わかりあえたようで(後編)
「さて……あいつがどんな動きをするか、見てやろうじゃないか」
車いすでふふんと腕を組み、あさひは告げる。
わざとらしい態度を取ってこれでもかと小物感を演出しているのは、約束されたフラグ回収のため。
カイが自分よりはるか上であることくらい、あさひはもうわかっている。
いや、なぎさは口にはしないが、アステロイドブルー自体おそらくカイのために用意した機体だろう。
その色は、自分よりカイの方が似合っている。
別にそのことに不満はない。
経験者が期待されるのは当然の話であり、実力で覆せなかった自分が悪い。
けど……悔しいかどうかと言うのはまた別の話となる。
ユニットが大好きだからこそ、負けるであろう自分に腹立たしくなってくる程度には悔しい気持ちが溢れていた。
だからこそ、今は精いっぱい虚勢を張って偉ぶっている。
そして負けた後に『チクショー!』なんて叫びながら、賛辞を贈るだろう。
悔しさをばねにして、次に勝つために。
それに、きっとその時抱える気持ちは悔しさだけじゃない。
なにせ、本気で競い合った後だ。
きっとその時、自分たちはようやく本当の戦友になれる。
そうなる予感があるからこそ、あさひはふざけて悪者ごっこをしていた。
腕組み後方理解者ごっこをしているあさひを見て、なぎさもそれに乗っかってみせた。
「そうですね。彼がどれほどのものか、観察させてもらいましょう」
横のなぎさがどこからともなく眼鏡を取り出し、キランと輝かせた。
ついでに何故か白衣も着ていた。
「……なぎさ先輩、なんか悪の科学者ごっこが板についてるね」
「そうだろうとも。正直似合うと自負してるよ」
「今度一緒にコスプレしません?」
「君は君で多趣味だね。もちろん! 喜んで参加しようじゃないか!」
あさひは嬉しそうに微笑を浮かべた後、スタートのブザーが響いた。
カイの操るコヨーテは、あさひと異なり緩やかに動きだす。
ぬめりとして、まるで人間そのものが動いているかのような機動。
そのまままっすぐ歩行しながら、ハンドガンを取り出した。
「的が出てないのに……ああ。すぐ撃てるようにか」
そう思ったあさひだったが、すぐにその考えは否定される。
カイは、その場で即座に射撃を始めた。
パン、パンと乾いた発砲音が三度続く。
狙いもなにもなく、斜め下の床にペイントの跡がこびりついた。
「一体何を――」
「なるほど。微調整か」
なぎさはふむふむと頷いた。
「えと、どゆこと?」
「スコアはゼロより下がらない。だから今のうちに試し撃ちをして、射撃精度の確認と微調整を行っているんだろう。クレバーだねぇ」
「ははー。なるほどなるほど。そんな発想なかったなぁ」
「経験者は伊達じゃないということさ」
「これ、私に勝てる要素あったのかな?」
「正直に言って良いかい?」
「正直に教えて欲しいかな」
「四割弱は勝てると思ったよ。彼、病み上がりだから」
その言葉に、あさひはぎょっとして反射的になぎさの顔を見た。
「えっ!? どゆことそれ!?」
「怪我をしていたんだよ、彼。ユニットの事故で。まあ、その程度ハンデにさえならなかったけどね。ははははは。なんかごめんね」
「いや、それは構わないですけど……」
あさひはその事実に、妙な納得を覚えた。
(だからあの時、ユニットの事故について聞いたんだ)
自分はずっと昔だけど、彼は最近だったんだ。
それはきっと、とても辛かっただろう。
もしかしたらそれでイクス・ユニットに興味をなくしたのかもしれない。
だけど、それでもどこか親近感を覚えられた。
自分たちは似ているんだと。
いつか二人で怪我を乗り越えたんだって言いあって、それでもなおユニットに乗り続けて。
そしていつの日か対等なライバルになれたら――いや、なってやる。
ついでに、あのむっつり野郎にほえ面をかかせたら、それはきっととても愉快なことだろう。
「あさひちゃん。何か良いことがあったのかい?」
くすくす微笑みながら、なぎさに尋ねられ、あさひはちょっと困った顔を見せた。
「そうだと良いなって話」
「そうかそうか。ぜひともその時は私を巻き込んでくれたまえ!」
「きっとそうなるよ」
「うむ。それはとても素敵なことだ。私も期待していよう」
二人の会話は、ユニットが速度を上げたことで遮られる。
それは走るという動作ではなく、あくまで歩いているだけ。
けれど……。
「速い……。いや、速すぎる。これ、おかしくない?」
あさひは呆然として呟いた。
ただの早歩きのはずなのに、走るのと似たような、そんな速度だった。
「……ユニットは人間に近い外見をしているが、決して人間ではない。動力は筋肉ではなく無数のモーターとエンジン。人の動きを疑似的に再現しているわけではなく、ユニットの理想的な動きが人間に似ているとさえ言われている」
