箱舟の創設者
たとえライズバトルが巨大メカバトルなんてド派手な競技であっても、この大会の試合内容に期待している観客はほとんどいない。
所詮は初心者だらけの学生大会。参加者の家族や知人でもなければ、わざわざ見に来る価値は乏しい。
それ以外なら近隣住民や暇人、それに筋金入りのライズバトルフリークくらいなものだろう。
観客たちは競技を見に来ているというより、幼稚園児のお遊戯会を見守る保護者のような、そんな気持ちのはずだ。
だからこのレベルの大会でこんな現象が起きるのは、非常に珍しいことであった。
観客席から、ブーイングの嵐が起きるなんてのは――。
いや、これはむしろ"もともと試合内容に期待していなかった"からこその不満とも言えるだろう。
角に追い詰め、一方的な嬲り者にするその構図に、観客は怒りを覚えていた。
けれど、それは本気の証。
嬲り続けているのは、相手の牙がまだ届くと知っているからに過ぎない。
逆転の一手への対策としてこのような構図となるのは、ある程度レベルの高い大会ならそれなりによく生じる光景である。
非難轟々の中、なぎさと祐希の二人は、もうずっと言葉を発していなかった。
なぎさは、ここからでも何か出来ることはないかと、必死に探っている。
パソコンとタブレットを二台並列で動かし、ありとあらゆる方向から何か一手がないかを考えていた。
あの時、あさひは気づいていたのに何も出来なかった。
野生の勘にも似た何かで、助けを訴えていた。
それに何も応えられなかったということは、なぎさにとって屈辱以外の何物でもなかった。
祐希はただ、顔を青ざめさせるだけ。
ユニットの戦いについて、祐希は何も知らない。
けれど、あそこにいるのが友達だと思うと、身が引き裂かれそうな気持ちになった。
祐希の瞳から、涙が零れる。
「あんなに、自由だったのに……」
そう、天羽あさひという少女は、機体の中にいれば誰よりも自由だった。
羽ばたく翼のように空を跳び、縦横無尽に走り回って。
その自由が、縛り上げられた。
翼を奪われ、鳥籠に閉じ込められた。
それが、あまりにも痛々しかった。
「なんだ。せっかく来てやったのに、もう終わりそうじゃないか」
けだるそうな女性の声が二人に届く。
二人が振り向くと、彼女は緩やかに二人の傍まで近づいた。
その女性はモデルのように背が高く、そして引きずりそうになるくらい長い深紅の髪を纏っていた。
間違いなく美人のはずだ。
けれど、目の下の隈やら極端ななで肩やら、妙に疲れた様子がその美しさを阻害していた。
「あの……なぎさ先輩。知り合いですか?」
祐希の言葉に、なぎさは頷く。
「この方は『赤羽京香』。我らがアークの偉大なる部活顧問様さ」
「非常に不服なことだが、事実そのようになっているな。……で、君は?」
睨むような目で、赤羽は祐希を見た。
「あ、えっと……影山祐希です」
「そうか。もしもアークに入るつもりなら無駄だからやめておけ」
「え? いや、入る予定はありませんが……無駄というのは?」
「どうせ近いうちに廃部になる」
「ど、どうしてですか!?」
祐希の叫びを聞いて、赤羽は笑った。
疲れた顔で、けれど世界すべてを馬鹿にするような、そんな怨念めいた笑みでもあった。
「私が嫌いだから」
「そ、そんな理由で……」
「ああ。そんな理由だ。けどな、私にはその資格も権利もあるんだ」
「……どういうことですか?」
「――十年前、アークを作ったのは私だ」
赤羽は吐き捨てながらポケットに手を入れタバコを取り出してから、顔を顰めポケットにタバコを戻した。
祐希は、赤羽の燃えるような髪を見て、一つの名前に思い当たった。
「紅……」
その言葉に、赤羽は顔を顰める。
「そう。そうだとも! 良く気づいたね祐希君! 彼女こそが、私とあさひちゃんが大ファンとなった、十年前の伝説のパイロット『紅朱雀』であるのだよ! ……ああそうそう、あさひちゃんにはまだ言ってないし、通信もミュートにしてるから内緒ね」
「え? ど、どうしてですか!? ファンなんですよね?」
紅朱雀の名を聞いた祐希としては、なぎさの行動の理由は違和感しかなかった。
憧れのプレイヤーが傍にいる。
それが嬉しくないわけがないはずなのに……。
「そりゃ、“こんなん”になったら会わせたくないのが人情だろう?」
赤羽は自虐めいた笑みを見せる。
何と言うか、自暴自棄になっているようにしか見えなかった。
