『市街地戦演習』(後編)
ガラス向こうのギャラリーは大いに湧いていた。
自分たちの整備した機体が縦横無尽に動くその様が、彼らの心をわしづかみにしている様子だった。
動きに華がある。
天羽あさひの操る機体は、見ているものさえ楽しくなるような……そんな動きをしていた。
そのような状況化でも、カイはいつものむっつり面で――いや、いつも以上のむっつり面で腕を組みながら見ていた。
明らかに不機嫌そうではある。
けれど、何故か彼はコヨーテからひと時も目を離していなかった。
「また、跳んでやがる」
ぽつりと、ぼやくように呟くその声を聞き逃すなぎさではなかった。
「おや? おやおやぁ!? 気になるかね? 彼女の動きは君のような存在からも異質に映るのかい? そもそも! 跳ぶのは何かまずいのかね? 後学のため、ぜひお聞かせ願おうか!」
おちょくっているとしか思えないような笑みを向けながら、なぎさはカイに絡みだす。
その態度はあさひのためなのか、それともただカイを揶揄したいだけなのか、もしくは何も考えていないのか。
カイにはその真意は全く見えなかった。
「本来、特殊機構でもない限りジャンプを繰り返すことは好ましくない。中にも外にも負担がデカいからだ」
「ああ……それで、ダメージもないのにジリジリと『デフレクター』が減ってるのか」
「ただ、良し悪しという意味ではなく、行動という意味で言えば……正直、驚きさえ覚える」
「どうしてだい?」
「あいつ、レバー操作だろ?」
「そうだね。本人はそう言っていたし、そうなんだろう」
「レバー操作でのジャンプ行動ってのは……そうだな。横スクロールアクションゲームを想像してほしい。あの程度の行動しか出来ないんだ」
「ほぅほぅ! 君もゲームとかするのか。少し意外だね」
「アニキの受け売りだ。俺にその趣味はない。話を戻すぞ」
前進しながら、後退しながら、ダッシュしながら、しゃがみながら。
そういうジャンプはレバー操作だけで可能だ。
けれど、あさひのジャンプ行動はもっと細かい動作で行っている。
踏み込む足を指定し、複雑な姿勢のまま、まるで人間のように跳んでいる。
そんな機能はコヨーテには内蔵していない。
つまり……。
「あいつ、毎回自分でプログラム組みながらジャンプしてんだよ」
だから、一度として同じジャンプをしていない。
ショートカット設定さえせず、四枚のキーボードを臨機応変に走らせ、自動制御をオフにし、姿勢を整えている。
それゆえに、レバー操作でありながら複雑な挙動を可能にしていた。
「つまり、君も彼女の実力を認めると、そういうことだね?」
「…………」
カイはそれに返事をしない。
いや、返事が出来ないというべきだろう。
確かに凄まじい。
同じことをしろと言われたら出来ないことはないが、絶対にやりたくない。
けれど、その行為に意味があるかと言われたら正直難しい。
あさひの操作には、あまりにも無駄が多すぎる。
無言となるカイを残念そうに見た後、なぎさは彼の元から離れた。
「ま、邪魔したら悪いよね」
くすくすと微笑み、ちらっとカイを見る。
彼が、誰よりも真剣にあさひの様子を見ていた。
まばたきさえ惜しむほどに。
三十分経過し、なぎさは現在スコアを確認する。
『298』
悪くない。
いや、正直言えば想像していたより何倍も素晴らしい。
なにせ現時点で言えば、プロテストの合格ラインを超えているのだから。
彼女なら出来ると、なぎさは信じている。
同士として彼女以上はいないと確信している。
なぎさにとってあさひは、運命共同体とさえ言っても過言ではなかった。
だからだろう。
あまりの結果につい笑みが零れ、そしてライバルであろうカイに目を向ける。
まるで貧乏ゆすりのように足を動かし、眉を顰め、あさひを睨み続けていた。
明らかにイラついている。
思った以上のスコアに不安になっているんだろう。
なんて可愛いんだ。
そうなぎさは思い、つい笑みが零れる。
こういう、子供っぽい仕草というのがあらゆる意味でなぎさの癖であった。
「おい先輩」
突然声をかけられ、なぎさはきょとんと目を丸くした。
「おや、どうしたんだいカイ君。何かお困りで?」
「もう十分だ。三十分……いや、もう過ぎているか。四十分で終了にしろ。それで良いだろ?」
「おいおい何を言うんだい? そんなもったいないこと出来ないよ」
そう、もったいない。
計測器をそろえ、大人を呼んだこの場においてテストは正式記録となる。
プロ合格記録を持つその恩恵は、計り知れない。
是が非でも六十分タイムで計測しておかなければ。
「それに、もう四十分も過ぎているよ」
なぎさの一言に、カイは眉を顰め叫んだ。
「はぁ!? ……いや、だが……」
かと思うと今度は突然何か考え込み、ぶつぶつと言いす。
なぎさが思うのもあれだが、カイの様子はどこかおかしくて、ちょっと気持ち悪かった。
そんな時だった。
がくんと、まるで壊れたみたいな動きをコヨーテが見せる。
そのままビルにぶつかり、ビルを破壊してしまい得点を大きく減らした。
「あっちゃー。もったいない。何か踏んづけたかな?」
そうのんきなことを言いながら、なