白か赤か(後編)
世の中には、二種類の人間しか存在しない。
ロボットアニメが好きか、好きじゃないか。
この二つだ。
そしてそれゆえに、先の問いには特別な意味を持つ。
彼女たちは、"キュピィン"なんて音と共に、一瞬で相互理解を終えるなんてことは《《まだ》》出来ない。
それでも、その一言はわかり合うのに、十分すぎる問いだった。
赤か、白ではない。
赤白帽やら紅白饅頭やらがあるのに、わざわざ逆で呼んだ。
白か、赤か。
白を先とし、赤を対立候補と出すこの意味を察せないほど、あさひは愚鈍ではなかった。
「それで、どうかい? ちなみに私はどちらかと言えば白だね」
なぎさの言葉に、あさひは考え込む。
本当にそういう意味なのだろうか。
一瞬の疑惑があさひの判断を鈍らせる。
あさひはロボオタ語録使用をして、このお嬢様学園で何度も空気をぶち壊してきた。
それに、なぎさの外見は彼女たちお嬢様と同じく美しくたおやか。
だから、また自分の勘違いかと思ってしまうのだ。
けれど、彼女は自分の直感を信じ……答えた。
「そう、ですね。その二択なら私も白ですかね。どちらかと言えばですが」
"特に髭のが好きだ"と言おうと思ったが、さすがに踏み込み過ぎと思い、あさひは言葉を飲み込む。
「なるほどなるほど! 素晴らしいじゃないか! ちなみに白なら魔女の箒みたいな外見のライフルを持ったのが一番好きかな」
その素晴らしい回答を聞き、あさひはひよってしまったことを密かに恥じる。
間合いを詰めてくれた彼女に謝罪も兼ね、返し刀に想いを乗せた。
「カテゴリー全体で一番好きなのだと、『ゴーストファイター』になりますね」
「ほほーぅ。ほうほうほうほう! 良いじゃないか! ちなみに私のマイベストは、その話の一つ前の『試作型変形タンク』だ」
じっと、二人は見つめ合った。
それはまるで、千の言葉を交わすかのように。
「悪くない語り合いだ。けれど、少々話題がポピュラー過ぎる。謝罪しよう。我々がわかり合うにはあまりにも設問が甘かった。そう思わないかい?」
なぎさの言葉に、教師と兄は首を傾げる。
二人には彼女の言っていることが、何一つ、一ミリさえも理解出来なかった。
なぎさはあさひをじっと見つめた。
次は君の番だと言わんばかりに。
あさひは、何を問うべきか悩んだ。
この学園生活で、この手の話題を出したことはほとんどない。
隠しているわけではないが、同好の士なんてものはいない。
時々、中の人目当てでアニメ好きの人はいたが、彼女たちはロボットについて一ミリも興味がなかった。
それでも、きっと目の前の彼女なら受け止めてくれる。
そう、あさひは確信した。
「こいつの肩は赤く塗らねぇのか?」
ふざけた口調であさひが言うと、なぎさはとたんに、にらみつけるような表情に変わった。
「貴様……塗りたいのか!?」
怒鳴るような、すごむような、らしくない口調。
それに教師と兄は目を丸くする。
あさひは少し困った顔で半笑いを見せた。
「へっ。冗談だよ……」
そうして静かに立ち上がると、なぎさも合わせて立ち上がる。
そして二人は――堅い握手を交わした。
今、彼女たちは間違いなくわかり合った。
自分たちが同類だと……いや、戦友であると。
「さて、不甲斐ない兄の代わりに話をしよう。聞いてくれるだろうか?」
「もちろん。貴女の話なら幾らでも」
そして再び、あさひは席に座る。
教師と兄はわけがわからず、ずっと口を半開きにしてぽかんと間抜け面になっていた。
「さてさて、それではさっそく本題に入ろうじゃないか。あさひちゃん。君は……"箱舟"に乗るつもりはないかね?」
なぎさの一言に、達臣は呆れ顔となった。
さっきのオタク特有の会話とは違う。
それは大学のマイナーな身内ネタで、大学内だって知っている奴は十人もいない。
相手が知っていると決めつけるのは、あまりにも愚かな行為である。
「おい。そんなんでわかるわけが――」
言いかけて、途中で止める。
達臣は、その顔を見た。箱舟とだけ聞いた時の、あさひの顔を。
淡々とした態度で笑っているだけ。
そのはずなのに、達臣は思わず息を飲んだ。
それは獰猛な肉食獣を思わせるような、そんな笑みだった。
「さ、どうかね?」
他人の達臣が怯えるくらい恐ろしい雰囲気を発しているのに、なぎさは気にも留めていなかった。
「本当に……」
「ふむ?」
