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『R.I.S.E.:Over the Sky』~虚弱少女はいかにして浪漫を貫くに至ったか~  作者: あらまき
PROJECT: ARC

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白か赤か(前編)


 高校三年の春。他の生徒は皆決め切った後だというのにあさひはまだ進路を決めかねていた。


 と言っても、別に困っているわけではない。

 決めていないのは焦る必要がないからというだけであり、おおむねの方針は既に決定していた。


 今のところ、進路希望は三つ。


 "一つ目"は、県外でそこそこ偏差値の高い大学。


 無難で堅実。

 けれど何の問題もないから最有力候補。


 "二つ目"は、地元への就職。


 この辺りは田舎の割に裕福な土地で、なおかつ両親の縁にて、あさひは幾つかの地元大手企業にコネがある。

 いや、コネというよりも身内判定に近い。


 就職したいと言えば顔パスで、それどころか現時点で奪い合いさえ発生しかねない。

 大学組と同レベルかそれ以上の待遇を受けながら、若いうちから信頼出来る企業で働ける。

 それは大学進学にはないメリットが多く含まれているだろう。


 "三つ目"は、両親の手伝い。


 まあこれは手伝いというよりも家事要員という名の『ヒキコモリ』に近い。

 あさひとしては好ましくない選択肢なのだが、父はこの選択肢を、大いに期待している。


 家で暮らして欲しいし、何ならずっと家から出ないで欲しい。

 あさひの父、天羽(さとる)はドの文字を幾つ付けてもつけたりないほどに過保護であった。


 この三つのどれを選んでも、あさひは幸せになれると確信していた。

 その程度は恵まれているという自負もある。


 そもそも、あさひが本当になりたいものは『PD(パイロットドライバー)』、つまりユニットの搭乗者である。

 その夢の過程しかない進路に、そこまでの差異はなかった。


 強いて言えば、三つ目は避けたい。


 PDはそれなりに険しく厳しい道な上に危険も多い。

 過保護の父からの妨害は想像に難しくなかった。


 そう……どれでも良い。


 だからこそ、あさひは期待してしまうのだ。

 三つの選択肢を捨てる決意をするほどの、新しい選択肢に――。


「……まるで悪魔のささやきみたい」

 小さな声で、あさひは呟く。


 その手に持たれていたのは、宛先指名で送られてきたパンフレットと願書含む書類一式。


 つまりあさひは、大学側から逆指名されていた。


 高校三年の春なんて大方の生徒が進路の方向性を定めている重要な時期に飛んで来た、とんでもない横やり。

 これは、普通の人なら心をかき乱すに十分なものだろう。


 だというのに……あさひの目は、爛々に輝いていた。


 彼女が求めているのは、退屈な日常ではなく刹那の瞬間。

 爆弾のようにすべてを染め上げ、そして消える紅蓮の激情。


 そんな【情熱】を――彼女は求めていた。


『ご案内します。三年、天羽あさひ様。至急、事務室の方に向かって下さい。繰り返します。三年、天羽……』

 呼び出しが聞こえた瞬間、教室は大きくざわめく。

 皆の視線が集中する中あさひは立ち上がり、微笑を浮かべ微笑み頭を下げて、教室を後にした。




 呼び出しがあった事務室の前で、あさひは立ち止まる。


 事務室と言っても、ここは外部のお客様の応対をするための部屋で、本質は応接室である。

 それもどちらかと言えばお偉いさんの接待場であり、つまるところの貴賓室。

 だから当然、あさひもほとんど来たことはない。


 そんな事務室のドアを、あさひは少し緊張しながら、静かにノックした。

「どうぞ」

 見知らぬ男性の声に、あさひはびくっと身体を小さく震わせる。


 ここはお上品で、しかもロボットアニメの話が全く通じないような天下のお嬢様学園。

 お花とお茶会が似合いそうなたおやかな淑女ばかりで、『ごきげんよう』なんて挨拶が存在する。

 同時に、あさひのような"ちょっと変わった趣味"を持つ生徒も仲間外れにもいじられもしないような、本物のレディの育ての場――。


 いやむしろちょっと距離感が近すぎたり妙に艶めいてたりで逆にあさひは身の危険を感じている。

 何故か知らないが"小リスちゃん"とか"餌付けしてしまいたい"とか言われて変な美人ホイホイになっているなんて友達に苦笑されるような、そんな女の園。


 だからつまり、ここは男子禁制に等しい場所であり、そしてそれが許される程度には、相手は特別ということ。

 ちょっとした期待と変な緊張を覚えながら、あさひはドアを開いた。


「失礼します」

 出来るだけ丁寧に、お嬢様らしくあさひは挨拶をする。


 学園の気品を貴び、乱すべからず。


 そう、先生方から口が酸っぱくなるくらいに言われていた。

 そして、丁寧な挨拶をした数秒前の自分にあさひは感謝する。


 部屋の中には、悪い意味で有名な生徒指導の鬼教師がジロリと鋭い目で待機していた。


 鬼教師の彼女以外にあと、男女が一人ずつ。

 どちらも、あさひの知らない顔だった。


 男の方は無骨で端正な顔立ちをして、いかにも真面目そうな外見。

 イメージで言えば実直な生徒会長。

 とても眼鏡が似合っている。


 女の方も整った容姿で、文句なしの美人。

 背もそこそこあって、出るところは出て引っ込むところはしっかり引っ込み。

