悪魔の教室の後継者(後編)
勇気を振り絞り、あさひと友達になり、ほっと一息。
そこで莉央ははっと我に返り、自分の役割を思い出す。
莉央は、二人に伝言を伝えた。
「アークのお客様。二階にて主がお待ちです。どうぞお上がりください。……です」
たぶんそう言えと言われたのだろう。
言葉が、随分と棒読みだった。
頷き、あさひと祐希は莉央を連れ、二階に上がる。
割とごちゃごちゃしていた一階と異なり、二階は随分と物が少なかった。
生活感がないというわけではない。
ただ、物が少ないというだけ。
几帳面というか、ここまで行けば神経質を疑う。
どこか無機質で、人の癖が映らない寂しい階層。
一階は機械の部品や書類などメカニックらしい雰囲気があったのに……。
あさひは指定された部屋の前に立ち、ノックをする。
声は、即座に返ってきた。
「入りたまえ」
低い、男らしい声。
祐希のようなユニセックスさもない、男と確信出来るような、若い声だった。
扉を開いた先には、白衣を着た男がいた。
白衣とはいえ、医者には見えない。
そして科学者にも。
というか、白衣の下はジーパンにシャツというラフな格好で妙に浮いている。
若い見た目だが、自分たちのような、未成年と青年の境目を歩いている感覚はない。
どこか社会人らしい、そんな佇まいだった。
「別に面接ではない。好きな場所に座り、適当にくつろぎ給え」
男の言葉に従い、二人が座るのに合わせ、男も自分の椅子に座る。
男は足を組み、両手を顔の前に出し、こちらを見定めるかのようなポーズを取った。
「無用な会話はいらん。重要なのは一点。これさえわかれば俺は箱舟に助力を出してやろう。だがその前に……そっちの奴がカイという奴か?」
男は祐希を見つめ尋ねる。
祐希は慌てて首を横に振った。
「ううん。こっちは私の付き添い。せっかくだからデートしてるの」
「そうか。ならば資格を持つのは貴様だけだな。であるならば、貴様に問おう! 心して聞くが良い!」
「どんとこい」
ノータイムで返事をするあさひに男は少し驚き、そしてふっと軽い笑いを見せた。
「その意気やよし! 天羽あさひ! 貴様の浪漫を答えよ!」
「剛腕粉砕! 一撃必殺! 射撃戦などしゃらくさい! パイルバンカーぶっぱなしこそ浪漫の極致!」
立ち上がり、拳を握り熱弁するあさひ。
小さく頷いた後、男は鋭い目を向けた。
「それは、紅朱雀に憧れてか? 貴様の愛は単なる模倣に過ぎないのか?」
「はっ! 紅朱雀はパイルだけじゃないわ! 私は紅朱雀のパイルバンカーを見て、それが大好きになった。模倣じゃない! 夢をもらったのよ!」
男はしばらく沈黙した後、意味深な笑みを向け頷いた。
「これも時代か……。良かろう! この悪魔さえも恐れる我が頭脳を、貴様たちのために使ってやろうではないか! ふーはっはっはっは!」
高笑いを浮かべながら、男はホワイトボードに自分の名前を書き出した。
『狂磁郎』
「我が忌み名は狂磁郎! "悪魔の教室"、その正統後継者である!」
再びの高笑いの中、莉央がお茶を持って部屋に入ってくる。
莉央は二人の前にお茶を置いた後、ペンを持ちホワイトボードの前に立ってきゅっきゅーっと可愛らしく訂正を始めた。
狂の文字にバツを入れ、西島という文字を足して。
『西島恭司郎』
書き終わった後、ふぅと額の汗をぬぐう仕草をして、莉央はやりきったみたいな表情を浮かべる。
どうやら、それが彼の本名らしい。
莉央に書かれた自分の名を見て、西島は顔をしかめた後、ホワイトボードの文字を消しまっさらにした。
「……うおっほん! まあ、良いだろう! 浪漫を解する操縦士に協力するのは我が本望。そして世界支配という我が野望のための足掛かりとさせてもらおうか!」
