紅朱雀(後編)
今ここに、因果が逆転する。
必勝であった黒雷を、愚かな子供の遊びが打ち破った。
それを予言したのは、紅朱雀ただ一人。
社運をかけた一大プロジェクトは汚すよう、すべての名声を彼女は手にした。
ブリキロボの足元には大勢の子供たちが集まる。
彼女はヒーローショーのように、称賛を浴びていた。
テレビもずっとカメラを向け続け、フラッシュが途切れることはない。
すべて彼女の狙い通り。
彼女――紅朱雀は天才だった。
自称ではなく、一芸に秀でているだけでもない。
他者の努力をあざ笑うかのごとく成長する、本物の天才。
百年に一人と言っても決して過言ではないだろう。
だからこそ、これから先に彼女の身に起こることは、必然となる。
彼女は"天才"だった。
だから、彼女は本当に知らなかったのだ。
人の心というものを。
黒雷のテストパイロットというのは、会社の威信を賭けて戦っていた。
マギア社の次世代プロジェクトで、そして多数のプロチームと提携・協力し予算度外視で生み出された。
負けることは、何があっても許されなかった。
しかも、相手がポンコツメカで、テレビも入った中一方的に負けたとあれば、それはもうクビで許されるレベルを何重にも飛び越えている。
例え死んでも許されないだろう。
それを、彼女はわかった上で実行した。
追い詰めている自覚ないままに、一人の男を極限まで追い詰めた。
何故そんな非道が行えたのか。
それは単純な話となる。
彼女は、人の心がわからなかった。
他人と共感出来ないわけではない。
天才である彼女が他者と心を通わせられないわけがないし、友人も大勢いた。
それはただ単に、他人の苦しみを考えなかっただけ。
ありていに言えば、彼女は驕っていた。
その結果――。
子供たちが集まる中、憎しみと絶望、そして憤怒から突撃してきた黒雷を見て、ここでようやく彼女は、自分がテストパイロットをどれほどまでに追い込んだのかを理解する。
そしてこの時ばかりは、彼女も天才パイロット紅朱雀としてでなく、赤羽京香という一人の人間として事件の対処に動いた。
このままだと、大惨事になってしまうと。
それは正道であり、正義であることは間違いない。
彼女は憎しみや怒りではなく、正しい人の心を持って動いていた。
そう……彼女もまた、天才である前に人間だった。
無意識に、優先順位を付ける程度には。
親しい友人を先に庇ってしまった程度には。
暴れまわり、破壊されるスタジアム。
その中で、黒雷を取り押さえた時――そこでようやく、彼女は思い出したのだ。
自分の近くには、小さな女の子たちがいたことを。
自分がつけるべき優先順位は感情ではなく、距離であったと。
けれど、気づいた時にはもう、すべてが遅かった。
すぐ足元で、子供の泣き叫ぶ声が、耳に入る。
何故、それに今まで気づけなかったのか。
自ら生み出したポンコツロボ。
その足は――深紅に染まっていた。
事件が収束し、連日テレビ報道が続く。
彼女を叩く声も多かったが、それ以上に庇う声が多かった。
彼女は被害者なのだと――。
天才パイロットがこんな形で失われるなんて、許して良いはずがない。
最後の最後まで、誰かを助けるために動き続けた彼女を地元のマスコミや友人たちは庇い続けた。
だから……だからこそ、彼女は誰よりも、自分を許せなかった。
追い詰めたのは自分で、子供を見殺しにしたのも自分。
黒幕は自分なのに、誰もそうだと認めてくれない。
そのアンチとなり叩く奴らでさえ、彼女が主犯だとは思ってくれない。
その日から、彼女は自分を罰し続けた。
例え十年経った今でさえも、それは変わらない。
償いのため、出来るだけ多くの人に赤羽は頭を下げに行った。
時に慰められ、時に殴られながら、それでもと謝罪を重ねた。
軽傷者と重傷者を合わせ、負傷者は百二十人に上った。
特に被害が大きかったのは、足元にいた子供たち。
そして、その中でもひときわ惨たらしい被害を受けた子供が二人いた。
病院に送られた時点で重度の危篤状態となり、生存が確定した後でも一生残る後遺症があるとされた。
けれど、赤羽はその二人には会うことさえ出来なかった。
事故当時は重度の負傷で家族さえ面談出来ないほどひどく、そしてそれ以降は、その家族が間接的に面談を拒絶した。
これ以上、思い出すようなことはやめてくれと。
だから赤羽は、二人がどんな子供で、そしてどれほどの傷を負ったのか知ることさえ出来なかった。
わかっているのは、子供二人の心と身体に、一生消えない傷をつけたことだけ。
だから赤羽は、自分と、そして自分の夢の希望であったARCを、絶対に許さなかった。




