ライセンス
「とったどー!」
公衆の集まるど真ん中で、あさひは叫び誇らしそうにライセンスカードを両手で掲げていた。
カイは周りの目を気にして、あさひから若干距離を取る。
正直、他人のフリをしたい。
したいのだが……残念ながらそうもいかない。
ここが『神科大』ならそれで良かったのだが、残念ながら他所の大学。
天下の"鳳学園大学"で、これ以上の狼藉は見過ごすことは出来なかった。
「あさひ。人が見てる」
「おっ。今のセリフ良いね。親友感出てる」
「生まれの不幸を呪えば良いのか?」
カイの反応に、あさひはぱぁっと目を輝かせた。
まるでさんぽに行く前の子犬みたいな顔をするあさひから顔を背け、溜息を吐く。
こいつとなぎさの教育と薫陶による成果が出ていて、ちょっと自分が汚れてしまったような気がした。
ライセンスカードがなくとも、イクス・ユニットに搭乗すること自体は叶う。
部活動や監視員の見守る前など、幾つかの制約はあるが。
けれど、正式な所有の場合や特殊武装の使用、そして公式戦の参加には、ライセンスカードは必須となる。
そして当然、それがなければPDを名乗ることも許されない。
ライセンス取得には幾つかの条件が設定されている。
一番近いのは運転免許だろう。
実技・学科のテストがあり両方合格してライセンスの認可が下りる。
そこは一緒。
けれど、一般的な運転免許とは異なり、試験を受けるための条件が幾つか存在する。
事実、三人目のパイロット二十六木流はその条件の一つ『機体の実働時間』が足りず、今回試験を受けられなかった。
カイは家柄的に特別だが、それでも四月中に免許を取得しているあさひもまた十分おかしいと言えるだろう。
「確かにさ、大分ゲームの方も頑張ってるだろうとは思ったよ。思ってたけどさ……上位ランカーってお前……」
呆れ顔でカイは呟く。
あさひの掲げるライセンスカードには、赤の模様に飾られた煌びやかな文字で『緋衣朔夜』と描かれている。
このデザインは通常のPDライセンスとは異なり、RAEオンラインランカーにのみ与えられた特別仕様であった。
正直、聞いた時は半信半疑……いや、八割がた嘘だろうと思った。
上位ランカーというのは、ゲームでの百位以内のランカーの総称。
世界中で人気のRAEオンラインで、百位に入るというのはもはやプロそのものの実績だ。
とはいえ、冷静になったら納得出来る。
というか、そうでもない限り、あさひのトンチキ機動に説明が付かない。
シミュレーターとはいえ世界上位陣を相手に近接軽量パイルバンカーで戦い続けて、それでランキング三十位。
そりゃ戦い方がトンチキにもなるに決まっている。
「そんな凄い? 私カイに勝ったことないのに」
「プロ野球の選手が草野球のサッカーで戦うようなものだからな。逆にRAEオンラインの土俵だと俺は歯牙にもかからないだろうな」
「ふぅん。ま、どうでも良いけど」
「どうでも良いって……海外プロチームから直接スカウトされるレベルだぞ? 実際それでライセンス取得条件も大幅にカットされたんだし」
そう、あさひのライセンス取得が前倒しになったのは、『緋衣朔夜』であるということが非常に大きかった。
幼い頃からトレーニングセンターに通って実働時間も確保し、シミュレーターでは三十位ランカー。
それは、面接含む事前条件をすべてカットされた。
そのくらい、上位ランカーの名は重い。
今になって、カイはようやく得心がいった。
あのなぎさがどうして自身である"神楽坂なぎさ"でも、竜胆の一門である"竜胆戒"でもなく、"天羽あさひ"をアーク再興の中心人物に選んだのか。
『アークの創始者赤羽に憧れたRAEオンラインランカー』
確かに、彼女以上に適任はいなかった。
「でも、私にとってゲームはただの練習だから。いや、ロボゲーとしては楽しくはあったんだけどね」
「もったいないと思うが、まあ、何も言うまい。お前の拘りは良くわかっている」
「さすが相方」
