肩透かし効率論
初戦の時とは異なり、何か報告がなければ控室から出ることのはずであるカイが、再びこちらに姿を見せる。
そしておもむろに、こう告げた。
「操作感覚をAEP制限時と同じ状態に固定出来ないか?」
カイの言葉を聞いた後、あさひはぽかんと間抜け面を見せる。
そして今回ばかりは、赤羽もまたあさひと同じような顔となっていた。
「あー……とりあえず、事情を説明しろ」
「いや、これはちょっと予想外なんだがな……びっくりするほど操作しやすい」
「は?」
「通常時がな、早すぎるし繊細過ぎるんだよ。逆に、制限状態になった瞬間ストレスがするっと消えた。操作して楽しいって感じるくらいに。というか、制限状態で十分過ぎる。見ただろ?」
「ああ。まさかお前があさひみたいな馬鹿やるとは思わなかったよ」
「さすがに宙返りと一緒にはしないでくれ。俺は投げただけだ」
「大差ないだろうが。……はぁ。ま、もうしばらくAEPは続くだろうし、その間に出来るかどうかは調べてやる」
しょうがなさそうに赤羽は伝えた。
とはいえ、納得出来る理屈ではあった。
こいつの言い分はつまるところデチューンの有用性である。
性能を落とすことで操作性を高める。
確かに考えてみたら当然の発想だった。
その発想が自分で出せなかったことを恥ずかしくさえ感じるくらいに。
「――いや、このAEPは俺の次出場する試合までは続かない。長くてもあと三十分ってところだ」
カイの一言に、ぴくりと赤羽は反応する。
「――わかるのか?」
AEPというのは現象であり、前兆がない。
だから通常、始まりも終わりもわからないはずなのだが……。
「ああ。なんとなくだけどな。経験則みたいなものだが、あながち間違ってはいないと思うぞ」
「そういうものか」
「そういうものだ。別に俺だけの能力というわけじゃないぞ。これはある程度以上実機を操り続けてると、大体の奴が感じられるようになる」
正直言えば、眉唾であり錯覚だと赤羽は吐き捨てたい。
そんなこと現役時代だって聞いたことがない。
けれど、カイはあの名門竜胆の生まれであり、そしてオカルトを完全に否定する合理主義者でもある。
そのカイが言うのだから、信憑性は非常に高かった。
「そういうことなら、急ぎ調整しよう。だが、次試合はプログラムをいじりながらの戦闘になるが、大丈夫か?」
「ああ。頼む」
「はぁ……面倒だが、まあ良い。あさひ、オペ交代だ」
そう言って赤羽はあさひの席を奪い、高速でキーボードをたたき出した。
「……まさか、全部あんた一人でやるのか」
カイの言葉に赤羽は苦笑した。
「私以外の誰が出来ると思うんだ。急ごしらえの間に合わせで機体操作プログラム変更と制御なんて。しかもそんなマニアックな調整を。そんなの天才の私くらいしか出来ないっての」
「確かにそうか。わかった、仔細任せる。……あさひ、なんでお前そんな嬉しそうなんだ?」
にっこにこのあさひに怪訝な表情を向け、若干引きながらカイは尋ねる。
けれどあさひは答えようとせず、にまにましたまま首を横に動かすだけだった。
天才。
そう、赤羽が自分のことを再びそう言えるようになったことが嬉しかった。
かつての紅朱雀が戻ってきたようで。
けれどそれを指摘すると言わなくなりそうだから、うざい態度のまま口を噤んでいた。
オペレーターと並行して、その場で制御プログラムを作り直している赤羽。その隣で、あさひは椅子に座ってのほほんと観戦していた。
何もしなくて申し訳ない気持ちはあるものの、正直出来ることがない。
というか、モニターの情報量がとんでもないことになっており、画面を見ているだけで頭が痛くなる。
もはやほとんどサブリミナル。
一体どれだけ同時に情報を処理しているのだろうか。
そんな時、ふと背後から気配を感じて、あさひは静かに振り向く。
