情熱と冷静の間
「どうしようっかなー」
あさひはカイからのコールサインを、ニヤニヤしながら見つめていた。
『ここは出るべきだ。君はカイ君と、もっと正しく相互理解を深めるべきなのだから。その必要があると、私は愚考するよ』
セコンドについたなぎさの言葉に、あさひは苦笑する。
「相互理解ねぇ。なぎさ先輩が見たいのは、格闘技の前にやる煽り合いみたいなトラッシュトークでしょ?」
『それも否定はしないとも。とはいえ、主人公が決闘を申し込むシーンというのは、物語上において見どころの一つじゃないかと思うのだが、どうだろう? 是非、私を助けると思って』
「はは、パイセンはパイセンだなぁ」
微笑みながら、カタカタとキーボードを叩き、接続をオンにした。
ご丁寧に、なぎさにも聞こえるような形で。
『繋がったということは、天羽……なんだよな?』
「はいはーい。天羽あさひさんですよー」
気さくな返事に、カイの脱力する様子がこちらからでも見て取れた。
『そ、そうか。……よく勝ち残ってきたな』
「ははははは、まーねー」
笑うあさひだが、その目は笑っていなかった。
『それで、どうする?』
「どうするって?」
『今回のような同一大学でぶつかった場合は、どちらかが降参するのがセオリーだ。下手に故障したら賞金どころではないからな』
「――は?」
『安心してくれ。八百長判定にはならない。運営側もそれくらい見逃してくれる。普通に考えたら俺が先に進むべきだが……天羽は譲るつもりはないだろう。だから俺が降参する。それで良いか?』
「い……良いわけ……良いわけないだろぶぁぁぁぁか!」
絶叫だった。
それはもう、魂からの叫びだった。
うすうすわかっていたつもりではあるのだが、ここ来てあさひは理解する。
こいつは、ムカつくと。
『は、はい?』
「うんうん。確かに通信しておいて良かったよ。最悪、試合中に降参されるところだった。よく聞け、カイの馬鹿野郎! 私はね、あんたをボコすためだけにここに立ってるの!」
『……なんで?』
カイとしては、本気で理解できないのだろう。
たった三文字に、これでもかと困惑がにじみ出ていた。
「その上から目線がムカつくからよ! あんたは自分が上だとわかった上で、お情けで私と競わないよう逃げたのよ!」
『い、いや。あれはそうじゃなくて――』
「たとえどんな理由があろうと、私は許さない。見下すでもなく、侮辱するでもなく、ただ譲ったこと。私をパイロットだと認めない、あの考えだけは、絶対に!」
そう……カイは地下での競い合いの時、勝負にわざと負けた。
それはカイにとって、あさひは競う価値もなかったから。
ライセンスがないから、女だから、虚弱だから。
だから『お前はパイロットじゃない』と、カイは言っているようで……それが、何よりも許せなかった。
見下されても良い。
馬鹿にされても良い。
実力の差は理解している。
それでも、あさひはせめてパイロットとして扱ってほしかった。
ただ、それだけだった。
『……すまん』
それは、とても弱々しい声だった。
力なく、後悔が強くにじみ出た謝罪の言葉。
そして同時に、無意識に自分が見下していたことを理解し受け入れた、侮辱的な……。
「悪いと思うなら――全力で戦って。その上で、私が勝ってみせるから」
『そんなこと、できるわけが――いや、わかった。お前がそう望むなら、そうしよう』
「ええ、望みますとも。それじゃ、良い勝負をしましょうねそのツラぎったぎたにしてやる」
それだけ言って、一方的に通信を切る。
そう、それで良い。
見下す価値もないとちやほやお客様扱いされるよりは、雑魚と見下された方が全然マシである。
フィールド指定位置に立ち、あさひとカイのコヨーテが相対する。
その直後、フィールドの下から無数の白い建造物がせり上がった。
ばたんばたんと音を立てながらフィールドは変形し、一瞬で特撮のジオラマのような、どこか陳腐な街並みへと様変わり。
地下演習の時とも似ているが、あの時と違って建造物は全身を隠せない。
その高さは高い建造物でも精々三、四メートル程度。
身の丈を隠すには足りない、けれどしゃがめば"ある程度"の銃弾を凌げる程度の、頼りない遮蔽物だった。
フィールド変更にも、あさひは驚かない。
驚く余裕もないほどに、神経を高ぶらせ戦いに集中していた。
『カウント、始まったよ。幸運を――いや、違うな。ジャイアントキリングを期待してるよ。あの“紅”のように』
なぎさの言葉で、あさひは少しだけ冷静さと、それと自信を取り戻した。
静かに息を整え、その時を待つ。
そして――試合開始のブザーが鳴った。
開始直後、カイのコヨーテから閃光が迸った。
『開幕ファストドロウ』
それはプロの試合でも使われる、れっきとした高等技能である。
しょっぱなの攻撃を予測していたわけではないのだが、事前に横移動を入力していたため、銃弾は直撃せず機体の腕をかするだけに留まった。
『……あさひちゃん。これ』
なぎさから送られたデータは、先の銃弾が棒立ちだった場合の予測データ。
それは、腰のハンドガンに直撃するコースとなっていた。
「あの一瞬で……そこまで狙ったの?」
青ざめながらあさひは呟く。
そう……あさひの"本気で戦う"という考え方は、カイと比べ多分に甘いものだった。
戦いは試合のブザーと共に始まるわけじゃない。
ブザー前にどれだけのことができるかもまた、勝敗を分ける要因の一つであった。
「うわ、こっわ! ……でも、本気で戦ってくれているって考えて良いよね、これなら」
我慢しきれず、口角が上がる。
自分の中にある蝋燭の炎が、燃え上がっているのをあさひは感じた。
あさひの乗る『コヨーテ・RC』は、カイを軸に反時計回りに移動する。
カイのこれまでの戦闘もそうなのだが、相手との距離を維持する横移動を基本とした戦略は、コヨーテの性能・特性を鑑みた場合ベターなものであった。
とはいえ……あさひの行動はカイのそれとは違う。
カイは、相手の不得意距離を見極め、間合いだけで相手を追い詰めていく。
対しあさひは、ただ自分の得意距離を維持するためだけの横移動に過ぎない。
同じような行動だとしても、その効果には越えられない差が生じていた。
カイもあさひに合わせ、反時計回りに歩く。
同一機体であるため、互いの得意距離は同じ。
だから、その反時計回りの横移動は、得意距離の奪い合いではなく、ただ相手を崩すための駆け引きとなっていた。
あさひは右のホルスターを抜き、両手でハンドガンを握って数発放つ。
けれど弾丸は、カイからまったく見当違いの方角へ飛んでいった。
当てるつもりのあまりない様子見の射撃ではあったものの、それでもあまりに見当違い過ぎて苦笑するしかなかった。
これまでの相手がもう少し当てやすかったのは、コヨーテより足が遅かったのと、立ち止まる時間があったからだろう。
「お互いが動き続けるだけで、こんなにも当たらないものなんだ……」
少し呼吸を整え、片手で構えたまま歩き続ける。
互いに同じような動きだからか、距離感がどうにも掴みづらかった。




