戦慄の青
目のまえに広がる『アステロイド・ブルー』の雄姿を、天羽あさひはその目に焼き付ける。
部員として送り出したその背が、どこまでも美しく、そしてどこまでも頼もしかった。
その名は小惑星群の中に輝く青という意味らしいが、なるほど確かにと思う。
美しい。
ヒロイックな細身のシルエットに、足が長くスタイルが良い。
それに何よりツラが良い。
メカは顔が命と偉い人が言っていたが、まったくもってその通りだ。
いや、無骨なメカも格好良いし、顔がなくてもメカは格好良いし、どのメカも魅力があって、それはそれで最高でみんな違ってみんな良い。
けれど、アステロイド・ブルーがイケメンであるということは、あさひの中で明確な真実であった。
七メートル級とイクス・ユニットの中では平均的なサイズだが、細身のため実物よりも大分小柄な印象である。
少なくとも、今回の対戦相手である六メートル中量級ユニット『バスタード』とほぼ同サイズに見える。
太く粗暴で、どこか荒々しいデザインのバスタードと、洗練された美しいフォルムのアステロイド・ブルーの相対は、まるで『蛮族と騎士』のよう。
この相対だけ見れば、誰もがアステロイド・ブルーを正義と思うだろう。
とはいえ、バスタードが雑魚敵であり、アステロイド・ブルーより劣っているかと言えばそんなことはない。
これは外見だけの話で、そして単なる方向性の問題に過ぎなかった。
確かにバスタードは蛮族のような風格だが、ヒールのような魅力と雑草のような力強さを持つ、そんないぶし銀な機体でもある。
機体とそのチョイス、そしてなんとなく感じる相手パイロットのプレッシャー。
相手に不足なしというか、正直あさひはちょっとまずいんじゃないかとさえ思っていた。
「赤羽さ……先生。これ、勝てますかね?」
声を掛けられ、ノーパソを叩いていた赤羽京香は眉をひそめた。
「知らん」
「いや、知らんって……」
「天羽、お前、負けるつもりで戦ったことあるのか?」
「ないですね」
「だろ? お互いそうだ。……いや、カイの場合はもっと冷静に判断するか。ま、つまるところ勝敗なんて誰にもわからんってことだ」
「……なんか、急に対戦相手のレベル上がりましたね。たった一つランク上がっただけなのに」
「当たり前だ。下層ランクとはいえライセンス必須クラスだぞ?」
「うぐぅ。良いなぁカイ、羨ましいなー。私も早くバトりたいなー」
うきうきのあさひを見て、赤羽を目を丸くした後苦笑を見せた。
「……それはお前の長所だな」
「ん? 何が?」
「何でもない。そんなことより、お前にはやるべきことがあるだろうが」
「ライセンス取得でしょ? わかってますよ」
「違う。ほら、ここ座れ」
赤羽はそう言って、あさひをノートパソコンの前に無理やり座らせた。
「これは?」
「オペレーターやれ」
「な、何故にホワイ?」
「逆に聞くけど、なんで正規部員のお前がやらんのだ。達臣となぎさにやらせる方がおかしいだろうに」
「はっ! 確かに!」
今まで当たり前のように支援してもらっていたが、確かに考えてみたらそれはおかしい。
彼らは、部員ではなく大学運営サイドの人間。
オペレーターなどの業務は部員であるあさひが受け持つのが筋である。
「ま、これも勉強だ。好きにやってみろ」
「あいあいさー」
あさひは雑な敬礼の後、モニターを眺める。
機体のコンディション、駆動状態、環境、温度、Eデフレクター残量、回復量。
それと、搭乗者のバイタル。
そのすべてが並列で画面に表示されていた。
赤羽はあさひの変化に、静かに感心を覚える。
目の前に見える銀髪少女は、さっきまでのふざけた印象とは裏腹に真剣な様子となっていた。
スイッチが入った……というわけではないだろう。
こいつの場合、スイッチが入ったらもっととんでもない態度になる。
これはただ真剣なだけ。
オペレーターの仕事がどれだけ重要で、そしてパイロットがどれだけ孤独かを、こいつは身をもって知っている。
(黙ってれば、こいつマジで可愛いな)
口を閉じたら薄幸の美少女。
口を開けばメカオタク。
ついでに、マジギレすれば鎌倉武士にワープ進化までかましてくる。
