天羽あさひ
シャワーヘッドから放たれる水流が、細かな霧となって彼女の肌を叩く。
その温かさは、零れる深いため息と共に彼女の身体に染みわたっていった。
朝という空白の時間を利用してシャワーを浴び、お気に入りの音楽に没頭する。
優雅で、それでいて贅沢な時間。
このリラックスタイムは、彼女にとって日課に近い時間だった。
そこだけ聞けば、とても女の子らしい素敵な子だと思えるだろう。
そう……そこだけ聞けば。
やせぎすで、ちんまくて、子供みたいで。
だから、外見だけは女の子らしいかもしれない。
「ふんふ~ん。ふふ~」
ご機嫌な様子で、歌に合わせて鼻歌を。
ただ……その今流れている"お気に入りの曲"は、妙に力強い。
その歌詞だって『熱く』とか『貫け』とか、そんな陳腐なものが続いている。
そう――ロボットアニメである。
ひと昔……いや、ふた昔よりもっと前に流行った、熱血ロボアニメ。
それも有名な方の主題歌ではなく、後半の強化合体シーンにのみ流れる挿入歌なんていうドマイナーな方。
少なくとも、十八になろうという女性が好んで聞く曲ではない。
この時点で大分アレな感じの子だが、シャワーを浴びている理由の方はもっとひどい。
シャワーを浴びる前、彼女の腕はカラフルな線でいっぱいになっていた。
これは彼女がプラモで筆塗りをする際、調色……つまり色を混ぜる作業で作った色を、一旦自分の腕に塗って確認するという悪癖を持っていることが理由となる。
更に言えば、彼女は缶スプレーも多用するタイプのモデラーでもあった。
さすがの彼女も、そんな状態で学園に向かうという暴挙に出るつもりはない。
けど、毎回手を洗ったり臭いを誤魔化したりして登校するのもめんどうくさい。
だったらいっそシャワーの方が早いんじゃないだろうか。
彼女がいつも朝にシャワーを浴びるのは、そんな短絡的な理由だった。
そんな彼女を"女の子らしい"と表現するのは、少々暴挙に等しい。
というか、これを"女の子らしい行為"とするならば、『世のロボアニメ好き男子はみんな女の子』なんていう地獄の窯を開いたような証明が成立するだろう。
だから彼女――『天羽あさひ』は、ただ単にロボットアニメが好きなだけの、ちょっと変わった女の子だった。
身体を清めたあさひは鏡台の前に座り、ドライヤーを手に取りスイッチを入れる。
あさひの部屋で女の子らしいものなんてのは、この白く可愛らしい鏡台くらいなものだった。
髪を乾かしながら鏡に映る自分の姿をじっと見つめ……眉を落として小さく溜息を吐く。
中学時代、『あさひはこれからだよ!』なんて慰めを信じて早数年。
高校三年生になったというのに、今だに中学生と間違われるなんて悲しき定めをあさひは背負っていた。
ただ、こんな貧相な身体でも一つだけ気に入っているものがあった。
そっと彼女は、自分の髪を撫でる。
限りなく白に近い銀色の、光を宿したようなショートヘアー。
これだけは、今の自分の容姿で大好きだと胸を張れた。
昔は、自分しかいない上に白髪に見られているから、この銀髪が嫌いだった。
けれど、ある日を境に一気に逆転した。
そう――ロボットアニメだと、主人公とかヒロインに銀髪が多いのだ。
他人と違うことなんて、自前の髪でロボットアニメヒロインのコスプレが出来ることに比べたら些事に過ぎなかった。
「……ま、こんなもんで良いかな」
短髪だからすぐ乾くというのに、適当にドライヤーを止めるあたりで、彼女の性格が垣間見える。
その後、時計を見ながら彼女は制服に手を伸ばした。
制服に身を包み、カバンを持ち、支度を済ませてからあさひは慌て気味で部屋を出る。
いくら朝早く起きたとはいえ遊び過ぎて、さすがにそろそろ時間が厳しくなってきた。
そのまままっすぐ玄関に向かう……はずなのに。あさひは、ついうっかりリビングにあるテレビを見てしまった。
自分でも、それは不味いとわかっている。
時間がないのだからと、必死に気にしないようにしていた。
けれど……見てしまったらもう駄目だ。
「ちょっとだけ……ちょっとだけ……」
