう。しょうがないから俺様が守ってやるよ!』
『ああ。まだ慣らしも終わってないから無理しなくても良い。あと話すことは……相手の機体くらいか』
『情報があるのか?』
『ない。公式戦なら相手の機体情報を事前に開示するルールがあるが、非公式にはないからな。ただ……』
『ただ……どうした?』
『おそらく、【アンゲルス】が含まれるだろうな』
『あんげるす?』
待ってましたとあさひが会話に混ざり込んだ。
「アメリカ製の機体だね。背中に歩行を安定させるパーツがあるんだけど、それが小さな翼みたいに見える機体。なかなかに恰好良いよ」
『ほー。そりゃ倒し甲斐がありそうな機体だことで。んで、カイよ、なんでわかるんだ?』
『相手の学校はミッション系で、アンゲルスは廉価の傑作機だ。ちなみにそのモチーフは天使となっている。あとはわかるな?』
『ああ……宗教的事情か』
『アンゲルスは同一宗教の相手には割引価格で販売されている。性能で言えばコヨーテを多少耐久に回した感じだな。ただコヨーテよりも武装の幅が広い。そこだけは気を付けろ』
『どう気を付ければ良い?』
『ラガラの場合は単純だ。攻撃を正面から受ければ良い。それで今は事足りる』
『……なんか俺だけズルしてるような気がするな』
真面目な男だからだろう。
最新ハイエンドの機体に乗っているという負い目を感じているようだった。
けれど、それは筋違いの考え方である。
アキレスの楯は万能機でもなければ汎用機でもない。
その性能を正しく生かすには、相当な技量は要求される。
少なくとも、現時点ではラガラが使ったところで誰も怖くは感じない。
『ズルなんて、そんなことはない。たしかに耐久は高いが、ベースそのものは軽量だ。ラッキーヒットで一発撃沈もありえる。油断だけはしないでくれ』
やんわりと苦言を口にしつつ、カイはラガラを慰める。
それが通じてか通じてないかは知らないが、ラガラは素直に同意を見せた。
『ああ、もちろん』
『……話すことは大体話した。なのにまだ接敵してない。ってことは……相手は正面から来ず、裏どりを狙ってやがるな』
背後で、カイのアステロイド・ブルーがライフルを構えた。
『あさひ、作戦を変える。さっき通ったルートを、戻りながら先行気味に索敵してくれ。雑に音を立てても構わん。むしろ見つかって注目を集めろ。ラガラは反転し、俺を庇うように追従してくれ』
「見つけたらどうしたら良い? 削っておく?」
『いや、サブマシンガンにそこまでの信用性はない。見つかったらすぐ戻ってくれ』
「あいさー!」
あさひは元気よく返事をして、さきほど通った道を元気良く走り出し、あっというまに二人との通信範囲から外れた。
勝負の世界に、絶対はない。
ボクシングではラッキーヒット一発でチャンピオンが沈むことがあるし、完全実力主義の将棋でだってジャイアントキリングは成立する。
あらゆる勝負において、自分の勝利を油断以外の形で確信出来る奴なんているとするならば、そいつは想像を絶する超人であり、そして異常者だ。
それを自負した上で、赤羽はこの初戦だけなら負けることはないだろうと楽観的に考える。
選手関係者席にて、椅子に座り赤羽はふんぞり返って。自陣の三機を追いかける映像を見ながら、なんとも言えない感傷に耽っていた。
十年前に潰えた未来の先が、目の前で紡がれている。
だというのに……欠片も羨ましいとは思えなかった。
(やっぱり私は、パイロットではなかったな)
もしも自分の性根がパイロットであったのなら、きっと今頃悔しくて涙を流していた。
けれど、今胸に宿る感情はそんなものじゃない。
ただ、静かな充実感に満ちていた。
この十年、どれだけ尽くしても、どれだけ身を削っても得られなかった、深い満足感。
むしろ、この立ち位置にしっくりと来るまである。
自分という天才は、選手を送り届け、見守るのこそが天職であると。
はっとして、赤羽は苦笑いを浮かべ、自分の顔を手で覆った。
つまるところ、自分の本当にやりたかったことは、マネージャー兼チアリーダーだった。
そんな馬鹿なことに、二十代後半になってようやく気付いた自分の間抜けさに笑わずにはいられなかった。
「楽しそうだな」
