二十六木と書いて
神科大の中を、妙に目立つ男が歩いていた。
精悍な顔つきで、逞しく、それでいて雄々しい。
周囲の学生たちより頭一つ、いや二つは背が高く、どこにいてもすぐ見つけられる。
祭り会場なら、待ち合わせ場所に困ることはないだろう。
異様なまでに筋肉質な体躯、その肩幅はもはや常人の倍近い。
ボディビルダーのように鍛え上げた筋肉ではない。
必要に迫られ、積み重ねられた末に形作られたような、そんな実戦的な肉体だった。
だからだろう、理系特化である科学技術大学の中でその巨体は、異物レベルで浮いていた。
けれど、それは決して奇異の目ではない。
むしろ彼の場合は、その逆だった。
「あの……今日飲み会があるんですけどぉ……その……」
女性たちは彼の前に立ち、もじもじと頬を染めている。
飲み会への誘いなどと嘯いては言るものの、どう見ても合コンのお誘いである。
少なくとも、彼女たちの態度は獲物を狙う狼そのもの。
本当に異性と話すのが苦手なら、あれほど威圧感のある巨漢に自分から声など掛けられない。
確かに男はこれ以上なく目立つだろう。
けれど、別段イケメンというわけではない。
整っている顔立ちで清潔感はある。
だがそれだけだ。
男らしいというより、逞し過ぎるという類であり、世のイケメン像からは非常に乖離している。
それでも、見ての通り彼は女に良くモテた。
その性格と人当たりの良さ、そして頼もしさに。
男は、内心はともかく外面では残念そうな笑みを見せた。
「悪いけど俺、酒飲めないんだ。それに、今日は忙しいし」
「あ、そ……そうなんですね」
しょんぼりとしながら女性は呟く。
「うん。誘ってくれて嬉しかったよ。ありがとね」
そう言って、男は手を振り彼女たちの横を通り過ぎていく。
申し訳なさそうに、それでも人当たりよく笑って。
けれど、その目だけは笑っていなかった。
女性を嫌っているわけではなければ、冷たい人間というわけでもない。
ただ、心の傷がまだ癒えていないだけ。
恋愛をするような余裕、今の彼にはなかった。
夢を失い、目標を見失い、惰性のように生きている。
だから――好意を向けられることは嬉しいが、興味が持てない。
ずっと心にぽっかりと穴が開いているかのようだった。
誰が悪いわけでもない。
ただ、時代が悪かった。
それでも、挑戦さえ出来ずに夢が破れたというその事実が、彼の心にじくじくと疼くような傷を与えていた。
「あ、いたいた! おーい!」
また呼び止められ、男は内心うんざりしながら声の方に向く。
そこにいたのは随分と小さい女の子と、妙に影のある男。
女の子は笑顔で大きく手を振って、男の方は少し困惑した表情でこちらを見ている。
男女の組み合わせは珍しいなと思いながらも、男はいつものように愛想笑いを浮かべた。
「俺に何か用かな?」
女の子は大きく頷く。
「忍者って本当!?」
想定外過ぎる質問に、男はきょとんと間の抜けた表情になり、固まった。
その質問は、本当に久しぶりだった。
おそらく、それをされたのは入学当初、つまり去年以来。
まだ夢に挑戦出来ていた頃、尊敬する先輩に聞かれ答えた時以来だった。
「すまん。変なことを聞いて……」
申し訳なさそうな顔で女の子の相方はそう答える。
男は笑みを戻し、手を横に振り否定する。
「いや、構わないよ。本当のことだしな」
「凄い! 本当に忍者なんだ!」
「もちろん! 個人でも団体でも観光は受け付けてるよ? 手配しようか? それとも学術的な研究の方かい?」
男の言葉に、女の子はぽかんとした不思議そうな顔をして、隣の相方は呆れ顔で溜息を吐いていた。
男が忍者というのは、ガチだった。
なんの冗談でもなく本当に忍者の一族であり、そしてそれは今も続いている。
すべて本当の話。
男の家は忍者発祥の地として観光地となり、お土産屋が並び、忍者体験が出来る。
そんな実在の忍者。
だからこそ、それを説明した時、あさひはがっかりしていた。
そう――あさひは、架空の忍者の方を期待していた。
「さ、参考までにさ、どんなの期待してたか教えてくれない? 某教育アニメの勇気が百パーセントの奴なら色々救いがあるんだけど……」
男は申し訳なさそうに尋ねた。
実のことを言えば、アニメの忍者を期待され、現実との違いにがっかりされるなんて経験は彼にとって珍しいことではなかった。
とはいえ、大学生の女子にやられたのは流石に初めてだが。
男の言葉に、あさひは小さな声で囁いた。
「げるまん……忍者……」
「すまん。それが何かわからないが、うちにないことはわかった」
最悪でも螺旋の球だったり赤い仮面だったりを想像していた男は、斜め下の回答に何も言えなかった。
「逆にどういうのがあるんだ?」
カイの言葉に男は少し考え込むような仕草を見せた。
「そうだな……。手裏剣やまきびしの修行とか出来るし、忍者屋敷は当時の物を再現してるぞ。あとうちの里で面白いのは……人にもよるが歴史だな」
「歴史?」
「そう。どの大名に仕えて何をしたとか、どこの誰に裏切られたとか裏切ったとか、そういう戦記的な記録が他所と比べてうちは多い感じだ」
「ほう。なかなかに興味深いな」
そう呟くカイは、いつもより少しだけ目が輝いていた。
「機会があれば是非来てくれ。……で、二人の用事ってのはそれだったりするのかい?」
「ああいや。そうじゃないんだが……」
