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『R.I.S.E.:Over the Sky』~虚弱少女はいかにして浪漫を貫くに至ったか~  作者: あらまき
PROJECT: ARC

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先導者


 鏡に映る自分の顔を見て、赤羽は嘲笑を浮かべた。


 虚ろな瞳、深い隈。

 なんと醜い面をしていることだろうか。


 まあ、当然と言えば当然だ。

 この十年、女らしいことなど何もしていないのだから。


 学ぶ、償う。

 その繰り返し。


 無駄に命を捨てることも、無為に怠惰となることも許されない。

 だから、赤羽京香の行動原理は"償い"だけしかなかった。


 かつての仲間とは縁を切った。

 自分なんかと関わって人生を潰させたら申し訳がないからだ。


 そのまま海外に向かい、多くの科学技術と医療について学んで来た。

 一人でも多くの命を救うこといがいに、償う方法が思いつかなかった。


 神科大に戻ってきたのだってその一環。

 本音を言えば名前だって見たくもないが、自分がその名を忌み名としたのだ。

 大学にだって、償う必要がある。


 溜息を吐いて、机を開く。


「……くだらない。何が紅朱雀だ」


 真っ二つとなったライセンスカードを見て、吐き捨てる。


 あの頃は、何でも出来ると思った。

 いや、事実何でも出来ただろう。


 若き天才紅朱雀なら、きっとどんなことでも実現出来たはずだ。

 ただし、それは見知らぬ誰かを犠牲にしてだが。


 一人の天才が出来ることなどたかが知れている。

 天才だって、単なる人間に過ぎないのだから。


 それを知るのが、彼女は遅すぎた。


「……行くか」


 彼女は机の中から廃部要請の企画書と退職届を取り出し、席を立った。





 職員会議で発表する、彼女の廃部要請企画に穴はなかった。


『宇宙空間向け汎用作業用ロボット・応用研究及び構築事業部(Applied Robotic Construction & Development Division)』