ふらふらとテレビに吸い寄せられながら、自分にそう言い聞かせ、あさひはテレビの電源を入れた。
あさひは確かに、ロボットアニメが好きである。
最近の物だけでなく、父親よりも前の世代のアニメだって当たり前のように見ている。
むしろアニメだけでは飽き足らず、ゲームやプラモにまで食指を動かし、その趣味とは相対的に部屋の女子力は低下。
今ではすっかり地の底となった。
けれど、あさひが本当に好きなのはロボットアニメではない。
すべての女子力を捧げたそれは、あくまで副産物に過ぎなかった。
あさひの視界が離れないテレビの先。
そこでは、現実世界での"ロボット同士の戦い"が行われていた。
テレビの先で、合計六機のロボが三機同士に分かれ、広いフィールドで激しい銃撃戦を繰り広げられる。
実況のけたたましい声と、無数の歓声の様は、まるで野球中継かのよう。
その中でも、一機のロボットに注目するようカメラは動いていた。
シャープな、まるで最新アニメの主人公ロボットのような細身の巨体が、低空飛行のようなホバリング機動で縦横無尽に駆け巡る。
そのホバリング機である推定七メートルの巨体は、他の機体では追いつけないような尋常じゃない速度を出していた。
他の機体にその機能はなく、人のように地に足をつけ、その機体を追いかけ回している。
とはいえ、他の五機も鈍足というわけではない。
むしろ巨大ロボとして考えたら相当に俊敏だろう。
それでも、その一機は他の追随を許さぬ圧倒的速度でフィールドを走り抜けている。
それゆえに――戦況を悪化させる。
これがバトルロイヤルではなく、チーム戦であるからだ。
ロボット――いや、『イクス・ユニット』と呼ばれる機体三機同士で行われるチームバトル競技。
『Robotics Industrial Simulation Engagement』
通称『RISE』。
これこそ、あさひが憧れて仕方がない世界だった。
生中継で映し出される機体や彼らの動きがありえないくらいに洗練されているのは当然と言えば当然だ。
今あさひが見ているのはトッププロの、それも外国の大会であるのだから。
残念ながらユニット分野では日本は後れを取り、二流国家となっている。
……いや、準一流くらいだろうか。
日本もその自覚があるからこそ、こうして他国の優れた大会をテレビでたびたび放送していた。
テレビの需要が減って枠が余りまくっているという側面もあるにはあるだろうが。
ホバリング機が周りと距離を取りすぎたせいか、仲間の二機が三機の集中砲火を受ける。
三機で連携を取っている方は、外見の差異はほとんどない。
それは性能を統一した連携を取るために加え、撃墜されたら即敗北となる『リーダーユニット』がどれか特定させないためだろう。
またそのデザインも逆関節の足、両腕ガトリング、頭部は胴体埋め込み式と、人型よりも二足歩行兵器というような、無骨でミリタリー色の強い外見をしていた。
三機サイドはきっちりと相互連携を組み、ガトリングによる十字砲火にて、分断された二機を追い詰める。
二機サイドは回避と電磁障壁を用いて凌いでいるものの、素人目にもこのままだと不味いと理解出来るほどに追い詰められていた。
突出した一機、リーダーユニットであることが確定するホバー機は、僚機のカバーに向かわず、挟撃のため三機の裏を取りに動く。
それは見捨ててではなく、むしろ"仲間なら凌げる"と信じてのリーダー的判断なのだろう。
押し切って撃墜出来るか、間に合わず挟撃されるか。
手に汗握る展開にじっと見入っていたあさひは……はっと我に返り、時計を見る。
バスの時間まで、あと五分。
あさひの足だと、バス停まで十五分はかかる。
完全に遅刻ルートである。
さっきまで燃えに燃えていたというのに、今は終わってバケツに突っ込まれた花火みたいな心境となっていた。
流石に、録画しているテレビを見て遅刻したとなれば両親はキレるだろう。
受験生なのにお前は何をしているんだと日々言われているあさひとしては、それは正直避けたい。
どうしようか悩んだ末……あさひは、母親に慌てて頭を下げに向かった。