「それで、西島さんは何ができる感じ?」
「ええい! キョウジと呼べ! そんな平々凡々な名は我が名に相応しくないわ!」
「んじゃ、キョウジさんは何ができるお人?」
「天才マッドサイエンティストだ」
「つまり?」
「だから、天才で、マッドサイエンティストができそうなことが俺には出来る」
あさひはキョウジではなく、莉央の方に顔を向けた。
「実際はどう?」
莉央はホワイトボードに書き記し始めた。
『本職はメカニックだけど、工場の規模的に武器開発・改良がメインになると思う。整備も一応はできるけど、うちの規模だと時間がかかると思う』
「なるほど。確かにアステロイド・ブルーの武装は困ってたし、コヨーテの武装もバリエーションは欲しかった。でも……」
ちらりと、あさひはキョウジを見る。
能力は、低くなさそう。
少なくともなぎさが選んだ相手なのだから、天才を自称できる程度の何かはあるはず。
個性は、素晴らしい。
少なくとも友達にはなれそう。
けど、そのためだけにわざわざ来させたとは思えない。
アークの現状を考えると、正直キョウジ一人の工場を誘致する優先度はあまり高くないはずだ。
つまり、まだ、何かある。
なぎさがわざわざあさひをここに来させた、何か重大な理由が……。
「ああそうだ、莉央。これを貴様にやる。着替えてこい」
莉央は西島からプレゼントらしき箱を渡され、目を丸くした後、頬を朱に染めた。
(あー。そういう関係性なのかぁ)
兄妹にしては外見も違うし、どういう関係なのかと思ったら、割と良い感じの関係らしい。
部屋を去る、《《とてとて》》とした小さな足音には、どこか喜びが混じっていた。
しばらくしてから、莉央が部屋に戻ってきた。
メイド服を身にまとって。
クラシカルなメイド服を着る彼女は、ぷるぷると震え、顔を真っ赤にしていた。
「うむ! まあ、悪くはないな」
「どの……辺りが悪くないの……?」
半泣きで恨みがましい目のまま、莉央は睨む。
それを気にもせず、キョウジは答えた。
「メイド服に決まっているだろう。これは良いメイド服だ。流石は我が友。良い仕事だ。貴様程度にもまあ、馬子にも衣裳程度にはなっているだろう。喜べ」
まさか自分が一切褒められなかったとは思わず、莉央はぺしぺしとキョウジを叩く。
けれどびっくりするほど弱い力で、気にも留めていなかった。
「さて、これで準備は整ったな。莉央、お前明日からアークに出向せよ。これは命令だ」
「……え?」
「へ?」
「は?」
西島を除く三人みんな、同じような顔になっていた。
「ん? なんだお前ら聞いてなかったのか? 我が頭脳と共に、こいつ――小森莉央をアークに入部させるって。その条件のため天羽あさひを招いたのだが……」
あさひはぽんと手を打った。
ようやく合点がいった。
部員確保のためなら、そりゃなぎさもこうして新幹線を用意するだろう。
莉央はぷるぷるとプリンみたいに震えながら、自分を指差す。
キョウジは大きく頷いた。
さらに、莉央は自分のメイド服を指差した。
キョウジは、更に大きく頷いた。
『なんで?』
強く強く、莉央の目はそう言っていた。
せめて、この恰好は避けたいと――。
目は口ほどに物を言うなんて言葉が、今なら強く理解出来た。
「どうしても何も……貴様は何も出来ぬであろう? つまり役割は雑用となる。そして雑用となれば、メイドさん。一部の隙もない、完璧な理論ではないか」
莉央は、両手で頭を抱え、この世に絶望したかのような表情でうずくまり出した。
それはそれは、見事な現実逃避であった。




