緋衣朔夜
当然の如く、展開は一方的なだった。
祐希の操る『Gun Box』は十八メートルの巨体に無数の武器を詰めた"歩く火薬庫"である。
様々な武器種を用途で変更しつつ、時には身体の部位を"リジェクト"し、身を軽くする。
そう――その巨体の大半は武器とそれをしまうケースで構成されているため、リジェクトすればするほど身体は小さくなり、最終的に残るのは五メートル軽量級のみ。
ただ銃器を無数に積んだだけのおもちゃ箱。
そんなガンマニアの祐希らしい機体だった。
両手バスーカ、狙撃ライフル、マシンガン、ガトリング、三連キャノン。
代わる代わる武器を切り替え、適正距離を保ち、火力勝負に持ち込んでくる。
相手が銃器メインの機体であると判明した瞬間、真琴は立ち回りをすぐ変えた。
接近戦に――ではない。
むしろその逆。
真琴は、遠距離特化機体に敢えての銃撃戦で挑戦した。
その結果――。
ボロボロとなった機体が映り、祐希の画面中央に『LOSE』の文字が踊る。
「ま、ランク外にしては良くやったと思いますわ」
取り巻きはその結果に頷きながら、次々にそんなことを口にしだす。
あさひは当然無視した。
「……あはは。やっぱり負けちゃった」
「ナイスファイト! さて、それじゃ祐希。席、変わってくれる?」
「……えっ?」
「え? リベンジしたいなら譲るけど……」
「いや、そうじゃなくて、あさひさん。やるの? あっちのスカウトに乗る気ないのに」
「うん」
「ど、どうして?」
「あー。えっとね……まあ……なんというか……」
うまく、言葉が出ない。
取り巻き共が祐希の顔色も見ずに追い詰めたこととか、上から目線でスカウトに来たこととか、女はこっちに来いと決めつけられたこととか、色々ある。
それを一言にするなら……。
「舐められたから、ボコしたくなった」
「えぇ……」
祐希にとって、天羽あさひは心からの友達である。
それは間違いない。
だが、それはそれとして、その蛮族っぷりはドン引きでしかない。
舐められたからランカーへ挑む。
その思考回路は、祐希には到底理解できるものではなかった。
そうしてシートを交代し、カードを通してそのまま同じ相手に挑戦する。
シート式のこっちと違い、真琴はコックピット式にいるため連絡できないから断られないか不安だったが、それは大丈夫だったらしい。
まあ、通信を入れたら良いだけの話なのだが、ムカつく声をあまり聞きたくなかった。
「これが、あさひさんの機体?」
祐希の言葉にあさひは頷く。
深紅の軽量近接機『レッド・ライオット』。
それがゲーム上でのあさひの愛機だった。
「……ライオットが赤いからレッド・ライオットって……そのまま過ぎない?」
「えー。デフォルトネームな上にデザインも一切変えていない祐希には言われたくないなー」
「これでも相当いじったんだよ? 武器だけ」
「ミリオタめー」
そう言って、二人は笑いあう。
戦闘が始まる前の時間だというのに、あさひに緊張の色は全く見えない。
それが祐希には頼もしくて羨ましくて……。
けれどやっぱり、“かっこいいな”と憧れた。
コックピット内にて、真琴は対戦相手の意図を考えていた。
何故、勝負を挑んでくる?
理由がわからない。
スカウトに失敗したということは、ゲームをする気がないということではないのか?