そこには、こっちに《《えっちらおっちら》》と重たそうな荷物を持って歩いてくる祐希の姿があった。
『影山祐希』。
彼はアークに関係してはないものの、あさひの友達であり、こうして良く差し入れを持ってきてくれていた。
あさひは祐希の傍に駆け寄った。
「やっほー祐希。いつもありがとね」
「こんにちは、あさひさん。ううん、気にしないで。僕が好きでしていることだから」
そう言って祐希はにこりと笑った後、床にずしりとしたクーラーバッグを置いた。
クーラーバッグに入っているのはスポーツドリンクとゼリー飲料。
それと脱水症状用の経口補水液。
それに加えて小さなアイスに塩分タブレット、一口羊羹とアスリートが好みそうな物を色々と。
祐希は相当に気が利く、マメな性格をしていた。
「ありがとう。でもなんか悪いなぁ」
「繰り返すけど、好きでしてることだから。と言っても、今日は持ち帰ることになりそうだけど……」
達臣となぎさがいないことに気づき、祐希は苦笑いを浮かべる。
あまり体力のない祐希にとっては、用意する手間いよりむしろここで大量に残ることの方が問題なくらいだった。
「ん」
赤羽はあさひに向かって、顎を軽く動かしそれだけを口にする。
あさひは祐希の持ってきたものを順に指差し、一口羊羹で赤羽が頷いたのを見てから、封を切り、羊羹をそのまま赤羽の口元に持って行った。
赤羽はお礼も言わず、もくもくもぐもぐとキーボードを打ち続ける。お礼をする余裕さえない様子だった。
「あはは……。あさひさんも遠慮しないでね」
「そうさせてもらいますよー」
そう言ってあさひも塩分タブレットを一つ口に入れ、ゆっくりと溶かす。
経口補水液が毎回あるのは、自分を心配してだということにあさひは気づいている。
けれど、それを口にするのは野暮な話だろう。
"心配しなくても大丈夫だよ"。
そう、言ってあげることも出来ない身体なのは、自分が一番わかっていた。
「あさひさん。今日は可愛い恰好だね。いや、いつも可愛い恰好だよ! けど今日は一段と魅力的というか……」
慌てて言葉を弁明する祐希にあさひはくすりと笑う。
「わかってるよ。ちょっと子供っぽすぎるかなと思ったけど大丈夫そう?」
「え? うん。似合ってるし、良いと思うよ?」
「そかそか。ありがとね祐希」
そう言ってから、微笑み、会話を切る。
あさひはあまり頓着しない性質である。
であるものの、それでもこれ以上容姿を褒められると、気恥ずかしさで頬が赤くなりそうだった。
今日の服装は、大きめのポンチョをふわりと上着代わりに羽織っている。
たぶんそれが女の子らしくて祐希は可愛いと言ったのだろう。
実際あさひもこのぶかぶかポンチョは可愛くて割かし気に入っている。
けれど、普段これを外に着ていくことはない。
何故ならば、小柄なあさひが大きめのポンチョを羽織れば、それはもうほとんど"てるてる坊主"だからだ。
ただでさえ幼いというのに、より幼さがブーストされ小学生に間違われかねない。
そう心配していたから、祐希の言葉はちょっとだけ、いや大分嬉しかった。
例え着ている理由が、体調不良でいつもより体温が上がらず、やむを得ずだったとしても。
褒められたお礼に祐希の服装を褒めようと思ったが、止めておいた。
恰好悪いというわけではない。
むしろ素敵な恰好だと思う。
ただ……友人ではあるものの、どこまでそのことに触れて良いのかあさひは未だにわからなかった。
祐希は外見、服装ともにユニセックス……つまるところ中性的な服装となっている。
女っぽいと言っても過言ではないだろう。
それはきっと、男性としては相当にコンプレックスのはずだ。
そう、今までは思っていたのだが、最近はむしろ逆なんじゃないかと考える。