随分とまあ、面白い生態をしている生き物だことで。
「赤羽様」
また呼び方が戻り、赤羽は眉をひそめた。
「先生だ」
「失礼、赤羽先生。次はどうしたら良いですか?」
「オペレーターってのは、顧問と話すお仕事なのかい?」
あさひは小さく頷き、アステロイド・ブルーにチャンネルを開いた。
『どうした? 何かあったのか?』
いつもの淡々とした口調で、カイからの声がパソコンに届いた。
「ううん。私がオペレーターをするからその連絡」
『そうか。すまんな』
「それで、私は何をしたら良い?」
『モニターを逐一チェックして、問題があれば報告してくれ』
「それだけで良いの? 作戦とか、そういうのは?」
『必要ない。あさひ、お前が逆の立場だとしたら、何かアドバイスが欲しいか?』
「なるなる。んじゃ、応援だけしてるよ」
『ああ。オートでリンク出来るようにしておくから、何かあれば繋いでくれ。以上、交信終了』
それだけ言って、カイは通信を切断した。
試合が始まり、アステロイド・ブルーが軸をずらすよう平行移動し、両手で武器を構える。
両手持ちの長物銃。
これまで、アークでは見たことのないタイプの銃だった。
「先生、この持ってる武器なんですか? というか、これだけなんです?」
「ん? ああ。あれから数日だろ? とっぱちだったから武装の用意が間に合わなかったんだ」
赤羽はちょいちょいとモニターをスライドし、武器のデータを画面に映した。
『ABライフル』
アステロイド・ブルー専用に調整された高射程ロングライフル……なのだが、完全なる未調整未完成品である。
「……ワンマガジン十発の単発式って、使い勝手悪くないです?」
スペックを見ながらあさひは呟いた。
「相当悪いぞ。だから、間に合わなかったって言ってるだろうに」
「えぇ……武装って、マジでこれだけ?」
「ああ。これだけだ」
「せめて近接を。それもパイルを……」
「カイにはいらないだろ。いや、近接も用意したかったんだけどなぁ……。せめてハンドガンの調整でも間に合ったなら……」
そう、当初の予定はコヨーテに使っていたハンドガンをサイズ調整し持たせる予定だった。
それなら、使い回しのハンドガンと高射程高火力のライフルという使い分けが出来た。
「……カイはわかって出撃したんですよね?」
「当然。命令はしたが、最終決定は彼自身にある」
「なら大丈夫でしょ」
あさひはそれだけ言って、モニターとアステロイド・ブルーに意識を集中させた。
深く腰を落として構え、ライフルを一発。
ドンッと、鈍い衝撃と共に、アステロイド・ブルーの重心が後ろに引っ張られる。
しっかり構えたのにそれだけの衝撃。
相当威力が高いことが目で理解出来た。
その放たれた一撃を、バスタードはあっさりと躱す。
躱すというか、検討違いの方角に飛んでいったような印象だった。
「あー……。数撃って調整出来ないから、しばらく当てるのはきついぞこれ」
赤羽は他人事のように呟いた。
その後も、横軸移動をくり返しながらアステロイド・ブルーは数発ライフルを放つものの、弾丸はかすりもしない。
命中精度が終わっていることもそうだが、相手の機動力が低くないこともその理由に含まれるだろう。
バスタードの特徴は生存力。
小柄な上に装甲も機動力も高い。
半面、それ以外は少々物足りないという欠点を持つ。
とはいえ、これだけ重要な要素が揃っていれば、タイマン性能としての文句はないだろう。
傑作機ではない。
けれど、優秀な高級機ではあった。
所持重要やバランスの問題で持てる武装が非常に限定されるなんて欠点は存在する。
装備が貧弱であると言っても良い。
けれど、今バスタードが手に持っているものは、その欠点をすべて克服する。
「ショットガン……」
あさひは小さく、ちょっとだけ恨みがましく呟く。
そう、バスタードが手にしているのはショットガン。
近距離高火力兵装である。
相手のコンセプトは、非常にわかりやすいものだった。
足で稼ぎ、耐えて、一撃叩き込む。
やっていることそのものは、カイの搭乗したコヨーテでの戦法に近い。
けれど、あの時とは決定的に違う部分がある。
耐久力。
中量級機体をぎゅっと圧縮したような性能を誇るバスタードは、軽量のコヨーテと異なり、ショットガンの間合いに安全に近づける程度の耐久を有している。
得意を押し付ける能力が、圧倒的に高かった。
ご丁寧に相手は低火力のサブマシンガンまで持っている。
つまり、典型的なインファイターだった。
「これ、まともにやったら勝てないんじゃ……」
分析しながら、あさひはそう呟く。
アステロイド・ブルーの性能が悪いわけじゃない。
ただ、武装の相性が最悪に等しい。
ただでさえ相手の機動に翻弄されて当たらないというのに、近づかれたらダメージレースでも負ける。
こちらも機動力は悪くないが、所詮は万能型。
機動力特化と競うには、少々以上に分が悪かった。
「ま、きついのは間違いないだろうな。けどな、あさひ」
「はい?」
「さすがにカイを舐めすぎだ」
言葉の直後、バスタードのショットガンにアステロイド・ブルーは襲われる。
かつてコヨーテが持っていたもの、あさひが苦い思いをした、あの武装。
あれよりはるかに上等で火力の高いそれを、カイはサイドステップで躱してみせた。
ほっと、安堵の息を吐くあさひ。
けれど、これは不味い。
あんな機動、そう何度も通じるわけが――。
再びのショットガンを、アステロイド・ブルーはあっさりと避けた。
「……は、はれ?」
想像と違う展開に、あさひは目を丸くする。
三度のショットガンも、アステロイド・ブルーはサイドステップで躱す。
二度ならともかく、三度なら偶然とは呼べない。
ここまでくれば、もうあさひにも理解出来る。
それは必死の回避などではなく、必然の回避であると。
横で赤羽は楽しそうに笑った。
「いや、なんで? というか、アステロイド・ブルー速くない? コヨーテより速度遅いはずなのに……」
「俊敏……というか機敏なんだよ。パイロットの実力が発揮しやすいように。ま、高級機のメリットって奴だな」
アステロイド・ブルーは動きそのものはコヨーテよりも大分遅い。
ただ、動きが常時滑らかで、ぬるりとした動きは金属の重量を感じさせない。
その動きは、まるで人のよう。
つまり、反応速度が異常に高い。
アステロイド・ブルーは、そういう機体だった。
「――ここだな」
赤羽がそう呟く。
それに呼応するかのように、アステロイド・ブルーの動きが変わった。
バスタードから放たれるショットガンに、横の回避ではなく、斜め前方への回避を行う。
散弾が広がるという性質による死角を利用した接近行動。
その密着距離からアステロイド・ブルーは、深く腰を落とし、足払いをかける。
しゃがみ込むような低い姿勢からの足払いは、いくらバランスに優秀なバスタードでも耐え切れず、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「うぇっ。変態機動過ぎる」
「お前がそれを言うのか……」
赤羽はあきれ果てた口調で呟いた。
そのまま、アステロイド・ブルーは倒れたバスタードに、おもむろにライフルを向けた。
「あっ」
つい、あさひは言葉を漏らす。
この後の凄惨な光景が、予測出来てしまっていた。
あさひの想像通り、カイはライフルを密着させたまま、ゼロ距離射撃を繰り返した。
一発撃つごとに、アステロイド・ブルーは大きく揺れる。
攻撃の反動だけで、エーテルデフレクターが数パーセント程度削れる。
それほどの衝撃。
当然、撃たれたバスタードのダメージはその比ではない。
狙撃も可能な高火力単発ライフルの、それも一切威力減衰のない完全なる有効射程の射撃である。
バスタードは、一発ごとに電気ショックでもされているかのようにビクンビクンと身体を震わせていた。
「グロいというか……惨い……」
「それもお前が言うのか。お前も似たようなことカイにしていただろうが……」
「いや……そうなんだけど……絵面がちょっと……」
腕を砕き、頭部を粉砕し、そこでようやくブザーが鳴り、アステロイド・ブルーの勝利が確定する。
けれど称賛の声はなく、場は完全に静まり返っていた。
「くくっ。良い静寂じゃないか。勝利とはこうでないとな」
困惑するあさひとは裏腹に、赤羽は楽しそうに、獰猛な笑みを浮かべていた。