「いや、単なるサプライズだが? 二人の出会いはもっと相応しい場所があるということだよ!」
「ああそうかい。くだらないことだ。ああそうそう。一応は顧問らしいことをしてやろう。なぎさ、今大会の賞金は来月まで使うな。これは顧問命令だ」
「……構わないが、どうしてか聞いても?」
「遅くても来月には潰せる算段が付いた。潰れた後なら、賞金は個人に行くだろう? 潰れる部活に浪費する必要はない」
「……ははぁ。なんと生徒思いの先生だことで。それで、潰すのに失敗したらどうするつもりで?」
「その時はその時で、私はクビになってる。どっちに転んでも私は縁が切れるって寸法だ。どうだ? 賢いだろう?」
その笑いは、あまりにも痛々しかった。
「どうして……そんなに自分を蔑ろにするんですか。そんな美人なのに……」
祐希の呟きに、赤羽は反応した。
「ふむ? 祐希と言ったな。私に協力してくれるなら、処女くらいならやるぞ?」
「ぶっ!」
祐希は吹き出した。
「ちょ、ちょっと何を言うんですか?」
「容姿を褒めたというのはそういうことだろう?」
「違います! 純然たる事実ですよ!」
「そうか。まあ、どうでも良いがね」
「……どうして……」
「あん?」
「どうしてそこまで、アークを、部活を潰したいんですか?」
「……むしろ、何故潰したくないと思うんだ? 十年前、大事故を起こし、アークを忌み名に変えた私が」
「…………えっ?」
赤羽はどこからともなくパイプ椅子を取り出し、座った。
「よっこいしょっと。……奇特な奴らだ。プロにさえなることのなかった私のファンになどならずとも良かろうに」
それは暗に、いや直になぎさを責めていた。
アークの名を受け継がなければ、別にどうでも良かった。
自分のような、誰かを不幸にした存在の後釜になどなる必要はない。
もう二度とユニットと関わらないと決めた、自分なんかを巻き込むな。
だというのに、その自分を苦しめるすべてを、なぎさは選んだ。
権力を使い、強引に自分を顧問とし、アークを再び開かせた。
赤羽が、なぎさを恨んでいないわけがなかった。
「……それで、もう帰っても良いか? どう考えても消化試合だろう。これ……」
呆れ口調で、赤羽は呟く。
幾ら自分に価値がないからと言って、ブーイングまみれの退屈な試合に時間を割くほど暇ではなかった。
「それになにより、赤が気に入らん。なんだあの赤。ダサいデザインしやがって」
「おや。紅朱雀さんは気に入りません?」
なぎさの言葉に赤羽は顔を顰めた。
「そのクソださい名で呼ぶな。そいつは十年前に死んだ」
「私にはそうは思えないのだがねぇ。……では、余興代わりだ。一つ、私と賭け事にでも興じてみないかね?」
「ふむ、何についてだ?」
「この試合を最後まで見て欲しい。そしてもし、もしも、あさひちゃんが勝てなければ、素直に廃部を受け入れようじゃないか」
赤羽の眉がぴくりと上がった。
「そのあさひってのは、どっちだ? 勝ってる方なら受けんぞ?」
「赤い方だよ」
「それなら良い。で、仮にもしもの話だが、赤い方が勝ったら私はどうすれば良い?」
「別にどうも。この試合を最後まで見てくれたら、それで十分」
にこにことしながらのなぎさに、赤羽は眉を顰め、怪しむように睨んだ。
「どうせ貴様のことだ。口約束など平気で反故にするだろう」
「ああ、なんという悲劇だ! 教師が生徒を信じぬなんて! 悲しくて涙が出そうだよ」
「誰よりも信じてる自覚があるんだが? むしろ信じてるから貴様のやりそうなことがわかるんだが?」
「それで、どうするかね?」
けろっとした顔のなぎさに、赤羽は溜息を吐いた。
「万が一程度かもしれないが、貴様が口約束を守る可能性も無きにしも非ずだ。藁にもすがる気持ちで受けてやろう」
「おお、それはそれは。貴女に感謝を」
なぎさは仰々しく頭を下げた。
「ま、どうせすぐ終わるだろ。これ」
角に追い詰められて、削れていく姿を見て赤羽は呟く。
この十年、ユニットにはまったく関わっていない。
それでも、これに関してはあまり時代は関係ない。
もう、勝負が付いている。
そして、その瞬間が訪れた。
赤い機体が、障害物を踏み台にするその瞬間。
それを、赤羽は見た。
破れかぶれになったのか、角から逃げるためか。
何にせよ、それは悪手に過ぎない。
その行動は、最初から読まれている。
障害物に乗った時には既に、もう一機のコヨーテはハンドガンを捨て、背中のショットガンを構えていた。




