始動
五月の半ば。あさひ、カイ、ナガレの三人は、久方ぶりに顔を合わせた。
大学で会えば挨拶は交わしていたものの、それぞれ別の"事情"があり、部室には長らく顔を出していない。
だから、三人がそろうのは四月以来の、実に数週間ぶりのことだった。
賑やかなことになるだろうな。
そう思っていたカイだが、そんなことはなく、場は完全に静まり返っていた。
「なあ、ナガレ先輩が疲れているのはわかるが……どうしてあさひまでそんな顔をしているんだ。お前なら……こう……うるさいぐらい騒ぐと思ってたんだが……」
カイは静かに、不気味そうに呟いた。
今日はあさひにとって気分の上がるイベントばかり。
だというのに、疲労困憊で始まる前からもう疲れ切っている。
むしろナガレの方が余裕があるくらいだった。
「お疲れモードなのと、"お祭り"の前だからチャージしてる感じー。それで、ナガレパイセンどでした? 数日の《《研修》》の成果」
「敬語は別にいらんぞ。パイロット仲間だろ?」
そう言って、ナガレはドヤ顔でPDライセンスを見せつける。
『La Garra del Diablo』
PDネームには、そんな文字が踊っていた。
「……随分と洒落た名前だな。ナガレ先輩……じゃなくて、ナガレが決めたのか?」
「おう! いや、キョウジと一緒にだな。ヒールらしいだろ?」
そう言ってナガレはドヤ顔で笑みを浮かべた。
「まあ、そりゃらしいけど……よく一緒に考える時間があったな。……なあ、あさひ」
「なんじゃらほい」
「ライセンス取得の実働時間って何時間かわかるか?」
「最短で百時間」
「……つまり、ナガレはこの数週間で百時間機体を乗り回し、更にはペーパー試験の対策まで終えたと。いや、凄いな本当に」
「ま、見ての通り体力には自信があってな」
そう言ってナガレはドンと自分の分厚い胸板を叩いた。
「本当、羨ましい話だねぇ。いや、その身体がもらえるなら私は悪魔にだって魂を売るのに」
あさひのぽつりとした呟きにナガレは笑う。
ただ、実際に吐血したあさひを見ているカイは、笑うことが出来なかった。
「それで、カイの方はこの数週間何してたの? 何かあったんでしょ? 顧問から頼まれたことが」
今度はあさひがカイに尋ねた。
「ん? ああ。アステロイド・ブルーの改修と武装について相談し合ってた。外部協力者の方々と一緒にな」
「は? 機体のパワーアップイベントとか、ずっる!」
あさひは悔しそうに地団駄を踏みだした。
「えぇ……。そこで噛みつくのかよ……」
カイは呆れ顔で溜息を吐いた。
「そういうあさひは何をしてたんだ? 酷く疲れた様子だが……」
「良くぞ聞いてくれました! それはもう、聞くも涙語るも涙の壮絶な苦労話がありまして……」
「短くまとめたら?」
「修行」
きっぱりと言い切られ、カイとナガレは互いの顔を見合わせる。
まるで意味がわからなかった。
「……すまんあさひ。もう少し詳しく頼む」
ナガレは少し申し訳なさそうに呟いた。
「うぃ。まず、非常に残念なお知らせですが……私の相棒パイルバンカーは封印されました」
「残当」
「にゃにおう!」
カイの一言にあさひは不満を示すよう「きしゃー!」両手を挙げて威嚇ポーズを取った。
「あー。すまん。カイ、俺にもわかるよう説明してくれ」
ナガレの言葉にカイは頷き、少し考え重要な部分だけを伝えた。
「ナガレのプロレスがこいつのパイルバンカー。だけど強力過ぎて自壊する。だから封印は当然の処置」
そう――あの時、あさひとカイの戦いでは、確かにあさひが勝っていた。
そのはずなのに、反動ダメージがあまりにも膨大で敗北という結果にねじ曲がった。
あのパイルバンカーは、コヨーテという軽量機体が扱うには強大過ぎた。
説明を聞いた後、突然ナガレが静かに涙を流しだす。
カイはぎょっとした表情になった。
「……辛いよな。好きな物を取り上げられるってのは、身を引き裂かれるような想いだよな」
「わかって……わかってくれる?」
「もちろんだ!」
そうして泣き真似をする二人を、カイは冷たく見据えた。
「それで、修行って具体的に何してたんだ?」
「ん? パイルバンカーがなくても近接で戦えるよう間に合わせの準備的な」
「どうやって?」
「シミュレーターで顧問とタイマンを繰り返しつつ、時折実機でテスト」
「……顧問って、お前とシミュレーターで競えるの?」
「まあ、ハンデは付いてるよ。けど……天才って、怖いよね……」
あさひの一言に、カイはぞわっとした恐怖を覚える。
天羽あさひはパイルバンカー信者であり、同時に紅朱雀の狂信者でもある。
そのあさひが、紅朱雀である顧問のマンツーマン指導を受けるなんてのは存外な幸運のはずだ。
それこそ、何百時間続いても。
そのあさひが、喜びでなく苦しみと表現しているという事実――それが、想像を絶するシゴキであったかと物語っていた。
そんな話をしていたからか、噂の大本、紅朱雀こと赤羽顧問がこの場に顔を出した。
「おーし、揃ってるなー。あんま時間はないけど作戦会議をすっぞー」
その一言で、三人の表情が強張る。
今、彼らがいる場所は部室ではない。
ここは県外……ライズバトル会場の控室。
今回、ナガレがライセンスを取得したことにより、ようやくARCに正式な部活動としての認可が下りた。
そんな今日こそがARCの正式始動日であり、そして同時に初の正式な【R.I.S.E.】の参加日でもあった。
「あ、そうそう。誰を部長にするか決めてなかったからあさひ、お前を部長にしといたから。色々業務あるからよろしくな」
そう言って、ぽんと肩を叩かれ、あさひはきょとんとした顔を皆に見せた。
『Robotics Industrial Simulation Engagement』
略称:『R.I.S.E.』。
その正式なバトルは今回のよう、"3on3"にて行われる。
フィールドは、野外森林フィールド。
"3on3"の規模を室内で行える場所は、国内でも片手で数え切れる程度しかない。
今回の野外だって、わざわざ隣の県までバスで移動している。
基本ルールはタイマンの時と変わりはないのだが、一つ大きな違いとしてリーダー機の存在があげられる。
"公式戦"の場合は少々事情が変わって来るが、今回のような"公認戦"の場合、リーダー機はただ倒された時点で敗北となるだけの標的に過ぎない。
「でだ、リーダー機はカイに任せる。これは今回だけでなく今後もそうなると思ってくれ」
そう、赤羽は告げる。
それに文句を垂れる者はいない。
やりたくないカイだって理解している。
ナガレは初心者かつ、今後も近接メインに成長する。
あさひは誰よりも前に出る突撃馬鹿。
というか、後ろで籠もっていたらその魅力の十割は減少する。
だから必然的に、二人より後ろの位置に立ち、なおかつ実戦経験が豊富なカイがリーダーポジションに収まる。
「それと、今回は一つ、最大の懸念点がある。まあ、言うまでもなくお前だな」
そう言って、赤羽はナガレを指差した。
「ま、そりゃそうだ。ライセンス取り立て未経験者の初陣なんだから」
「いや、そっちじゃない。とはいえ、これはお前の問題じゃないんだがな……」
そう言って、赤羽は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ん? 何かあったんですか?」
「せめて一度は合わせたかったんだがなぁ……。今日届いたんだよ。お前の乗る機体」
その言葉に、あさひは耳をぴくりと動かした。
「え? 新型? どして? なんで?」
あさひは宇宙猫みたいな顔で……というか、羨ましくて発狂しそうな表情で赤羽を睨みつけていた。
「どうしてって……コヨーテはお前の機体だし、もう一機は予備。というか完全初心者に脆い軽量はきつすぎる。だから、このままだとナガレの機体がないだろうに」
「そりゃそうだけど……」
「乗りたきゃ後で乗せてやるから我慢しろ。というわけでナガレ。ちょっとした変わり種だが、ぶっつけ本番で何とかしてくれ。それと、西島外部協力者からこれをお前に渡すよう言われた」
そう言って赤羽の手よりナガレに渡されたのは――マスクだった。
黒をベースとして、邪悪でありつつ粗暴な、そんなプロレスのマスク。
「さすがキョウジ! これを間に合わせてくれたか!」
そう言ってナガレは迷うことなくマスクをかぶった。
「……ナガレ、それは何の冗談だ?」
カイが尋ねると、ナガレは大きな声で叫んだ。
「ナガレではない! 我が名はラ・ガラ・デル・ディアブロ! 悪魔の狂爪である! ぐははははは!」
きょとんとした表情になるカイと、なるほどと納得するあさひ。
そんな中で、赤羽は非常に困った顔をしていた。
「……大変不服なことに、そのマスクは衝撃吸収に防刃効果、出血防止にバイタルチェック、通信強化機能と機能がもりもりになっている。見た目と違ってくっそ優秀な付属品だぞ」
「えぇ……」
カイは静かにドン引いた。
「俺様のことは『ラガラ』と呼べ! チームメイトだ。そのくらいは寛大に許してやろう!」
ナガレは常識人だと思っていたカイは、少しだけ悲しい気持ちになった。




