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『R.I.S.E.:Over the Sky』~虚弱少女はいかにして浪漫を貫くに至ったか~  作者: あらまき
PROJECT: ARC

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紅朱雀(前編)


 特別に――なりたかった。


 これだけは誰にも負けないという絶対の一番となり、誰からも称賛されるような……そんな特別に。


 彼女、"赤羽京香"には、才能があった。


 若くして自分を天才だと驕れる程度には才覚に溢れ、そして多少の傍若無人さも愛嬌として許されるような、そんな可愛さも持ち合わせていた。


 容姿に恵まれ、才能に恵まれ、周りに恵まれ。 

 だから彼女は、天才だった。


 それでも、彼女は満足しなかった。


 もっと、もっと自分は高みに行ける。

 自分はもっと称賛されるべき人間となれるはず。


 彼女は別にパイロットになりたかったわけではない。


 赤羽京香が目指したのは、【ヒーロー】である。

 誰かの心に一生涯残り続けるような、そんな大英雄。

 一生涯語り継がれる、歴史上の偉人。


 そのために、彼女はパイロットを目指した。




 十年前――。


 神科大で開催された、マギア社の新型ユニット『MF-029黒雷』のプロモーション企画。


 それは当時アークの部長だった赤羽が大学側の許可を取り付けて実現したものである。

 彼女はこの舞台で一発、ド派手なことをやってやろうと企んでいた。


 まあ、学生の、それも女の身で新型機体とテストパイロットを倒すだけでもインパクトは十分過ぎる。

 けれど、それではまだ足りない。


 彼女は、傲慢だった。


 もっと大きく、もっと派手に。

 そして何より、人々の記憶に残るような……そんなことはできないだろうか。


 そうして赤羽が思いついたのは――完全オリジナルユニットの開発だった。


 設計図だけを用意して外部に委託するのではない。


 工場を借り、学生たち自身の手でイクス・ユニットを作り上げる。


 無茶というより無謀。

 机上の空論というより、机の上ですら成立しない愚考。


 それでも赤羽は、優秀な仲間たちと数多くの協力者を集め、その計画を現実にしてみせた。


 学生主体によるイクス・ユニット開発。

 そんな前代未聞の偉業を、成し遂げたのである。


――まあ、出来の方は散々だったが。


『ARC-01ブリキンガーΩ』


 ブリキのおもちゃを巨大化させたような外見で、よちよちロボット歩きがデフォルト。

 時折目が光って、見る者すべてを不安にさせるなんて呪われたユニットである。


 本当にこんなのでアーク初開発・製造で良いのだろうか。

 名を汚すことになるのではないだろうか。


 そう、部員たちは頭を悩ませた。


 これの出来に満足したのは、当事者である赤羽くらいのものだろう。

 そう――天才である彼女だけは、この情けない出来に満足していた。

 これこそが狙い通りであると。




 そうして、テスト戦が開始されたのだが……。

 当然、試合展開は一方的なものだった。


 人間のようになめらかな動きと軽いフットワークを持つ黒雷。

 対し、五メートル級の黒雷と比べ二回り以上でかい八メートル級のブリキンガーΩは、とにかく動きが鈍重だった。

 カタカタのロボット歩きにも関わらず、一歩一歩に数秒かかる。


 イクス・ユニットの体を為しておらず、戦いにさえなっていない。


 というか、黒雷がブリキンガーΩを強く押したらそれだけで終わってしまいそうなくらいバランスが悪い。

 少なくとも、一度倒れたら自分で起き上がることは出来ないだろう。


 それでも……戦いはすぐには終わらなかった。


 黒雷はブリキンガーΩを拳で数度殴りつけた後、距離を取ってシャドーボクシングを披露しだした。


 それは機体アピールなどではない。

 純粋に、ブリキンガーΩを馬鹿にする行為だった。


 トロトロ動くブリキンガーΩの腕振り攻撃を、あくびをするモーションを繰り出しながら避ける。

 回り込んで後ろを取って、あざけるような仕草をしてから攻撃せずに笑いものにする。


 動作が細かくなめらかだろう。

 黒雷の動きは人間そのもので、だからこそ、観客席の空気はどんどん冷え込んでいった。


 最初から、勝てないことなんてわかっている。

 観客も、ブリキンガーΩを見た時、最初は馬鹿にした。


 それでも……これは違う。

 仮にも最大手の大企業が、学生の遊びに対しその態度はあまりにも誠意が感じられない。

 モラルという意味でも腹立たしいが、それだけでなく、地元大学の子供たちが馬鹿にされているというだけで、地元愛の強い観客は憤りを覚えだした。


 気づけば黒雷に対してのお客様扱い歓迎モードは消え去り、ブーイングが巻き起こる。

 それでもなお、黒雷は馬鹿にするのを止めず、変わらずおちょくり続けていた。


「優秀みたいだけど……プロじゃないなぁ」

 ブリキンガーΩを操る赤羽は苦笑を見せる。


 実力の話じゃない。

 評判第一の世界であるPDで、こんな対応を取ったら即干される。

 弱者を小馬鹿にすることしか出来ない奴には、ヒールの席さえ用意されない。

 

「ま、そういう風に誘導したんですけどね」


 黒雷のテストパイロットが思った以上に性格が悪かったため大炎上しているが、最初から赤羽は観客席を味方につけるつもりで動いていた。


 最悪の場合、同情だけでも集めよう。

 そう考えての、ブリキの外見と能力だった。


 赤羽だってふざけてこんなバカみたいな機体を生み出したわけじゃない。

 むしろ、天才を自称する赤羽が必死に考え抜いて、勝つためにはこれしかなかったからこそ今馬鹿をやっている。


 ここまで恥を晒し、観客を味方に付けてもなお、大した勝率にならず大博打となるが。


 黒雷のスペックはプロ仕様で、テストパイロットも技量そのものはプロに劣っていない。

 その上、相手は敗北が許されない状態でもある。

 弱いわけがない。


 むしろ、ここまでしない限り、相手は手加減なんてしてくれなかっただろう。


 実力で完全敗北してしまっているから、精神に訴えるしか勝率を上げる手段が残っていなかった。

 そのおかげで、思ったよりも舐めプしてくれて、思ったよりも勝率は高くなったが。


「さ、仕込みは上々。あとは――」


 赤羽はタイミングを見計らい、その時を待つ。


 勝つための条件は、たった一つ。


『相手が油断したままでいること』。

 相手が本気になった瞬間、負けは確定する。


 その部分だけで言えば、今回赤羽は運が良かった。

 相手のテストパイロットはメンタルは競技選手とは思えないくらいに鈍い。

 おそらくは技術者上がり。

 搭乗そのものの経験は豊富でも、競技としての参加経験が少ないのだろう。


 そろそろかっこよく決めたくなったのか。

 黒雷は右腕を上にあげて"勝利宣言"をした後、ブリキンガーΩにまっすぐ向かい、渾身のストレートを叩き込みに来た。


 そう――相手は舐め腐っていた。

 ブリキロボの中に誰が乗っているか、そんなことを調べるという発想さえないほどに。


 赤羽京香。

 パイロットネーム『紅朱雀』。

 昨年の大学選抜において、唯一選出された女性であり、同時に唯一選出された一年生。

 つまり――本物の天才である。


 この状況で勝つことなど不可能だ。

 誰もがそう思っている。


 いくら紅朱雀とはいえ、物理法則を覆すような奇跡までは起こせない。


 実際、それは正しい。

 いくら彼女とてこのポンコツ機でプロ仕様の機体を正面から打ち破る力など持ち合わせていない。


 けれど彼女は、『野球の勝ち方』なら知っていた。


 球速百三十キロ程度の投手が勝つにはどうすればいいか。


 答えは簡単――本気を出さないこと。


 八十キロのスローボールを巧みに混ぜ、緩急を使い、本当に必要な場面でだけ百三十キロを投げ込む。

 そうすれば百三十キロでも十分に戦える。


 つまり、遅い動きに慣れさせる。


 ブリキンガーΩは器用に黒雷の拳を受け流した。

 大して速い動きではない。

 それでも、今まで敢えて遅く動いていた分、その動きは恐ろしく速く見えただろう。


 渾身の拳が空を切り、黒雷の腕は伸びきったまま姿勢は固まっていた。

 完全に無防備の、隙だらけの姿勢。

 

 天才が場と、空気と、運を支配し生み出した、たった一度のチャンス。

 それを赤羽が――紅朱雀が無駄にするはずがなかった。


 その状態の黒雷の側面に向かって、ブリキンガーΩは右腕を振りかざす。

 そして――。


「バンカーァァァァ! ナックル!」


 叩き込まれるその瞬間、腕が伸びた。


 それは、射出される拳。

 ほんの数十センチだけのロケットパンチ。


 けれど、特注のシリンダーとモーターより繰り出される剛腕は重量兵器となり、、下手な武器よりよほどえぐい破壊力を秘めていた。


 ほんの一撃で、黒雷の身体が宙に浮く。

 単純な威力というよりも、衝撃の向きでそうなったのだろう。


 すかさず左腕でアッパー。

 同然これも、同様の『バンカーナックル』である。


 下から上に突き出され、メシッと黒雷から嫌な音がした。


 その間に、伸びた右腕を戻し再装填。

 そして再度右腕を構え――渾身の、バンカーナックルが放たれた。


 轟音と共に、激しい衝撃。

 吹き飛び倒れる黒雷の肩部には風穴が生まれていた。


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