わからないが、真琴は基本的に自信過剰気味であり、なおかつ短絡的であった。
「わたくしの実力を見せたら感銘を覚え、天羽様も私にひれ伏し意図を変えるかもしれませんね。なら……」
舌なめずりをした後、相手の機体を見た。
ライオットという一世代前の軽量機体をベースに相当カスタムされている。
見るだけで、良い機体だと理解できた。
ゲームとしての知識、センスがないとそんな調整はできない。
けれど、それだけ。
あまりにも――浅い。
「やはり、貴女はこちらに来るべきです……」
そう……どうせ趣味の範疇として、好きな機体をただカスタムしただけなのだろう。
それでは駄目だ。
才能が、もったいない。
実力があるのなら、勝てる機体に乗るべきだ。
現在、ランキング上位千位以内で軽量機体の数は一割にも届かない。
何故かと言えば、単純に脆いからだ。
中量どころか重量級でさえ機動力の高い機体がある中で、その脆さは致命的となる。
もちろん軽量ならではのメリットだってあるし、軽量機体を愛する偉大なランカーもいる。
けれど、最新世代の機体は中量級がメインとなっているのは紛れもない事実である。
自分の『Das Rheingold(ラインの黄金)』の元機体『メビウス』のように。
真琴は自分の実力を敢えて見せつけるため、先ほどと同じように相手の得意武装に自分を合わせる。
ライオットであるのなら、十中八九近接だろう。
そう考え、ゆっくりと相手へ歩み寄る。
相手も意図を察したのか、静かにこちらへ歩いてきた。
その様子は、さながら荒野の決闘。
やがて互いの距離が五メートルを切ったところで、二人は同時に足を止める。
あさひの機体が、そっとその右手を前に出した。
握手でもしようというのか?
それにしては距離があるが……。
そう思っていると、右手はまっすぐこっちに向き、指でちょいっちょいっと手招き。
誰が見てもわかる、露骨な挑発だった。
「へぇ。面白いですわね」
真琴は獰猛な獣みたいな笑みを浮かべ、ナイフを取り出し構える。
ナイフは静かに輝き、光をその刃に纏わせた。
そのまま、一気に鋭く突き放つ。
ライオットはサイドステップで躱すも、すぐに追従し斬撃にシフト。
小回りと隙のなさはナイフならではだった。
相手の動きに合わせ、突き、切り払い、薙ぎ払いと多彩な動きをかける。
当然、ナイフだけでなく拳や蹴りも織り交ぜ、フェイントも組み合わせる。
それはまごうことなき、軍式のナイフ術だった。
真琴は確かに傲慢である。
けれど、努力を欠かしたことはないという自負も持ち合わせていた。
そしてだからこそ、それは違和感だった。
攻撃した回数は、二十を超える。
なのに、未だ一度も対象を捉えていなかった。
「当たらない? 避け続けるなんてことできるわけが。でも……偶然ってことは……」
そう、不可能。
フェイント多用のナイフ術を躱す術は存在しない。
凌ぐとしても、反撃しこちらの攻撃を潰すか、逃げるの二択のみ。
それしか対処の方法はないはずなのに……。
「どうして……当たらないんですの!?」
何度も何度も、攻撃を重ねていく。
ナイフだけでなく拳や蹴りも織り交ぜ、それでも当たらない。
まるで目の前にいないかのよう。
幽霊を相手にしているようで、不気味にさえ感じた。
そんな中、ライオットは両手を広げやれやれという態度を取った後、小さく溜息を吐き、人差し指をちっちっと振る。
その後、ライオットは今までのような回避ではなく、まっすぐこっちに接近してきた。
それは、濃厚な攻撃の気配。
真琴は置くような感覚で、ナイフをカウンター気味に放つ。
まっすぐ振り抜かれるナイフは、するりと通り抜けるよう、ライオットの側面を通過した。
幻影と実体が入れ替わるような錯覚に、ゾワリとした恐怖を覚える。
けれどすぐ、真琴は意識を戦闘に集中させる。
振り抜いた左腕を戻す暇はない。
ならば……と、右腕でパンチを放とうとするも、その前にドンと衝撃を受け、右腕がぴたりと止まる。
パンチを潰されたと気づいたのは、右肩に相手の拳が当たった後だった。