カイはちらっとあさひの方を見る。
忍者ショックにまだ立ち直ってない様子だった。
「……微妙に使い物にならないな……。はぁ。まず、えっと、にじゅうろく……き? まあ、そういう難しい漢字の先輩であってますか?」
「おう。二十六木と書いてトドロキだ。流石に被ることはないと思うぜ?」
「ああ。二十六木先輩。さっそくだが、イクス・ユニットのパイロットに興味はないだろうか?」
「…………」
二十六木はしばらく、無言となった。
何も言わず、否定も肯定もせず、静かに彼は佇む。
その時間を、あさひとカイは静かに待ち続けた。
それが、とても大切な時間であるような気がして。
二十六木には夢があった。
もうどうしようもない、破れた夢が。
「……それ、俺が入らないと不味いか?」
「そう……だな。俺たちの事情だが、正直少しだけ不味い。人数不足で未だ正式な部として成立していないし、先輩が入ってもまだ人数不足だ」
「イクス・ユニットってのは、テレビで良くやってるロボットバトルだよな?」
「ああ。それだ。ゲームの方じゃなく、実際に乗る」
「ふむ……。まあ、そうだな。俺のように夢が潰える奴らを見るのは嫌だし、前向きに検討しても良い。ただし、一つだけ条件を付けさせてくれ」
「……聞けるかどうかは確約出来ないが、条件を教えて欲しい。なるべくの配慮はする」
「俺がパイロットになるなら、『悪役』でいきたい。出来るか?」
二十六木の言葉に、あさひとカイはお互いの顔を見合わせた。
潰えた二十六木の夢。
それは……。
「もしかして、プロレス?」
あさひの言葉に二十六木は大きく頷く。
「おう! プロレスやるのが俺の夢だったのさ。……ま、潰れたけどな」
「どうして?」
「単純に部員不足だよ。最近の若い奴にはプロレスって言葉さえ知らない奴も珍しくない。だからまあ、人数不足っていうあんたらが他人事に思えなくてな」
そう言って二十六木は豪快に笑った。
「その夢はもう良いの?」
あさひの言葉に二十六木は少し考える。
それは、答えは決まっているが何と言えば良いかという、そんな悩み方に見えた。
「そう……だな。良いか悪いかで言えば良くない。けど、俺はこの神科大でプロレスをやりたかった。それが駄目になったからって他の大学に行く気もない。あ、でもちょっと聞いて良いか?」
「ん? 何?」
「いや、掛け持ちとかは大丈夫そう? 他の部活に入っているわけじゃないんだが、プロレスジムとかでアマチュア参加してるんだ。ボランティアとかも含めて。もちろん、日程とかは出来るだけそっちを優先するつもりだが……」
「んー。私は別に良いと思うけど、カイはどう思う?」
カイもあさひ同様頷き肯定を示した。
「そうだな。ライセンス取得と大会当日。それを優先してくれるなら後は問題ないと思う」
「というわけで大丈夫そうですよ」
二人の言葉を聞いて、二十六木は安堵の笑みを浮かべた。
「そうかそうか! それならいいかな。んで、どうして俺がスカウトされたか聞いても良いかい?」
「私としては、忍者で面白そうだったからなんだけど……カイは何だっけ?」
メインはあさひだが、要所要所でカイが解説を付ける。
この会話の方針から、なんとなく二人の関係性と熱量の差が、二十六木には見えた気がした。
「それに関して一つ俺も相談したい。ヒール役がやりたいんだよな?」
「おう。子供が泣いて逃げるような、そんなヒールをやりたい。ああ、わざと負けるつもりはないぞ?」
「いや、そうじゃなくてな……任せたい役割がカバーリング、えと、仲間を庇う感じなんだけど……ヒール的にそれは大丈夫か?」
「ロボットバトルとかわからないが、具体的に何すりゃいいんだ?」
「今先輩に任せたいと思っている役割は、あさひのお守りに近い。体力がないので敵に狙われた時に割り込んだり、攻撃を代わりに受けたり。ゲームならタンクとか盾役とか、その辺り……です」
二十六木は顎に手を置き、神妙な表情になった。
それは、奇しくも彼の好みに近い立ち回りであった。
「庇うってよりも、役割的にはカットマンか。それと受けの併用で敵のヘイトを稼ぐ必要もあると。悪くないな。もちろん、俺が敵を横から奪い倒しても構わないんだろ?」
少しだけ、カイはその言葉に驚いた。
(役割の理解が異常に早いな。プロレスに関わるからか)
「もちろん構いません。あさひと連携出来る近接ファイターで、何かあったら庇う。そんな立ち回りです」
「まあ、出来るかはわからないが理解したと思うぞ」
「ただ、この立ち回りはヒールとしてあまり適さないと思うのですが、どうでしょうか? それと、俺たちもヒールをやった方が良いですか?」
「いいや。やった方が良いなんて温い考えの奴にヒールをやってほしくない」
ぴしゃりと、二十六木は言い切った。
少し面食らったカイと異なり、あさひの好感度ゲージはぐぐーんと上昇した。
「それに、ヒールにはヒールのやり方がある。問題ないさ」
そう言って、二十六木は親指を立てた。
「つまり、うちに来てくれるってことで良いんでしょうかね?」
わくわくした表情であさひは尋ねる。
二十六木は、満面の笑みを彼女に返した。
「遅くなったが、二十六木流だ。ナガレで良いぜ、お二人さん」
ナガレはそう言って爽やかな、作り笑いじゃない本当の笑みを浮かべ、親指で自分を指差した。