「だが、一つだけ言っておく。お前はライズのために、その才能を……RAEオンラインの才能を犠牲にしている。悪いことじゃあない。だが、それだけは忘れるな」
少しだけ、真剣な様子だった。
カイの言葉の意図が、あさひにはわからない。
けれど、カイが真剣だったから、しっかりと自分で考え、頷いた。
「ん。わかった。忘れない」
「ああ」
「んでそれはそれとして、そっちも上級Dライセンスおめでとさん」
「ああ。落ちなくて良かったよ。これで落としたら顧問になんて言われたことか……」
赤羽の意図はわからないが、赤羽はあさひのライセンスのついでに、カイにも上級ライセンス取得を命令してきた。
上級ライセンスで出来ることは確かにある。
大会の中には上級ライセンス必須の物や、上級ライセンスがないと使えない武装や機体などもある。
けれど、どう考えても今必要なものじゃない。
正直優先度は非常に低かった。
特殊兵装どころか通常兵装さえままならない状態で一体どんな装備を使えというのか。
大会だってそうだ。
カイ一人が上級ライセンスを持ったところで、参加できる大会はほとんど増えない。
だから、はっきり言ってしまえば無意味である。
それならメンテや改修などに関わる技師系の資格でも取った方が部の役に立つだろうに。
「ま、理由は後でわかるだろ。あの顧問が無駄なことをするとは思えないからな」
「ん? 何の話?」
「いや。はやいうちにC級の勉強もしておいた方が良いなって話だ」
「あ、私教えられるよ。五年分の模試全部暗記してるし」
「お前……本当に頭良いよな」
「えへん」
「外見的にも内面的にも詐欺だろ。まるで児童系アニメの小学生天才キャラみたいだな」
「誰がコ〇ン君だよ髪の毛むしってやろうか」
「遠慮しておく」
そう言った後、カイは念のため帽子を深く被り直し、あさひから少し距離を取った。
「それで、あさひ。これからどうするんだ?」
「ん? どうするって? 合格お祝い打ち上げ?」
「いらんだろそんなもん」
「えぇー!」
「せめて戻ってアークの皆とやれ。そうじゃなくて、ここにイクス・ユニットの部活があるけど寄らないのかって話だ」
「ああ。挑戦状叩きつけ的な? 良いねやろう!」
「ちげぇよ! ただの挨拶だよ! というか大学の規模で考えてもこっちが格上だろうに!」
「だから良いんじゃん。目指せジャイアントキリング!」
ぐっと拳を握り、高らかにあさひは宣言する。
そのジャイアントキリングを受けた身として、カイはなんとも微妙な心境となった。
「……せめて問題は起こすなよ」
「うぃ。ああ、でも大丈夫。今回寄る予定はないから」
「……そうなのか?」
なんだと拍子抜けした後、カイはあさひを心配そうに見つめた。
問題行動を起こすのは勘弁だが、大人しいとそれはそれで心配になる。
特に、彼女の場合は様態が急変する可能性が、普通の人よりずっと高いのだから。
そんな心配する目に気づき、あさひは慌てて手を横に振った。
「あ、そうじゃなくってさ! 別でちょいと寄りたいところがあるっていうかそんな感じなだけだから!」
カイは少し不審気味な目を向けた後、同意のため小さく頷いた。
まあ、行きたいかと言われたら別にそういうわけでもないだろう。
むしろ正直言えば、あまり関わり合いになりたくない。
ただ、心配なのは確かだった。
だって、目の前で平手ばしーん! だったのだから。
そう――あさひが行こうと思ったのは、イクス・ユニットの部活ではなく、ゲームの方。
彼女、皇真琴が作ったと言っていた『鳳学園RAEオンライン部』の方を覗こうと思っていた。
それともう一つ……。
これは単なる予感に過ぎないが、真琴の態度を考えたらそう間違っていないはずだ。
鳳学園大学のイクス・ユニット部には、"皇蒼月"がいる。
だから、正直あさひはあまり行きたくなかった。
気にならないと言えば嘘になるが、あれに遭うのは御免である。
キャンパスを歩き、研究用の植物園を超え、自然豊かな奥の奥。