硬直しきった真琴の機体に、ライオットのラッシュが襲い掛かる。
無数の拳が当たり、デフレクターが緩やかに減少する中、真琴は、絶句していた。
「なん……で? え? どうして……こんな……素人みたいな……」
そう――素人。
ボクシングでも空手でもない。
相手が放っているのは、素人同然の、何の技術もない単なるパンチだ。
だからこそ、恐ろしかった。
真琴はRAEオンラインを極めるため、あらゆる格闘技に触れ、知識を蓄え基礎を学び、この世界に応用している。
そんな自分が、格闘の素人にすべての攻撃を見切られ、一方的に打ちのめされている。
恐ろしいのは、結果そのものではない。
なぜそうなるのか、その理屈がまったく見えないこと――それが、何より恐ろしかった。
さっきの回避もそうだ。
理屈も道理も合わない。
負ける理由がわからない。
だからこそ、恐ろしい。
まるで、相手とこちらの技量に隔絶された差があると言われているようで――。
こちらのパンチを大きく屈むように回避した後、ライオットは、アッパー気味にえぐるようなストレートパンチを放ってきた。
地面から突き刺さるように、下から上への斜めのパンチ。
そのパンチが直撃した瞬間――ライオットの腕に内蔵されたパイルバンカーが発動する。
剛腕は直撃し、鋭い一撃を持って機体は完全に粉砕された。
これだけは、このフィニッシュブローだけは理屈が理解できた。
さっきまでのパンチでデフレクターと装甲を調整し、パイルの一撃ラインに合わせた。
こっちの機体のベースが何かもわからず、どのようなカスタムをしたのか知らないはずなのに、相手は完璧にこっちの耐久ラインを見極めていた。
そうとしか、思えない動きだった。
画面に見える『LOSE』の文字を、ただ呆然と見つめる。
画面に勝者のパイロットネームが表示された。
最初見逃していた、その名前に何気なく目を向ける。
その『緋衣朔夜』という名前を見て、真琴は目を大きく見開いた。
「か、勝っちゃった。ランカー相手に……」
祐希は信じられないというような目を向ける。
けれどあさひは納得していないようで、ぐぬぬ……とどこか不満足そうな顔を見せていた。
「勝ったって言えないよこれ」
「え? その、一方的なようにしか見えなかったけど……」
「そりゃ、相手が立ち回りとか全部捨てたからね。相手のベース機体は『メビウス』。さっきの祐希との闘いでわかる通り、遠距離が相手の本領。わざわざ得意を捨てて立ち回られても……」
つまるところ、舐めプである。
そんなので勝ったなんて思えるわけがない。
「ちょっと私リベンジ申し込んで来る」
そう言って立ち上がった瞬間、その相手である真琴が傍まで来ていた。
何故か、妙に息を切らせて。
そのまま、掴みかかるような勢いであさひに駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっと貴女! 『緋衣朔夜』ってどういうことですの!?」
「え? どういうことって……何が? いや、何の話?」
おろおろとしながら、あさひは祐希に助けの目を向ける。
祐希もその真琴の変化に困惑することしかできなかった。
「そう言えば、PDネームそうなってたね。やっぱりあの人の影響?」
「当然!」
紅朱雀に憧れたから、どうにか寄せたくて考えた名前が緋衣朔夜。
深い意味も何もない、それだけの名前である。
だからどうして真琴がそんな名前を気にしているのかわからなかったのだが……。
「何の話も何も……緋衣朔夜って……」
取り巻きの一人が、そっと雑誌を取り出し、真琴に渡す。
真琴はその雑誌を開き、ページを向けて二人に見せてきた。
お嬢様らしい外見や仕草とは裏腹に、庶民的な付箋がべたべたで書き込みも多く、使い込まれたボロボロの雑誌。
そのページはRAEオンラインのランカーを特集したもので、一ページまるまる三十位ランカーの『緋衣朔夜』について書かれていた。
「これ……この謎のランカーって貴女なんですの!?」
真琴は叫ぶ。
隣で、祐希は目を丸くしていた。
