見えない強さ
開幕ファストドロウは確かに高度な技術だろう。
ハンドガンでの精密狙撃を、片手で瞬時に行う。
さながらウェスタンランドの保安官のように。
けれど、その本質は純粋な射撃技術ではない。
どちらかと言えば、いかに『試合開始前に射撃準備を行えるか』の方が重要となってくる。
つまり、事前準備されたと判定されない程度にこっそり腕を動かす技術がその本命。
つまり、サッカーにおけるマリーシア。
ぶっちゃけ"ズル"である。
ルール違反ではない。
けれど、限りなくダーティプレイに近い邪道の技術であった。
そんなプロでも珍しい一発から試合が開始され、ハンドガン同士での高機動の銃撃戦に移行。
同型機でありながら同一陣営との勝負ということで、会場は大いに盛り上がりを見せた。
――最初だけ。
観客が楽しんだのはほんの五分程度。
同型機同武装にて五分も戦えば、観客の誰もが理解できてしまった。
あまりにも、実力が違い過ぎると。
賞金が出るとはいえ、ここは良くも悪くも初心者に毛が生えた程度の最下層の大会である。
勝敗は基本的にユニット・武装の性能・相性差で決まる。
だから、今まではカイが勝っても装備が優れていたと観戦者・敗者共に皆そう考えた。
対戦相手の技量を見抜けないからこそ、初心者は初心者足りえる。
けれど、こんなものを見せつけられたら理解せずにはいられない。
明らかにこの試合だけ、実力が浮き出ていた。
お互い、動きそのものに大きな差はない。
反時計回りに早歩きしながら、銃撃しつつ時折遮蔽物を利用するというもの。
だというのに、その結果は圧倒的なものとなっている。
むしろ、同じような動きだからこそ、誰もが理解出来てしまうのだ。
カイという男は、一人だけ違う世界の住民であると。
「どうして……当たらないの……」
あわわわと慌てた表情で、なぎさに招待され見学に来ていた祐希は慄いた。
結果だけを言うなら、一言で済む。
あさひが一方的に被弾していると。
あさひが両手で一つのハンドガンを構え、時に足を止め、時にはしゃがみ込んで狙いを定めて射撃しているというのに、何故か一発も当たっていない。
なのに、カイの片手で放つハンドガンだけ命中している。
命中率そのものはそう高くなく、精々一割程度。
けれど、一割程度とゼロではその意味は大きく異なる。
完全なるワンサイドゲームとなっていた。
双方操縦技能が高いことはわかるのに派手に動くことはなく、ただしょっぱいダメージを蓄積するだけの塩試合が延々と続いている。
色々な意味で、観客の心は無と化していた。
「いやはや……本当にわからないな。どうしてだろう。あさひちゃんだって射撃精度が悪いわけじゃないし……」
なぎさはモニターを見ながら、苦笑して呟く。
けれど、その目には確かに焦りが含まれていた。
何とか支援をしたくて解析をしてみたものの、理屈も結論も不明なまま。
あさひが悪いのか、カイがおかしいのかさえ、なぎさには判断がつかなかった。
「僕は乗ったことないからわからないんですが、そこまで腕で変わるものなんですか?」
「ううむ、その問いは、イエスでもありノーでもある。祐希君、君はネットバトルの方は嗜まないのかい?」
「RAEオンラインですか?」
「あれはシミュレーターだから、ほとんどそのままみたいなものさ」
「それなら、ユニットに自動補正付いてますよね?」
「そう。そうなのだよ! イクス・ユニットには射撃自動補正機能がある。その性能分だけ、命中精度の最低保証はあると言っても良い」
なぎさの言葉を聞いて、祐希は考える仕草を見せた。
「じゃあ……どうしてこんなに差が? 同一機体なら差はないんですよね?」
「いや、そうでもない。というか、二人とも最初からそんなものに頼ってないんだ」
「えっ?」
「どうやら、コヨーテ程度の自動補正では、二人にとってはほとんど足かせに等しいらしい」
なぎさは苦笑して呟く。
機能を全く活用していないわけではない。
だが、自動補正を前面に出すような安易な射撃は、双方共にこれまで一度たりとも行っていなかった。
「カイさんは、経験者だからそうなるのもわかりますが……どうしてあさひさんもそんなことに……」
「あれ? 彼女は君に言ってなかったのかい? あさひちゃん、RAEオンラインのランカーだよ?」
「うぇっ!? いや、聞いたことないですよ!?」
「そうか……。もしかしたら言ったら不味かっただろうか……。いや、大丈夫だろう。あさひちゃんは君に内緒にするような性格じゃない。たぶん、どうでも良かったんだろう」
「どうでも良かった……ですか?」
「あさひちゃんにとってRAEオンラインは練習に過ぎないってこと。おっと。話を戻そうじゃないか。……だから、二人とも、射撃の実力は十分すぎるくらい高いはずなんだ」
そう、二人とも他校のレギュラーに入れる程度の実力は最低保証として持ち合わせている。
だからこそ、それに届かないなぎさには、この二人の差異が何故起きているのかという理屈について、全く理解できずにいた。
「ああ、そうだった。そう言えば君はミリタリーが趣味なんだろう? 祐希君、この現象の理由について、何か思い当たらないかい?」
「いや、僕はそんな詳しいわけじゃあ……」
「まあまあ良いから見てみたまえ! 君だってあさひちゃんの役には立ちたいだろう?」
なぎさはモニターを傾け、強引に祐希に目を通させる。
困惑しながらも、祐希は不安そうな表情で射撃データと実際の試合風景を交互に確認していく。
祐希の趣味はミリタリーといっても広い分野ではなく、いわゆるガンマニアと呼ばれる傾向にある。
特に、祐希にとってハンドガンは最も好きな武器種のため、興味がないわけではなかった。
「これ、お互い偏差射撃はきちんとできてますよね?」
祐希の問いに、なぎさは頷く。
「もちろん。してなかったら当たってないよ。いや、あさひちゃんは当たってないね。……やっぱりその辺りの差かな?」
「いえ……それもたぶん、違います」
「ふむ? 何かわかるのかね?」
「……その……おかしなことを言いますよ?」
「ほぅ……。どうぞ」
「えっと……その……射撃に関して言えば……あさひさんの方が、上手な気がします」
「――はい? だったら、どうして一発も……」
「だから、おかしいんです。いや、ハンドガンで狙い撃ちってのも大分変な話ですけど……そうではなく、胴体狙いの偏差射撃が成立しているので、どれだけ相手が避けてもラッキーヒットはあるはずなんですよ」
「……おやぁ。もしかして、私達が思うよりこれ、高度な戦いしてる感じかい?」
「わかりません。けど……僕の見る限り、あさひさんの射撃に問題があるようには思えません」
祐希となぎさは互いの顔を見合わせる。
二人とも背筋に、何か冷たいものを感じていた。
退屈な塩試合で観客は完全に飽きている。
けれど……二人だけは、試合から目を離すことができなくなっていた。