「えっと、もう少し簡単に説明ぷりーず」
「早歩きって地味にしんどくて、走った方がむしろ楽なことがあるだろう?」
「そだね」
「ユニットにはそれがない。人より早歩きが得意なんだ」
そう言って、なぎさはコヨーテの動きを見る。
関節部への負担は少なく、視界やコックピットの揺れも最低限。
余計な力をかけないからこそその動きは滑らかで、だからこそ、どこまでも合理的な動きであった。
いや、合理的過ぎておかしい。
カイがそういう男であることをなぎさは知っているが、それでも教科書通り過ぎて、ありたいていに言えば"露骨"が過ぎている。
(これは……たぶんだが、彼なりのプレゼントなんだろうな)
もしくは、プレゼン。
徹底的に無駄を省いた合理的な動き。
教本通り過ぎて実戦レベルですらないその歩法は、パイロットへの負担は相当少ないだろう。
ちらりと、なぎさはあさひを見る。
夢中になった子供みたいな目をして、なぎさの姿など目にも映らぬというほどにカイの機体に釘付けだった。
ユニットはまっすぐ歩き、左方にあるターゲットをそのまま撃ち抜いた。
身体を向けもせず、速度を落とすどころか立ち止まりさえせず。
その流鏑馬のような射撃は、あまりにも異常過ぎた。
あさひの時、あれだけ盛り上がっていたギャラリーは、今は静まり返っている。
それは日も暮れだしたとか、あさひの時ではしゃぎ疲れたとか、そういう理由だけではない。
たった一発の射撃で、カイは皆の言葉を奪っていた。
まぐれでないことを証明するように、再び右方のターゲットへ同様の射撃を重ねる。
立ち止まらず、身体も向けず、右手だけでターゲットの、それも常に真ん中に的中させて。
たまに来る攻撃も空いた左腕と足さばきだけで軽々と回避する。
もはや早歩きで散策しながら射撃するだけの作業となり果てていた。
ここまで差があるとは思っていなかったなぎさは申し訳ないと思いながら、あさひの方を気まずそうに見る。
それでも、あさひの目は輝いていた。
少年のように輝かせ、今にも立ち上がり駆け出しそうな、そんな態度で両手を握りしめている。
「何あれ……。どうやって。やっぱりスフィア操作も良いなぁ。でもレバー操作の方が楽しいし……あれ、レバーでも出来るかな。というかあいつどうやってるんだろう。たぶんあそこはプログラム修正で……ああ、だから最初に調整してたんだ。じゃあ足の修正値は……でもそれなら……」
周りのことなんて気にもせず、ただカイのコヨーテだけを見つめ、ぶつぶつと独り言をあさひは呟き続ける。
その様子に、思わずなぎさは驚きながらも微笑を浮かべた。
そう……そうだ。
彼女は自分の知る限り誰よりもロボットを、ユニットを愛している。
あの凄惨な事故に遭っても、家族に猛反対されてもなおここに来たくらいに。
だからこそ、なぎさはあさひを選んだのだ。
その希望は、箱舟計画に絶対必要だと。
さくさくと進み、二十分程度で『282』というあさひの最終スコアより一点低いだけとなった。
逆転まであと一つ。
そこで――カイはぴたりと動きを止める。
今までまったく止まらなかったから、その停止行動は奇妙な違和感にしか映らない。
合理的行動の中に混じった、唯一の非合理的行動。
かと思うと、いきなりきびすを返しスタートラインに戻りだした。
「……へ?」
間抜け面でなぎさはそれを見ていた。
ざわめきと共に、動揺が皆に広がっていく。
それを遮るように、コヨーテから音声が響いた。
『ギブアップだ。俺はこれで良い』
「お、おい! どういうことだ!? いきなり何を……」
達臣が焦りに焦った声で叫んでいた。
なんとなく察したなぎさと違い、あさひは呆然としていた。
何故、どうして。
そんな言葉が頭の中で繰り返されているのだろう。
『悪いな。ただ、あいつの方が相応しいと思ったんだよ。俺にはこのコヨーテで十分すぎる』
(やっぱり……)
なぎさは自分の考えが正しいと確信した。
カイの行動の理由はわかった。
その思惑も、それが彼の優しさであることも。
生真面目な上に妙に不器用で、きっと彼は少女アニメに出たらサブヒロインくらいにはなれるだろう。
けれど――そうじゃない。
そうじゃないんだ。
彼女と同類だからこそ、なぎさにはわかっていた。
例え行動原理が優しさであったとしても、それは、それだけはやってはいけないことだった。
「――は?」
どよめく喧噪の中、あさひの呟きが虚空に響く。
静かな、とても静かな声だった。
怖かった。
怖すぎてなぎさはあさひの顔を見ることが出来なかった。
今、彼女がどんな感情をどれほど強い熱で抱いているのか。
なぎさには、想像することさえ難しい。
けれど、一つだけなぎさにもわかることがある。
竜胆カイは、天羽あさひの逆鱗に触れた。
彼女をパイロットとして想うならば、それだけはしてはならないことだった。




