【Anti-Ether Phenomenon】
「こいつは俺には使いこなせん」
カイは、そう断言する。
初戦を終えた後。
報告のため赤羽達の元に訪れたカイは、愛機であるアステロイド・ブルーをそう評価せざるを得なかった。
「ほう。どうしてそう思ったのか聞いても?」
にやけるのを我慢したような表情で、赤羽は尋ねた。
「あまりにも繊細過ぎる。操縦しているというか、一枚余分に皮を被っているような、そんな感覚にさえなってくるくらいだ」
「くくっ。そうかそうか。だが十分乗りこなしていたように見えるが?」
「こいつの限界はこの程度じゃない。俺じゃ生かせん。そして生かそうとも思えん。方向性が違い過ぎる」
眉をひそめ、しかめっ面でカイはそう伝えた。
「ごめん。まったく意味がわからないんだけど……どゆこと?」
あさひは手を挙げてそう伝えると、カイは少し考え込むような仕草を見せた。
「そうだな……。こいつの本領ってのは、その繊細さと機敏さにある。人間同然の動作を行える。それこそ、やろうと思えば指を使って針に糸を通すことも出来るだろうな」
「凄いね」
「ああ。本当に凄いと思う。けど、無駄だ。そんな細かい操作をライズ中に出来るほどの才能は俺にはない。というか、出来る奴はもう人間じゃないだろう。あと、先に言っておくが、あさひもあまり向いてないはずだ」
「何故にほわーい?」
「レバー操作で細かい指の動作は無理だろ。スフィア操作でだって操作しきれないのに」
「あー……」
「こいつが優秀な機体であることは認める。だが、俺には扱いきれん」
そう口にしたカイは、いつも以上のむっつり顔となっていた。
「ま、生真面目なお前ならそう言うだろうなとは思っていた。とはいえ、しばらくは消去法で頼むよ。最低でもこいつがライセンスを取るまではな」
そう言って赤羽はあさひの頭をぽんぽんと叩いた。
「ああ。とりあえず勝てるところまでは行ってみる。スペックのごり押しだが、まあそれなりには行けるだろう」
そう言ってカイは控室の方に戻っていった。
「……ふむ。まあ、そうなるか」
予想外ではあるが、想定の範疇。
赤羽にとってカイの感想はその程度のものだった。
アステロイド・ブルーのコンセプトは『宇宙環境適応スーツ』である。
完全に人と同じ動作・行動が行えるように設計されている。
ライズバトルに特化して作られた既存のユニットと比べたら、あまりにも機敏過ぎるだろう。
元来努力型であり、また機体に自分の方を合わせようとする癖のあるカイには、扱いきれない部分がどうしようもない違和感となったはずだ。
それでも、あさひよりは間違いなくマシである。
経験が浅く、機体を自分に合わせようとするあさひではカイのような違和感程度では済まない。
「結局、どゆことなの?」
あさひの質問に、赤羽は少し考え込むような仕草を見せた。
こいつが理解出来る、簡単な理屈は……。
「NT-1アレ〇クスに乗るク〇ス状態」
「なるほど納得した」
想像通りとはいえ、赤羽は小さく溜息を吐いた。
続く二戦目、スペック頼りとはいえ、カイはあっさりと勝利してみせた。
武装に関しては、正直きつい。
ABライフルの性能が悪いというわけではないのだが、連射性能の低い単発ライフルしか武装がないという状況は、流石に厳しいと言わざるを得ない。
けれど、それを覆い隠すほどアステロイド・ブルーの汎用性は高かった。
純粋な機動力は上位程度に過ぎないが、細かい動作はこの大会でアステロイド・ブルーに勝てる存在はいないだろう。
と言っても、たった一つでも強みがあれば、それで勝利に導くことが出来るだけの能力をカイが持っているからこその勝利という側面も、決して少なくはなかった。
そうして、順調に三戦目。
総当たり式で二日かけて八戦行うため、本日の残りはあと二試合。
その途中でそれは起きた。
最初は、たんなる揺らぎだった。
モニターに表示される各種ステータスがぴくんと揺れるような、そんな揺らぎ。
けれど、次の瞬間――出力が、ごそっと数値を減らした。
数秒で二割の減少を引き起こし、なお低下は止まらない。
いや、出力だけじゃない。
CPU速度から冷却機能まで、表示される多くのデータがみるみるうちに下がっていた。
最初に疑ったのは、測定計器の故障。
仮にもユニットは科学技術の集大成である。
アラートもない状態でここまで下がるなんてことありえない。
けれど、そうじゃない。
ユニットの動きが、露骨に悪くなっていた。
「せ、先生!?」
「ん? なんだ?」
「あの……なんか、データが……これ……もしかして何か重大なトラブルが……」
恐れおののきながら、あさひは呟く。
赤羽は、信じられないというような目を向けた。