後ろから男の声が聞こえ、赤羽は顔を顰める。
「おや、いらっしゃったのですね。キョウジさん」
「うむ。我が成果を確認するためにな」
そう言ってから、一つ飛ばした席にキョウジと莉央が座った。
本来なら、一外部協力者に過ぎないキョウジは関係者席に座る資格を有さない。
けれど、キョウジにはもう一つの肩書があった。
部員である小森莉央の保護者としての肩書が。
それは、この席を座るに十分なものだった。
『西島恭司郎』
赤羽は、彼のことが苦手だった。
彼女は自分が天才であると自負している。
このアークにおいて誰が最も有能な存在なのかを挙げれば、迷わず自薦するだろう。
パイロット技能を持ちつつ指導を行え、戦略戦術策謀とあらゆる知略を用い、準メカニックとしての能力を持ちつつドクターの資格を持ち……。
多くのことを一流、もしくは準一流クラスの能力を持ちつつ、新しいことをすぐにマスターする。
当然コミュ能力も高く、伝手やコネを多く所有している。
そんな彼女でさえ、キョウジの内心は読めなかった。
狂気を帯びているようには見えず、中二病を拗らせているだけでもない。
多くの嘘を織り交ぜ、時折常識人の側面を見せる
正気なのかと言われたら非常に微妙な感じで、かといって何かに狂っているような様子もない。
サイコパスに近く見えるが、限りなくサイコパスでもない。
じゃあ何なのかと言えば、それがわからないから赤羽はキョウジが苦手だった。
「……こういうことは、これっきりにして貰いたいものですね」
赤羽の苦言に、キョウジはにやっと笑った。
「それはどのことについてだ?」
「『Shield of Achilles』。おかげでうちの財政はめちゃくちゃですよ」
「俺は別に買えと脅したわけではない。ただ、買う権利をくれてやっただけだ」
「……そんな餌に釣られて飛びつかない奴はいないってわかるものでしょうに……」
赤羽は、はぁと小さく溜息を吐く。
そう、あの機体のコネは赤羽ではなく、このキョウジの物。
どうやってか知らないが、こいつは日本未発売外国製最新のイクス・ユニットを入手する権利を持っていた。
とはいえ……こいつが普通でないことは最初からわかりきったことであるが。
「それで、状況は?」
なれなれしく聞いてくるキョウジに赤羽は顔を顰めながら、素直に答える。
「散策中。大分奥まで向かったけど出会えなかったから反転して裏取りを潰すプランに入った」
「そうか。まあよくわからんが」
わくわくした表情で画面を見だすキョウジを見て、赤羽も視線を外す。
ガラス向こう、フィールド外部にはなぎさと達臣がモニターで機体・パイロットの状態をチェックしていた。
とはいえ、通信不能の今回で出来ることはほとんどないだろう。
「あー。莉央。君がこっちにいる理由を聞いても良いか? 別に責めているわけではない。ただ、下の方が良く見えるだろうに」
莉央は小さな声でぽつりと呟いた。
「そう、西島さんにしろと……」
「ということですが、理由を聞いても? 西島キョウジロウさん?」
「ふむ、何か問題でも?」
「いいえ何も。ただ、もしも彼女に何かしら精神的不安があるようならば、先に報告しておいてもらえたらと思いましてね。これでもセラピストの資格も持ってますので」
「そういうことはない。だが、覚えておこう」
キョウジは淡々とした表情でそれだけ呟いた。
反応が薄いから、内心が読めない。
怒りか、焦りか、それとも本当に何の理由もないのか。
会話をすれば大体流れが見える赤羽としては、キョウジは本当に読めない苦手な相手だった。
赤羽はキョウジと莉央の事情を知っている。
だから、二人に精神的に問題があると確信していた。
【悪魔の教室】
キョウジが良く口にする決め台詞。
それが嘘やまやかしではない。
その名を持った教室が、かつて実在していた。
いや……むしろその存在そのものは、多くの大人が知っているだろう。
真なる忌み名として。
だから、知っていても誰も口にしない。
十年前の、イクス・ユニットによる三大事故。
その二つ目。
それが発生した場所が、通称"悪魔の教室"。
そして彼ら二人こそが、その事件唯一の生存者だった。




