アキレスの楯
格納庫には、三機のイクス・ユニットが並び立っていた。
自分たちがこれから搭乗するであろう、勇ましき戦士たちが。
まず、他の二機と比べ一回り以上大きな、青混じりな白い、ヒロイックなシルエットの機体。
『アステロイド・ブルー』
万能機であることからパイロットはカイに選ばれ、リーダー機として指定されている。
武装はライフルとショットガン。
ライフルは前回の単発ライフルを改良した『ABライフル改』。
火力・射程こそ落としたものの、それ以外の扱いやすさすべてを向上させることに成功しているそうだ。
ショットガンは以前カイがコヨーテで使っていたものをアステロイド・ブルー用に再調整したもの。
用途が完全に高火力サブウェポンとして割り切られているため、ライフルとは反対にあらゆる汎用性を切り捨て、火力を向上させた。
続いては、あさひが搭乗する機体。
『コヨーテ・RCmk2』
デフレクターの設定を前回のような右腕特化なんてトンチキ仕様から従来のコヨーテのものに再調整。
パイルバンカーを外し、武装はサブマシンガンと二丁拳銃のみという突撃兵ばりの装備に換装された。
基本性能は通常のコヨーテと大差ないものの、"緋衣朔夜"として蓄積したシミュレーションデータを大きく反映しているため、曲芸じみたアクロバティックな機動にも無理なく対応可能となっている。
もっとも、その代償として、コヨーテ本来の扱いやすさは犠牲となってしまったが。
ここまでは、あくまで調整の範囲であり、真新しい部分はない。
多少の変化はあるものの、おおむねいつも通り。
三人の視点が集中しているのは、三機目。
ナガレの――いや、『ラガラ』のために用意された銀の機体に、皆の目は吸われていた。
それをラガラが最初に見た感想は、"随分と歪なシルエットだな"というものだった。
四メートルそこらと、小柄なコヨーテに比べてもだいぶ小さい。
身長だけでなく、全体的にコンパクトで、ぎゅっと圧縮されたようなデザインに感じる。
巨体であるラガラがそれだけ小さな機体のコックピットに乗るのは相当しんどいだろう。
小柄な癖に足は妙に太く雄々しい。
逆関節で、バッタのように折り曲げられているため、足を伸ばせばその全長はコヨーテを超えるんじゃないだろうか。
全身銀一色で、歪なシルエットの癖にどことなく騎士を彷彿とさせる。
少なくとも、ヒールの乗る機体ではないだろう。
けれど、最大の特徴はそれらではない。
その機体には、腕部と言われる部位が一切見あたらなかった。
代わりに正面には胴体をすべて覆ってもなお余るような、そんな巨大な盾がつけられている。
小柄で、腕がない機体。
だからラガラは、初心者向けの機体なんだろうと考えた。
「ふむ。これはコヨーテよりも安価なのか? コヨーテがあるというのに俺様のために機体を用意してくれたということは。それとも初心者向けとか?」
ラガラの問いに回答を返さず、代わりに赤羽は、ラガラのすぐ隣のあさひとカイを指差した。
彼らは、目を丸くして、あんぐりとした表情のまま、瞬きさえ忘れ銀の機体を見入っていた。
「……ふむ。もしかして、これ、ヤバい機体だったりする感じだったりするのか?」
二人から感じる"壮絶な驚愕"から、ラガラはうっすらとだが大変な状況であると察せた。
静かに、あさひは呟く。
「……コヨーテ十機分と見た」
カイはそれを否定した。
「いや、十五機は超える。新古品のコヨーテとは物が違う」
赤羽は笑いながら答えた。
「残念だがカイも外れ。正解はそこのコヨーテ五十機は下らないぞ」
「はぁ!? なんだそりゃ!?」
ラガラはつい、我を忘れ素に戻っていた。
「いや、そんなもんじゃないかな? 正直納得出来るよ。というか、よくお金足りましたね」
あさひの問いに、赤羽は少しばかり言いづらそうに呟いた。
「あー……その、事後相談だが、すまん。部費をすべてかき集めても足りんかったから、借りちった」
「ど、どこから?」
「なぎさだ。身内だが、それでも借金は借金だ。すまんな」
「いや、私は……まあ、文句を言えませんけど……」
「ああ。俺も、今回ばかりは顧問の行動に文句は言わん。これは……」
