すべての元凶の日
それは、今から十年ほど昔のこと。
どうしてそこへ足を運んだのか、彼女はもう覚えていない。
大して興味があったわけではないから、きっと両親が外へ連れ出そうと思っただけだろう。
けれど、その日は彼女の特別となった。
あさひが今の自分となる原風景。
そのすべては、この日から始まった。
今のあさひが、もし当時の自分のことを評価するならば、こう言わざるを得ない。
『何でもわかった気になっていた、小賢しいだけのクソガキ』
あさひはあの頃の自分を嫌って……いや、嫌悪している。
神代科学技術大学、通称『神科大』。
あさひの地元にある大学で、その日はちょっとしたイベントが開かれていた。
広いドームの席に親子三人で座り、スタジアム中央に目を向ける。
そこには、巨大なロボットが佇んでいた。
正式にはロボットではないのだが、当時八歳くらいであったあさひには他に適した言葉を知らない。
今のあさひなら、息継ぎなしの長文で否定しただろうが。
多目的駆動外殻《Multipurpose Exoskeleton》『イクス・ユニット』。
そのロボットは、そう呼ばれているものだった。
「どうだ凄いだろう! かっこいいだろう!」
父は、とてもご機嫌な様子であさひに話しかける。
『高度に成長した科学は、魔法と変わらない』
それが父の口癖だった。
だから父にとって、イクス・ユニットは魔法そのものであり、浪漫であった。
けれど、その頃のあさひは世界を斜に構える冷笑屋だった。
早い話が、面倒くさいマセガキである。
あさひは、ほんのちょびっとだけ頭が良かった。
ただ、それだけ。
それだけの優位を根拠に、あさひは周囲の人間を幼いと決めつけ、自分だけは違うのだと思い込んだ。
身体が弱く、よく入院してあまり学校に行っていないことが、その思い込みに拍車をかけていた。
そんなあさひだから、父が自分を喜ばせようと大げさにしていると理解していたし、それで家族として喜んであげないと、なんて上から目線で考えていた。
「ありがとうパパ。私のことを考えて連れてきてくれて」
そう、あさひは言った。
言ってしまった。
父の優しささえ見下していたから、そんなお礼を口にすることが出来た。
つまらないと素直に言えばよかった。
興味ないと正直に伝えたらよかった。
暴言でも吐けばよかった。
それは子供の特権だ。
なのに、あさひの選択は、父のメンツを潰さない程度の上っ面の感謝だった。
あさひの両親は、本当にあさひを愛している。
だから……嘘をつく我が子を見抜けないわけがなかった。
さっきまで笑顔だった父親が、急に泣きそうな顔になった。
その理由があさひにはまったくわからなくて驚いて……しばらくおろおろとしていた。
偉ぶったマセガキに親の愛など理解出来るわけがなかった。
そして我慢しきれず、とうとうあさひは泣き出した。
どうしてかはわからない。
けど、父親が自分を泣かせたということだけはわかった。
母は、あさひを膝の上に抱き、頭を撫でた。
「もう少しだけ、パパに付き合ってあげて頂戴。それでつまらなかったら、もう二度とこういう場所には連れてこさせないから」
膝の上で泣きながら、あさひはこくんと小さく頷く。
この段階では、あさひは世界が終わったとさえ感じていた。
両親に嫌われて、捨てられるとさえ思っていたくらいだ。
けれど、そうじゃない。
このすぐあとだった。
あさひの世界が、変わったのは――。
例えるならば、兵器の擬人化。
そこにいたロボットは、そういった美しさを持っていた。
鉛色一色で全身に光沢があり、小柄で流線形。
一目で人型であるとわかるほど人間らしいフォルムではあるが、そこに温かさはない。
ロボットというよりも、マネキン人形のよう。
ステルス機を彷彿とさせるその外見は、純粋な機能美以外のすべてを、そぎ落とされていた。
『MF-029黒雷』
それが、その機体の名前。
国内最大手であるマギア社……『マギア工業』と大手プロチームがタッグを組んだ、次世代機である。
そのお披露目の場として、神科大が選ばれた。
まあ、それはこの大学が特別扱いされているわけではない。
会場になった大学会場だけでも二十校以上。
関連企画まで含めれば五十以上が同時進行している。
つまり、別にそう大したことではないという話である。
実際、数万人を収容できる会場だというのに、観客席は一万人どころか二千人ほども埋まっていない。
ユニット関連のイベントとしてはかなり寂しい数字だが、それも仕方のない話。
隣県では、さらに規模の大きな大学が同様の企画を開催しており、熱心なイクス・ユニットファンの多くは、そちらへ流れてしまっていた。
それでも、地元の中小大学にとっては十分すぎるほどの一大イベントであり、会場には地元テレビ局をはじめとした各種メディアも詰めかけ、普段とは比べものにならない賑わいを見せていた。
しばらくしてから、もう一機のユニットがスタジアムに搬入される。
その姿を見て……あさひの涙は、ぴたりと止まった。
観客も、一斉に沈黙している。
あさひの両親も、口をあんぐりと開いていた。
そこにいたのは、イクス・ユニットと呼ぶにはあまりにも異なる姿をしていた。
異質、異常。
どう表現しても、まだ足りない。
それでももし、一言で表現するならば、きっとこうだ。
『ブリキロボ』
それは、昭和レトロなブリキのおもちゃをそのまま大きくしたような、そんな酷い外見をしていた。
太い、鉄筋そのもののような完全なる直線の手と足。
箱を重ねただけにしか見えない胴体。
そして四角い箱型の頭部に備えられた目は、無駄に光っていた。
「……パパの見せたかったものって……これ?」
不安そうに呟くあさひの隣で、父はぶんぶんと首を強く横に振った。
「断じて違うよ。マイラブリードーター」
父もまた、困った顔となっていた。
この企画はマギア社による新型機のデモンストレーション。
けれど、その実態は挑戦状に近い。
『うちの新型機と一対一で戦って、勝てる奴はいるか?』
そんな挑発的な触れ込みを掲げたから、この企画は大きな話題を呼んでいた。
参加条件は、ユニットを持っている大学・会社等のアマチュアチームであること。
そんな緩い条件だったから、神科大の学生はやらかしてしまったのだ。
部活発足してから半年。
外部協力者数名(地元の玩具屋店長等)。
予算は十万に届かない部費と学生たちのバイト代のみ。
つまり……神科大の学生は、自分たちだけで機体を作りあげたのだ。
当然、前代未聞である。
特に参加人数がおかしい。
仮にもロボットであるのだから、学生の手に負えない部分を賄うための外部協力者は最低でも三桁人数を要する。
それも調整や修理だけでだ。
一から作るなら、その十倍は求められるし、予算も億単位は下らない。
だからまあ、それは学生の夏休み工作みたいなものだった。
誰の目から見ても、勝敗は明らかだった。
あさひも当然、どっちが勝つかなんて見なくてもわかりきっている。
けれど――。
結果だけで言えば、《《ジャイアントキリング》》。
ありとあらゆる人間をどん底に叩き込み、多くの者の目と脳を焼き払う煉獄のような奇跡が巻き起こされた。
その日、あさひの常識は破壊され、そしてマセガキはめでたく、馬鹿なロボットオタクに進化した。
父親のように……いや、父親以上に。
この日からだった。
あさひの世界が、色づいたのは。