つまり……男性だけど女性の恰好がしたいという性癖。
そういう指向があることは理解している。
そしてもし祐希がそうなら、是非とも応援したい。
心より応援したい。
むしろ着飾りたい。
着せ替え人形にして遊びたい。
自分よりも背があるから、きっと色々な服装が似合うだろう。
「……良いなぁ」
「ん? あさひさんどうしたの?」
つい漏らした言葉に気づき、祐希は首を傾げる。
あさひは慌てて手を振り誤魔化した。
「ううん。なんでもないよ!」
「そう? ところで、状況教えて貰える?」
「ん? ああ、ごめんね。これから本日最後の第四試合で、これまでの三試合は完勝。けど……」
そう言ってから、あさひはアステロイド・ブルーに視界を戻す。
苦戦……とまでは言わない。
おそらくこの試合も難なく勝利する。
ただ、今までと違い時間がかかっていた。
赤羽のプログラムは問題なく作動し、繊細過ぎる動作も安定し動きは今までより相当に良い。
アステロイド・ブルーは水を得た魚のように、機敏かつ活発にフィールドを駆け回っている。
だから、時間がかかっているのは相手の事情。
相手選手が、露骨なほどに距離を取り続けていた。
「ま、予想はしていた。むしろ遅かったくらいだな」
赤羽はモニターから視線を動かさず小さく呟いた。
「どういうことですか?」
祐希はそう尋ねた。
「勝ち過ぎたんだよ。……対策を取られだした」
新入の、それも部活未満の同好会相当だからARCはどこからも完全にノーマークだったはずだ。
だが勝利数が積み重なって用心されだし、そして先の一本背負いが完全にトドメとなった。
近づかれたら不味いと既に認知されている。
「完全に近接機と思われた感じで、だから近づかれなくて、そんで武装が汎用性死んでるからきつい立ち回りって感じ」
あさひはそう付け足した。
「なるほど……。それなら、明日の後半戦はもっときついことになりそうだね」
ここで勝利すれば、四試合全勝。
完全に強敵としてマークされる。
更に、一晩という時間があれば、アステロイド・ブルーの性能やカイのパターンも分析されるはずだ。
アステロイド・ブルーの強みの一つは情報の少なさ。
それがなくなるのだから、相当の苦戦が予想された
「せめてメカニックがいればなぁ」
赤羽はぼやくように呟き、後頭部を掻く。
流石の天才でも、今日明日で新しい武器を用意することは不可能だった。
「んじゃ、どうするんです先生? 気合と根性?」
「いや、もっと簡単な手段がある」
「さすが天才。それで、どんな手段です?」
「いや、普通に棄権するだけだけど?」
…………。
あさひの目が、宇宙猫みたいになった。
「は、はぁ!? なんで!? なんでどうしてホワーイ!?」
あさひは喉が張り裂けそうなほど叫んだ。
「うるせぇ。いや、どうしてもこうしても、期待値とリスク管理の結果だ。例え優勝してもアステロイド・ブルーが大破したら意味がない。現状でも賞金は出るからな。ここが無難な引き時だ」
「いや、そんな……そんなこと許されるわけが……」
わなわなとした様子で、あさひは信じられないというような目を向けていた。
「いや、こういうことは割と良くあるぞ。特に弱小校なら」
「で、でもそんな残酷なこと……。棄権しろなんてカイが知ったらきっと泣いて……」
『聞こえている。そして俺はそれで構わん』
パソコン越しに聞こえる音声に、あさひは目玉が飛び出そうなほど見開く。
あさひにとって二人の合理性は、とてもではないが信じられないものだった。
「まあ、安心しろ。お前にはそんな命令は出さん。お前に棄権の選択肢がないことは最初からわかっている」
しょうがない子供を見るような目で、赤羽は告げる。
それでも、二人の考え方があまりにも宇宙人過ぎてあさひは頭を抱え、とうとう天に祈りだした。