 通称『ARC』は、かつて自分が設立し、そして一度廃部にした部活である。


 廃部となったのは、十年経った今でも忘れられていない事故があったからであり、そのことを考えると大学として相応しいものではない。


 かと言って、活動自体には一定の評価をすべきである。

 それに、多数の外部協力者に不誠実な対応を取るわけにもいかない。


 だから、一旦廃部とし、《《新たな顧問を招いて》》新生イクス・ユニット部を設立し、引き継ぐ形とする。


 それが、赤羽の発表だった。


 職員たちから、反論の意見は一つも出ない。

 いや、出るわけがない。


 十年前の当事者であり、そして現部活顧問。

 その彼女が、アークの名を使いたくないと言っているのだ。


 これが廃部で全員辞めろとかならともかく、新設してユニット部の存続まで考えている。

 止める道理も理由もない。


 そっと、一人の女性が手を挙げる。


 高齢で、優しそうな彼女は、赤羽の方をじっと見つめた。


「それで、貴女は後悔しないの?」


 自分が学生だった時から、彼女は教師だった。


 だからだろう。

 その言葉に、一瞬だけ言いよどんでしまう。

 けれど、結論は変わらなかった。


「むしろ、ARCの名が残っていることと、それを私が率いていることが、後悔そのものです。……犠牲者に、申し訳がない」


「……貴女が、そう決めたなら、異論はないです」

 寂しそうに笑いながら、静かに自分の意見をしまい込んだ。

「ありがとうございます。こんな私を心配してくれて」

 赤羽の言葉に、彼女は泣きそうな顔で俯いた。


「……では、そういうことで構いませんね? 神楽坂達臣学園長代行?」


 赤羽がそう言うと、教師陣全員の視線が一か所に集まる。


 その場にいるのは、神楽坂達臣。

 今回の箱舟騒動の中心にいる男で、そして――赤羽京香の共犯者。


 彼女が行った廃部までの計画は、彼の協力なくしては実行出来ぬものだった。


 と言っても、彼自身が悪党だったり裏切り者だったりするわけではない。

 むしろその逆。


 彼は徹底した合理主義者である。

 そういう彼だからこそ、誠実な対応と大学への利益という手段にて味方につけることが可能であった。


 大学に悪名が残る可能性があるアークとその当事者を排除し、完全に綺麗な状態としてイクス・ユニット部として再生すること。

 それがどれほど大学にとってメリットとなるか、達臣にわからないはずがなかった。


 逆に、双子の片割れであるなぎさはどうしようもない。

 あれは合理性どころか理屈さえまともに通じない。


 赤羽は自分へのいやがらせのためにアーク再建を計画したんじゃないかとさえ疑っているくらいだ。


 注目が集まる中、達臣は静かに口を開いた。


「委細、問題ありません」

「……ええ。それならこれで本件は可決ということにし、即刻廃部処理を――」


「――ですが!」

 達臣の叫びに、赤羽はびくりと身体を震わせる。


 赤羽だけではない。

 他の教師も、皆目を見開き、その様子に驚いていた。


「……申し訳ないのですが……いや、本当に申し訳ないのですが、異議を申し立てます」


 そう――理屈も道理も正しい。

 大学としての理を考えても一言一句文句なく、赤羽の計画は大学にとって利益しかもたらさない。


 それでも、達臣は否と、この場で訴えていた。


 目を丸くし、赤羽は絶句する。


 赤羽はこの瞬間で、達臣が裏切ったと理解する。

 いや、裏切ったというよりも、最初から裏切っていたとすべきだろう。


 それは別に良い。

 そこまで達臣に信を置いていない。


 問題となるのは、その裏切りに合理性が欠片もないこと。


 生真面目で堅物、合理性の塊。

 大学の安定を求め、そのため事務仕事を好んでやるような男。

 それが達臣だ。


 その彼が、何故裏切ったのか。

 それは未来が見えるとさえ言われた赤羽にさえ理解出来ない。

 それが赤羽には、恐ろしかった。


 そう――理解など、出来るわけがない。


 達臣が何故、なぎさに頭が上がらないのか。


 我儘で傍若無人。

 行動の理屈も読めないトリックスター。


 いままでは"姉扱い"しろと迫った癖に、急に去年から"妹扱い"しろと言ったり、本当にもう付き合う身にもなってほしい。


 正直、強く苦手意識を持っている。

 もし自分が女性と付き合うなら、真面目で誠実な、なぎさの反対に位置するような人間が良いと心から願っている。


 けれど、それはそれ。

 苦手と嫌いはイコールにはならない。


 つまり……まあ、なんてことはない。


 達臣もまた、理屈や道理ではなく、情に囚われた人間ということ。

 そんな自分を認めたくないし嫌だと思うけれど、根本の部分であるため変えることは出来ない。


 端的に言えば……達臣は"シスコン"だった。


「当事者のいない……会議に、意味はありません。当事者の招集を……要請……しますっ……」


 意見を述べる達臣は、本当に苦しそうだった。


 そりゃそうだろう。

 理屈や道理は十割赤羽が正しいと、他の誰でもなく達臣自身が理解しているのだから。

 それでも、彼はなぎさを優先した。


 なぎさがどうしてこんなことをしているのかさっぱりわからないし、わかろうとも思わない。

 それでも、なぎさが本当に大切にしている物かどうかは、悲しいくらいに理解出来ていた。


 そして突然、扉が開かれる。


「やぁやぁ待たせたね! 当事者の登場だ! 拍手喝采にて、お迎えしてくれたまえ!」


 ご機嫌な様子で、まるでそれが当たり前かのような空気でなぎさは現れた。


 この職員会議は、なぎさの耳には届かないようになっていた。

 だが……裏切り者がいた以上、それは意味のない行動であった。


「何故、こんな下らぬことを……」

 赤羽は吐き捨てるように、達臣に言う。

 達臣は謝罪するよう俯き、頭を下げた。


 まったくもって無駄な時間だ。

 なぎさが来たからと言って何が変わるというのか。


 これはもう、多少の妨害でどうにかなる問題ではない。

 むしろ、ここでなぎさがやらかせばやらかすほど、なぎさの傷となる。

 最悪神楽坂一門からの追放処分とさえなるだろう。


「実のことを言えば、俺もわからない。こいつが何をしでかそうとしているか、これから何をするのかも。ただ……何かあるんじゃないですかね? 逆転の一手が」

 まるで他人事のような達臣を赤羽は鼻で笑った。


「はっ! そんなものあるわけがない!」

 吐き捨てる赤羽の言葉に同意したのは、他の誰でもないなぎさだった。


「まあ。残念ながらその通りだねぇ。君の計画は完璧だ。穴はなかった。必死にアークを護ったところで、君が辞めてしまえば何の意味もない。君のいないアークなどアム〇のいない一年戦争みたいなものだ! ……いや、それはそれで結構あったな」