 柔らかい笑みなのに自信に溢れていて、外見レベルが高すぎて本当に同じ女なのかと悩んでしまいそうになる。


 ただ……柔和な笑みが、どこか挑発的にも見える。

 いたずらっ子のような、そんな雰囲気があった。


 そしてこれは単なる推測だが、おそらく二人は"きょうだい"だろう。

 纏っている雰囲気が、とても良く似ていた。


「どうぞ。お座り下さい」

 長テーブルの中央に居る男性に言われ、あさひは頷き席に着いた。


「ならば、私はお茶でも入れよう。君は紅茶で良かったかい?」

 ニコニコ顔で女性はそう言って立ち上がる。

 どこか芝居がかった、もったいぶったしゃべり方だった。


「良いから座ってろ……。というか、俺たちは外部の人間だ。余計なことするな」

 うんざりとした声色で男は吐き捨てる。

 とても疲れているであろうことが、雰囲気が伝わっていた。


 男の言葉など聞こえなかったかのように気にもせず、彼女はニコニコと奥に消えていく。

 なんとなくだが、二人の関係性はそれで見えた気がした。


「……既に伝えさせていただいていますが、改めて。天羽あさひさん、我々は貴女に『神代かみしろ科学技術大学』への入学をお願いに来ました」

 空気を変えるためだろう。

 彼はいきなり本題をぶち込んできた。


「それは事前に聞いておりますが、詳しい話をここで尋ねてもよろしいでしょうか?」

 きわめて冷静に、落ち着いて失礼のないように……。

 そう務めるあさひだが、内心は期待でいっぱいだった。


 あさひは自分が特別ではないことを知っている。

 跳びぬけた学力があるわけでもなく、スポーツが得意というわけでもない。

 平凡……ではないだろうがそれは変わり者という意味であり、決して成功者ではない。


 そんな自分を、大学が逆推薦してきた。

 それもこんなギリギリの時期に。


 面白そうと思わないわけがなかった。


 とはいえ……この時点では、ただ"面白い"というだけの話に過ぎない。

 はっきり言えば、今のところ受けるつもりは微塵もなかった。


 流石に面白そうというだけで大学を決めるほどあさひは破滅主義者でもなければ、両親への恩知らずでもないつもりだ。


 神代科学技術大学については、あさひも良く知っている。

 地元……というか家から通えるほど近くの大学であり、そして子供の頃の思い出の場所でもある。

 逆に言えば、それだけ。


 大学目当てならもっと上の大学に行くべきだし、地元が良いなら地元大企業に就職した方が利点が多い。

 あさひが進路として選ぶ理由は微塵もなかった。


「まず、私の紹介をさせてください。私は『神楽坂達臣かぐらざかたつおみ』。神代科学技術大学工学部一年です」

「え!? 一年!?」

 叫ぶつもりはなかったのに、あさひの口が勝手に動いていた。


 女性教師は眉を顰め睨み、名乗った男――達臣は眉を落とし、どこかしょんぼりしていた。


「あっはっはっは! 学生ではなく、一年であることに驚くとは! まあ、老け顔だからねぇ兄さんは。しょうがないことだと諦めたまえ。ちなみに私は『神楽坂なぎさ』。兄さんの双子の妹という奴だ。まあ、よろしくたのむよ」

 そう言葉にしながら、なぎさはご機嫌な様子で、宣言通り紅茶を入れあひさの前にそっと置く。


 あさひはなぎさにぺこりと頭を下げながら、紅茶を見つめる。

 この鬼教師と双子に見つめられている中、一体どのタイミングで紅茶を飲めばいいのだろうか。

 あさひは静かに悩んだ。


「た、確かに、この場で天羽あさひさんの一年先輩でしかない我々が居るというのはおかしな話でしょう。けれど、これは決してお遊びやいたずらの類ではなく――」

「その辺りはわかってますので大丈夫です。お二人は神楽坂理事長のお孫さんで、大学運営に携わっているんですよね?」

 あさひがそう口にすると、達臣は無言となる。


(あ、やっちったかなこれ)

 達臣は空気を変えるため、強引に話を戻そうとしていたことに口を挟んだ後であさひは気づき、ちょっとだけ罪悪感を募らせた。


 理事長の孫で、大学生でありながら運営サイドにいる。

 それは事前に送られたパンフレットに書いてあることだった。


 困った顔で口をぱくぱくさせる達臣を見て、なぎさはくすくすと笑った。

「あっはっは! やっぱり兄さんは駄目だねぇ」

「う、うるちゃい! ご、ごほん! 煩い!」

 噛んだことがよほど恥ずかしいのか、達臣は顔を真っ赤にする。

 そして、そんなこと知ったことじゃないとなぎさはご機嫌な様子で笑っていた。


 どうやら、二人は想像以上に大物らしい。


 うちの進路指導は、他校の生徒であろうと容赦なく叱りつける。

 そんな鬼教師が、さっきからずっとレモンを齧ったような顔で固まっていた。


 そしてこの空気ならば、多少粗相をしてもこの場で叱られることはないだろう。

 そう理解したあさひは態度を緩め、用意された紅茶を口に含む。


 なぎさの外見がお嬢様っぽいことからちょっと期待していのだが……用意されたものは、単なるインスタントだった。


「さあさあ、代わりたまえ。ここからはこの私が、彼女と話をさせてもらおうか!」

 なぎさはわざわざ達臣を席からどかし、その席を奪い取ってから、あさひと向き合う。


 そして、ただ一言尋ねた。


「白と赤。君はどちらが好みかね?」

 その問いに、あさひは目を大きく見開いた。


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