その目的の場所にたどり着き、カイはげんなりとした表情を浮かべた。
あさひも少しばかり予想外で、ちょっとあっけにとられていた。
「これはまた……」
「なあ。帰って良いか?」
「す、少しだから! すぐ帰るから!」
そう言ってあさひは強引に引き留める。
とはいえ、その反応も無理はない。
目の前の建物は、大学のキャンパスに建っているとは思えないほど、おハイソな佇まいとなっていた。
まるで中世ヨーロッパの城。
あるいは、あさひが高校時代を過ごしたお嬢様学園のミニチュア版。
要するに――大学構内に外国が生えてきたようなものである。
風景から浮いていないはずがなかった。
堅苦しい学園時代を思い出し、ちょっと嫌な気持ちのまま、あさひは扉をノックした。
「はーい。どちら様でしょうかー?」
間延びした声と共に扉が開かれた瞬間、あさひはにっこりと作り笑いを浮かべ、「ごきげんよう」と頭を下げた。
あさひは、無意識に学園の頃のお嬢様モードとなっていた。
応対した女性は沈黙したまま、ぱちくりと何度も瞬きをする。
完全に、面食らった様子だった。
その対応を見て、あさひは自分のやらかしに気づき"やべっ"と顔を顰めた。
「ご、ごきげんよう……?」
相手女性は半笑いのまま、困った表情を浮かべるなんて稀有な体験をしていた。
「申し訳ありませんが、皇真琴様に繋いでいただけるかしら?」
もう今更だなと開き直って、あさひはお嬢様モードのまま押し切ることにした。
「き、きもちわるっ」
後ろからカイの小さな呟きが聞こえた。
(うるせぇ自分でもわかってらー)
あさひはくるっと振り向き、お嬢様笑みにてカイに圧をかけておいた。
困惑したまま奥に戻った彼女と入れ替わりに現れた真琴は目を丸くし、あさひを凝視した。
「緋衣朔夜様!? どうしてこのような場所に!?」
「ごきげんよう真琴様。どうぞ"あさひ"とお呼び下さいませ」
「そのような無礼出来ませんわ! それより、どのようなご用でしょうか? ご指南いただけるのなら五体投地に咽び泣き一言一句記録させていただきますが……」
前回とあまりにも違う対応にあさひは面食らいながらも、《《なるはや》》で立ち去るため要件を口にした。
お嬢様モードを解くタイミングを見失ったまま。
「いえ、少しこちらに来る用事がありましたので、顔を出しに。それと、真琴様のことが心配でして……」
「なんと! 緋衣朔夜様がわたくしなどを心配してくださるとは……。ですが、どのような心配を?」
「兄上様から、その……思いっきり頬を……」
すん……と、真琴の表情が曇った。
「いえ。あれは私の落ち度ですわ。ゲームセンターの方に迷惑をかけ、緋衣朔夜様の恋仲の方にも迷惑をかけて」
「ふ、ふぇっ!? い、いえ! そのような関係ではございません! あの方とは友人ですわ!」
「あらそうなんですの? なら、私の友人にもチャンスはあるでしょうか? あの時は迷惑をおかけしましたが、うちの部員の一人が割と本気でお熱でして……」
「ああ……。その……とても言いづらいのですが、おそらく無理かと。どうも彼は女性にトラウマがありまして……。私は女らしくないので大丈夫なのですが……」
「緋衣朔夜様が、女らしくない?」
真琴は、何の冗談なのかと首を傾げた。
「あのさ……あさひ。マジでそろそろ素で話してくれないか? ちょっと限界なんだが……」
カイの静かな声が響く。
その中には、本当に恐怖に満ちていた。
「しょうがないなぁ。んで、貴女のことを私はなんて呼べば良いかな? こっちはあさひで良いよ」
さっきまでと違い本当のニコニコ顔に、真琴は少し面食らっていた。
その後お互い自己紹介して、あさひは部室を後にする。
あまり長居すると、真琴が部活メンバーを洗脳し『緋衣教』なる新興宗教を生み出しかねなかった。
その前に、一つだけ真琴に確認はしておいた。
予想通り、真琴の兄、蒼月はイクス・ユニット部に所属していた。