「くだらないたとえ話はどうでも良い。邪魔をせずこのまま消えてくれ」

「いやいや! そうはいかないんだよ。確かに計画に穴はなく、これを覆すようなことは、私には無理だ。だが――手がないとは、私は言った覚えはないよ?」


「なら、もったいぶらずさっさとその手を出して、そして消えてくれ。面倒なんだよ。何もかもが」

 完全に投げやりな態度なのは自信の表れだけでない。

 赤羽のメンタルは、とうの昔に限界を超えていた。


「ふむぅ。そう言われるともったいぶりたくなるが、君を怒らせたいわけじゃあないんだ。だからこそ……正直この手はあまり使いたくないんだ。ファンとして、君を悲しませたくない。素直にアーク復興と顧問を受けてもらえないだろうか?」


「寝言は寝て言え。そして顧問関係なく、私はお前が嫌いだ」


 その言葉に、なぎさは笑った。


「ああ! 悲しい。大好きな人から嫌われるなんて、なんと悲劇だろうか! そして、それが実に効果的な策なのだからなお悲しい」


「――効果的な、策?」


「では、私の最後の奇策を披露してみせよう。正直、少しだけ楽しみでもあったんだよ。私の愚策が、紅朱雀に通用するかはね」


 そうなぎさが言うと、しばらくして再びドアが開かれる。


 そこに居たのは、天羽あさひだった。


「あ、入って良い流れだよね? 失礼しまーす」


 元気良く、ニコニコとあさひは中に入った。

 なぎさとは違う方向で、まるで空気が読めていなかった。


「実のことを言えば……私はあまり運命という言葉が好きじゃないんだ。むしろ運命があるなら全力で抗い、覆したくなるなんて性分でね。けれど、彼女だけは別だ。私はあさひちゃんに運命を感じた。比翼とさえいえるほどに! 彼女と出会った時、私は魂が歓喜に満ちたのを感じたくらいだよ!」


 延々と、つらつらと、なぎさはあさひとの出会いを語る。


 あまりに突然だったから、誰も妨げようとしない。

 悪い意味で、皆が絶句していた。


 けれど、それはなぎさにとって確かな真実だった。


 あさひに出会った時、彼女を見つけた時、なぎさは本当に運命を感じた。

 こんなにイクス・ユニットを好きでいてくれたことが嬉しくて、彼女を愛おしいとさえ思った。


 自分たちは、出会ったその時から親友となる運命だったと、今でも本気で思えるくらいに。


「い、一体、お前は何の話を――」


 あっけにとられる赤羽に、なぎさは最後の策を、最悪の刃を、彼女に振り抜いた。


「――我々が、最後の二人なのだよ」


 なぎさは自分の片足を見せる。

 接合タイプとなり、完全なる義足となった左足を。


 あさひも合わせ、自分の背中を見せた。

 一生消えない傷となった、痛々しいその傷を。


 赤羽は、表情を失う。

 理解出来ないわけがなかった。


 最後まで、会おうと思って会えなかった人。

 とあの事件にて重大な事故に巻き込まれ、危篤状態となった二人。


 後遺症に苦しみ、人生を壊された、本当の犠牲者。


 それが、今目の前にいた。


「もしも、あさひちゃんが君を恨んでいたならば、私はきっと君の計画に賛同していただろう。けれど……残念だったね。私の親友は、そんな器量の狭い女じゃなかったようでね」


 なぎさはそう言って笑い、あさひに何か言葉をかけるよう背を押した。

 あさひは少し恥ずかしそうに赤羽に一歩近づいて――そして、その瞳をまっすぐ見据えた。


「ずっと、憧れていました。貴女のようになりたいと思い、ここまで来ました。でも、正直不安は多いんですよね。私、身体は弱いし。だから……えっと……。あはは、何を言えば良いかな?」


「正直に、君が思うことを言えば良いよ」


 あさひは少し考えた後、楽しそうな笑みを見せ、大きく頷いた。


「先生! 絶対に全国に連れて行きますので、一緒に頑張りましょう!」


 そう言って、あさひはその手を赤羽に差し出した。


「連れていってじゃない辺り、君らしいね。だが、気持ちは同じだ。なにせ、箱舟の先導者は君しかありえないのだから」


 そう言って、なぎさもその手を伸ばす。


 断れるわけがない。

 否定出来るわけがない。


 この手を払いのけるということは、十年の贖罪を裏切ることになるのだから。


「なんで……そこまで……私を……」


 膝をつき、絶望の表情で涙を流し、赤羽は尋ね――。


「貴女に憧れたから」


 二人は、声を揃える。


 方向性は違えど、二人とも異常者であった。

 その所為で世間に馴染めず、どこか浮いた存在だった。


 そんな彼女たちの目に、あの瞬間の紅朱雀は焼き付いた。

 自分を貫いて生きても良いという、勇気の代名詞となって。


 なんてことはない。


 紅朱雀は、二人にとって人生を変えたヒーローだった。


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