予感・違和感・不快感
「やぁやぁお疲れ! ナイスファイト!」
戻ってきたカイに対し、なぎさはご機嫌な様子でスポーツドリンクとタオルを手渡した。
「っす」
ぺこりと頭を下げ、タオルで汗を拭き喉を潤す。
余裕のつもりだったが、思ったよりも喉は渇いていた。
「これで三勝。あと二回で優勝だね。いけそうかね?」
「負ける理由がない」
「ま、君ならばそうだろうとも。さっきの試合だって優勝候補だったというのに、あれだけ手を抜いて完勝なのだから」
「手を抜いて? いや、そのつもりはないんだが?」
「おやおやぁ? それはまた不思議な話じゃないか。ハンドガン一本だけで勝ち進んで、手加減ではないと」
コヨーテはわざわざ"二丁拳銃"という武器種で登録している。
だというのに、これまでの試合でカイは片方の拳銃しか使っていなかった。
そう言われ、「あっ」とした顔をカイは見せる。
「いや、本当に無意識だった。二つあるうちの片方は予備としか考えてなかったし……それに」
「それに?」
「整備の手間を考えたら、使うのは一つに絞った方が楽だろうと……」
なぎさは静かに顔を顰めた。
パイロットとしてでなく、数か月単位で武装を運用するなんて、全体の立場でユニットや武装を考える。
カイの発想は完全にプロ視点の、いうなれば保護者目線に染まっていた。
「まあ、パイロットは君だ。委細任せるようじゃないか。けれど、メンテナンスはどうせすべて徹底的に行う、そっちの心配は必要ない。存分にやりたまえ」
「了解。次からは必要になったら使わせてもらう」
「うむ! 是非ともそうしておくれ。……それにしても、まさか君が出てくれるとはねぇ。こんな見世物御免だ、くらいは言われるのを覚悟していたんだが」
若干嫌味混じりのなぎさの苦言を聞き、カイは静かに、ゆっくりと息を吐く。
実際、その通りと言えばその通りだ。
こんなの勝っても恥、負けたら大恥の罰ゲームでしかない。
どうせ出るならもう少しランクが上の、ライセンス必須級の大会に出させてほしかった。
「まあ、不満がないとは言わん。だが、賞金が出る大会なら出るって言ったのは俺自身だからな」
「そう言って貰えると助かるよ。運営資金はいくらあっても困らないからね」
「わかってる。賞金は出来るだけ稼いでやるから、そっちはそっちで上手くやってくれ」
「おーきーどーきー。あ、それと悪いんだがね。この後予定が入ってしまったんだ。だからセコンド……というかバイタルチェックは兄さんに任せる予定だ」
「わかった」
「安心してほしい。兄さんは真面目だからね。作戦参謀とかを求めなければ、きっとベストな結果を見せてくれるだろうとも。存分に、こき使ってくれたまえよ」
返事をせず、カイはなぎさを冷たい目で見る。
兄のはずなのに、達臣の扱いはいつも悪い。
同じ男として同情せずにいられなかった。
というか、正直他人事とは思えず戦々恐々としていた。
そんなカイの心境など気にも留めず、なぎさは手を振り「ちゃおっ」なんて気取った挨拶をしてご機嫌に立ち去って行った。
ご丁寧に、スキップで。
よほど面白い用事が待っているのだろう。
控室で一人となり、カイは静かに目を閉じる。
「……まったく。何をしてるんだろうな」
他の誰にでもなく、自分に対しての愚痴を吐くのはもういつものことで、もはや趣味のようになっていた。
心が折れ、ユニットのない大学に逃げてきて、その果てにお遊びのようなぬるま湯でぬくぬくとしている。
まったくもって情けなくて死にたくなってくる。
それでも……この情けない行動は紛れもなくカイの意思によるものだった。
賞金を稼ぐという約束だけじゃない。
竜胆カイは、天羽あさひを支援したいと、他の誰でもなく自分自身がそう思ってしまったのだ。
今でもカイの考えは変わっていない。
女がプロのPDになるなんて不可能だ。
それでも、もしその不可能を可能に変える存在がいるとするならば、それは天羽あさひであって欲しい。
そう願う程度には、カイは彼女を買っていた。
「あいつが男で、そして竜胆の家に生まれたらよかったのに……」
出来損ないである自分を嘲笑するように、カイは呟く。
持っているものすべてを差し出してしまいたい。
たぶんきっと、こう思うのは代償行為なのだろう。
自分という屑が彼女を支援することで、出来損ないだったという呪縛を軽くするための。
そのために、カイは戦っていた。
『バイタルチェックオールグリーン。体調に不安はあるか?』
達臣はコックピットにいるカイにそう尋ねた。
「問題ない」
『了解。あと俺にしてほしいことはあるか?』
「今日は穏やかだからな。"嵐"が来る気配もない。なら、ユニット・武装の摩耗状態のこまめなチェックを頼む。こっちよりそっちで異常を感知する場合もあるからな」
『了解だ』
「あとは特にない。サポート感謝する」
『いや、構わん。ただ……その……』
「どうした? 何かトラブルがあったのか?」
『そうじゃないのだが……少し、こう……覚悟してほしい』
「は? 一体何の話を――」
言葉を遮るように、対戦相手が姿を見せる。
対戦相手はコヨーテ。
廉価傑作機であるのだから、自分以外が使ったって何らおかしくはない。
おかしくはないのだが、何か違和感があった。
そのコヨーテは赤をベースにしたペイントが施され、腕や足など細部が異なるような多少のカスタムアレンジがあって――。
「いや……そうじゃない。あれ、もしかして……うちの一号機か!?」
改修され、デザインも変えられている。
けれど、その独特かつ無駄が多い動きには、妙に見覚えがあった。
自分の考えが正しいかを調べるために、カイは通信チャンネルで一号機へのリンクを試みた。