ただしそれはモニターにではなく、あさひに対して。
そしてその表情は、徐々に呆れ顔に変わっていった。
「お前……いくらなんでもそれは……」
「えっ? ……えっ? あの……何か私、間違ったことを……」
「……はぁ」
もう何も語りたくないと溜息を吐いた後、赤羽はそっと試合フィールド上部を指差す。
フィールドを覆うピンクに近い半透明の半球が、ぱちっぱちっと点滅して見え隠れしていた。
「……………………あっ」
それを見て、ようやくその現象を思い出してから、あさひの顔は真っ赤に染まっていった。
それは当たり前の自然現象。
むしろわからない方がおかしい当然の摂理なのに、オペレーターという立場であさひはそのことを度忘れしていた。
「……お前、ライセンス試験大丈夫か? いやマジで」
呆れるよりも、不安が勝る。
そのくらい、あさひの度忘れは酷いものだった。
【Anti-Ether Phenomenon】
通称『AEP』。
それこそが『現代の賢者の石』とまで呼ばれた奇跡の結晶、【エーテル結晶】を活用するにあたっての最大のリスク。
世界中が兵器に運用することを諦めた、平和の厄災。
天災であり、環境であり、制御も対処も出来ない。
つまるところ、『現象』である。
ひとたびAEPが発生すれば、容赦なくエーテル結晶を『停止』させる。
範囲も時間も不明。
とはいえ基本的には、発生しても数時間以内に終結する。
また、ライズバトルの舞台には『反AEPフィールド』が設置されているため、完全に停止することはない。
それでも『50%』程度の性能となり幾つかの武装や機能や使用できなくなるが。
兵器をガラクタに変えるAEPだが、ライズバトルに至ってはお互い制限状態となるだけで、それはそれで戦闘の駆け引きやイベントトラブルという醍醐味となっていた。
「だが……これは少し不味いかもしれんな」
赤羽はアステロイド・ブルーを見ながら小さな声で呟いた。
「ん? 何がですか?」
AEP時は出力半減・武装一部制限となるため、様々な駆け引きが生じるだろう。
だが、それでアステロイド・ブルーが不利になる要素はないはずだ。
なにせ制限される機能も武装もない。
そうあさひは思ったのだが……。
「現在のエンジン出力とモーター稼働率はどうなってる?」
「あ、はい。えっと……PMエンジンが……え? 三十五パー!? モーターも四割程度だし、どうして!?」
「まあ、そうか。それが下限か。流石にきついな」
「どうしてですか!? 先生!?」
「喚くな。うっとうしい! こいつの生まれを考えたらそう難しくない話だろうが」
言われ、あさひもその理屈を理解する。
こいつは元々宇宙空間にて運用されることを想定して作られたテスト機である。
それは地球上での運用を考えてないということ。
だから、AEPに対しての対処が他機体よりも甘い。
AEPは、地球上でしか発生しない。
性能低下五割程度というのは、対AEPフィールドと、そのフィールド下に適切に調整されたメカニックの努力の末の数字。
それを後回しにしたら、更に低下するというのは当然のことだった。
武装は貧弱。
機体スペックは逆転。
そんな状態ではさすがにカイも――。
不安な表情で、あさひは見守る。
相手は銃器に制限がかかったのか、剣を構えた。
剣……と、一言で表せるが、それはそんな小さなものじゃない。
むしろ取っ手のついた巨大な鉄板という方が近いだろう。
上段の構えから、まっすぐ狙いをつけ、刃が襲い来る。
重力を味方につけ降り注ぐ巨大質量。
デフレクターさえ低下するこの状況では、一撃で終わりかねない。
そんな刃を、カイは半歩身体をひねり、紙一重で回避してみせる。
動作低下で、紙一重で回避するしかなかったのだろう。
本当に不味い。
そう思っている最中……。
アステロイド・ブルーは、ぺしっと相手の手を叩いた。
まるで漫才のツッコミのように自然に、ナチュラルに。
たったそれだけの動作で、相手は大剣を地面に落とした。
そんな強い力じゃないはずなのに。
そのまま、アステロイド・ブルーは相手の腕を掴み、身体をひねり、相手の身体と自分の背を合わせる。
まるで社交ダンスのように誘導される相手機体。
そしてそのまま――アステロイド・ブルーは、一本背負いを叩き込んだ。
「――ふぇ?」
あさひは、ぽかんとした顔でそれを見つめた。
「あの……赤羽先生。これは一体……」
赤羽は微笑を浮かべ、口元を自分の手で隠しながら、呟いた。
「ふふ……なにあれ知らない。こわっ」
確かに、アステロイド・ブルーは、細かい動作が得意なユニットだろう。
だからといって、戦闘中にいきなり、機体を一本背負いするように作られているわけではない。
まったくもって、わけがわからなかった。