「いやいや! なんで二人とも何も言わないんだ!? 俺の乗る機体一機に部活動の全予算に、勝手に借金まで作って……どうして……」
ラガラは覆面を被っていることさえ忘れているほど混乱していた。
「金で解決できる問題じゃないんだよ。"新型"ってのは」
カイはラガラの悩みに、端的に答える。
そう……完全なる新型の、それもハイエンドの機体を入手出来る機会なんてのは金銭でどうこう出来る話ではない。
特に、新設の部活動であるのなら猶更――。
二人がこの機体を知っているのは、偶然というわけではない。
知っていることが当たり前な程度には、その機体は有名だった。
「【|Shield of Achilles】……」
ぽつりと、あさひは呟いた。
「……なんだって?」
「日本名だと、『アキレスの楯』で良いのかな。まだ国内で流通してないから正式名称はわからないや。ギリシャのプロチームと複数の大手製造会社が協力して作り上げた渾身の傑作――いや、怪作かな。……本当なんでここにあるの?」
「色々と運が良かったんだよ。ついでにあさひはナガレにわかりやすく、機体について説明してやってくれ」
「あいあい」
短く返事をした後、あさひは雑誌で見た知識をそのまま披露しだした。
その生まれは特徴的で、後継機が出る可能性は限りなく低い。
なにせこれを生み出すのに最も力を注いだのはイギリスの『ブラウン・ウィリアム社』とイタリアの『レオナルド』という二社。
それぞれ、国を代表する大手製造メーカーである。
そして、この二国は、単純に仲が悪い。
だから当然、この二社も仲が悪い。
そんな二社がいがみ合うことなく完成させたのだから、その存在そのものが奇跡に等しい。
強いのか弱いのかと言えば、どちらとも言えない。
少なくとも、おすすめ機体ランキング・強機体ランキング・プロ使用率ランキング、そのいずれにも入ることはないだろう。
わかりやすい一芸を持っている代わりに、わかりやすい欠点も兼ね備えている。
「そのコンセプトは『重量級以上の耐久を軽量高機動で』だね」
もはや言っていることはトンチである。
けれど、失敗作というわけではない。
そうでなければ、ギリシャが自国の英雄、その武具の名を与えはしない。
イタリアとイギリスは国の威信をかけて協力し、ギリシャの国そのものが銘を与える。
三つの国すべての名誉を受け生み出された機体は、まさに英雄と呼ぶに相応しい出自であった。
「最大の特徴はその盾。正しくは盾に変形する腕だね。こっちがデフォルトモードだけど」
「え? この機体、腕があるのか?」
「うん。盾を構えるのに使ってるから隠れているんだ。この盾を構えるモードを止めたら腕が出てくるよ」
ラガラはじっと、銀の機体を見る。
そして、困った顔で首を横に振った。
「すまん。形状がまったく想像出来ん。どうなってるんだ?」
あさひは助けを求めるような表情を、赤羽に向けた。
「ったく。そうだな……」
赤羽はラガラの方を見て、その覆面を見てから、一つたとえ話を持ってきた。
「つまり、この盾モードはキン肉〇ンの使う"肉のカ〇テン"のような格好をしていて、しかも同じ効果を生み出してるってことだ」
赤羽の一言で、ラガラは秒でこの機体の能力と特徴を理解した。
デフォルトとなっている盾状態では、両腕を折りたたみ、前腕部に付属されている防護パーツが組み合わさり盾となる。
この盾状態では、正面からに限定されるが、重量級トップと比べてもその耐久性能に遜色はない。
また、盾モードを解除すれば、防御力を失う代わりに一般的な高機動軽量機に変化する。
「つまり、腕を使う時は正面の防御力をすべて失うという非常に癖の強い機体だね」
あさひのまとめに、赤羽は頷いた。
「ああ。つまり、腕を操作しなくて良い。武器を使わなくても良い。ただ、走り回ってカバーリングと、何なら体当たりでもぶちかませ。初心者のお前向けの戦法だろ?」
赤羽の言葉に、ラガラは眉を顰める。
「いや、けど……高級機なんだろ? だったら、俺じゃなくて二人のどっちかが使った方が良いんじゃ……」
「その理屈は正しい。あさひなんて向いているだろうな。だが――その選択肢はなしだ」
「どうしてだ?」
「お前が役立たずになるからだよ」
その一言は、あらゆる意味でラガラの"二の言葉"を黙らせた。