あさひはふむふむと記事を読み込む。
「……えと、去年秋くらいかな? 確かにこの子使ってたけど……謎のランカーって何?」
「何って……。メディアに一切正体を露見させず、プロスカウトも一切無視しているから謎って……」
「ほえー。ミステリアス・スカーレットか。なんか良いね。赤なのが良い」
うんうんとあさひは頷く。
色々と沢山赤にちなんだ異名やら忌み名やら付いていて、ちょっと気分が良くなっていた。
「そ、それで、どうしてプロスカウトを断ったんですの!?」
「そもそも来てないよ」
「えっ」
「というか、どこから来るの? そのメディアからの連絡とかプロスカウトとか」
「どこからって……RAEオンラインの登録情報で……」
「私、その辺り全く登録してないし」
「その、運営からの連絡は……」
「一切見てません」
「えぇ……」
真琴はただただ絶句していた。
相手が世界ランキング五十圏内であった化物なこともそうだが、その事実に本人に興味がないこと。
それそのものが衝撃だった。
中量射撃機体が主流の中、時代に逆行した軽量近接機体で戦うスカーレット・デビル。
軽量機の憧れの星とまで呼ばれ、そのスタイルを多くの軽量プレイヤーが模倣しているということさえ、彼女は知らなかったらしい。
だが、他の誰でもなく真琴は彼女こそが本人であると確信しちえる。
ありとあらゆる努力をしたというのに、相手の力量さえ読めなかった。
その理屈は、相手が上位ランカーでもない限り成立しないからだ。
ぶるりと、身体が震えた。
それはまごうことなき幸運。
彼女を味方に引き込めたら、自分たちの勢力は一気に拡大するだろう。
そう、女性が自由に戦う場を作れる。
ロボットバトルが男の専売特許でないと認めさせられる。
だからなんとしても彼女を――。
「そんなことより、もう一戦しよ? 今度は全力で戦ってよ」
そう、彼女に言われた時、真琴の中に恐怖が宿った。
勝てるわけがない。
戦ってボコボコにされることが既にわかっている。
けれど、彼女を味方にするため媚びを売らないといけない。
だから真琴は恐怖を殺し、微笑みながらうなずいた。
「ええ、喜んで」
そうして振り返り、真琴がコックピットへ戻ろうとした、その時だった。
そこに、一人の男が立っていた。
ただそれだけなのに、その姿を認めた瞬間、真琴の顔から血の気が引く。
そして次の瞬間――。
パァン!
乾いた音が響き、男の平手が真琴の頬を打ち抜いた。
真琴はよろめきながら頬を押さえる。
その場の空気が、一瞬で凍り付いた。
だが男は、そんな周囲など意に介さず、淡々と口を開く。
「悪いが再戦はなしだ」
そう言ってから、男は真琴の髪を掴んで無理やりあさひたちの方に向ける。
「大まかな事情は把握している。この馬鹿が二人には多大な迷惑をかけた」
男はそう言ってから真琴の髪を掴みあげ、無理やり頭を押さえつけ謝罪させた。
恐ろしいくらいに、場は静まり返っていた。
取り巻きたちは怯え切り、真琴もガクガクと震えて。
その中でも男だけが淡々としているから、逆に不気味だった。
「ああ、失礼。皇蒼月、この愚妹の兄にあたる。……気が済まないなら、こいつを数発殴ってくれても構わん」
「そんなことしない。そんなことより、家族だからって手を挙げるのはどうなの?」
あさひはそう言って、蒼月をジロリと睨んだ。
「そう言ってもらえるなら助かる。そっちは、大丈夫だったか? 強引なナンパを受けたようだが」
祐希はぶんぶんと首を縦に振った。
「そうか。ならばもう良いな。あとはここの店主に謝罪をするだけだ。では、すまない。もし何か後であれば大学経由で俺の方に連絡してくれ。……早く来い。下らぬことでこれ以上俺の時間を使わせるな」
そう言って、蒼月は真琴の腕を掴みゲーセンの奥に消えていった。
いつの間にか、取り巻きも霧散している。
取り残された二人は、なんとも言えない表情を浮かべていた。
すっきりしないというか、微妙に不快というか……。
そんななんともやるせない気持ちのまま、二人は帰路に就いた。