「本当に、復活するんですか?」
「いいや、正確にはゼロからの再スタート。つまり二代目だね」
くすくすとなぎさは笑う。
なぎさには、あさひのそれが見えていた。
笑えるくらいに煮えたぎっている、彼女の情念が。
「と言っても、さすがの私だってすぐには不可能だ。そうだね……計画が順調なら、来年の頭くらいには準備も終わっていることだろうとも」
「なるほど。来年……」
「そう、来年だとも。丁度君が大学生になる……ね」
ニヤリとなぎさは笑う。
刹那的で、快楽的で、魅惑的で、それでいてどこか不穏な笑み。
それは、小悪魔と例えるには少々風格がありすぎた。
「つーまーり! 私たちは箱舟の乗組員として、もしくは導き手として、是が非でも君にはうちに来て欲しいのだよ! それで、そのために何か欲しいものはないかい? 俗に言うスカウト条件と言うものさ!」
「……一つ、質問しても?」
「もちろんだとも! 何でも、聞いてくれたまえ」
「何故、私なんですか?」
学力は平均より上程度。運動能力は平均以下。
インフルエンサーのような集客力もなければ、プラモだって素人趣味でコンクールに出したこともない。
普通どころか普通以下。
こんな風に特別扱いされる謂れはない。
それが一番気になることで、そして不安なことだったのだが……。
「色々あるけれど、単純な理由は君なら来てくれると思ったからだね」
「……へ?」
「考えてもみたまえ、君。"神科大の箱舟"だよ? 誰が乗りたがる? 箱舟というよりも、むしろ泥船じゃないか」
くっくっと、悪役みたいな笑い方でなぎさは言った。
「その泥船を復活させようと?」
「面白そうだろぅ?」
あさひは溜息で返事をした。
「申し訳ありませんが、もう一つだけ質問しても?」
「ああ! 何でも聞いてくれたまえ!」
「貴女の、神楽坂なぎささんの思惑を教えて下さい」
「……ほぅ。ほぅほぅ! 神科大の意図ではなく、今回のメインである兄さんでもなく、この私? 本当に、私の思惑など聞いても良いのかい?」
「ええ。だって、貴女ですよね? 黒幕は」
なぎさはにやりと笑う。
それは、言葉以上にわかりやすい肯定だった。
そして悪魔らしく、彼女は正直に答えた。
「私は彼女の、"紅"のファンだったのさ」
あさひは瞳を閉じ、その言葉を考える。
嘘偽りは感じない。
そして、それは確かに、箱舟を復活させる理由となる。
他の誰でもなく、自分も"紅"のファンだから、それがわかった。
純粋に、彼女の後を継ぎたいと願った。
彼女の失われた未来を綴りたいと思った。
彼女の折れた翼を癒し、再び駆け上がってほしい。
そのための箱舟再誕であると――。
あさひはしばらく目を閉じたまま沈黙し……その瞳が開かれると、何も言わずおもむろに立ち上がった。
「おや? どうかしたかい?」
相も変わらずどこか挑発的な笑みのまま、なぎさは尋ねる。
「いえ、もう話すこともありませんので。推薦はお断りします」
「それは残念。色々と用意したのが無駄になってしまった」
「御足労をかけ、申し訳ありませんでした」
再びお嬢様の仮面をかぶり、部屋の外まで。
最後に、あさひはドアの前で立ち止まり、振り返った。
「では、神楽坂先輩がた。来年、どうぞよろしくお願いします」
それだけ言い残し、彼女は部屋の外に出て行く。
扉の向こうで、なぎさの大きな笑い声が聞こえたような気がした。
そう……推薦なんて必要ない。
特別扱いなんて求めない。
箱舟を再び。
それは彼女が人生を賭けるに十分値する、熱のあるものだった。
「……まいったなぁ。来年の話なのに、こんなに熱くなってる……」
自分の心臓が、痛いほど高鳴っていた。
だからだろう。
既に頭の中は、どうやって父を説得するか。それしか考えていなかった。
それからしばらくして……。
予定通り、あさひは『神代科学技術大学』に合格した。
共通テストが始まる頃にはすでに合格が決まっていたため、他の受験生が机に向かう中、あさひは心置きなくロボ活に没頭し、そのまま女子校生活に別れを告げた。
卒業式では同級生たちにこれでもかと惜しまれ、さながら感動映画のラストシーンのような涙の別れとなった。
もっとも、当のあさひは少しだけ安堵していた。
どうして女子校なのに身の危険を感じる機会があれほど多かったのか。
その疑問だけは、最後の最後までわからないままだった。




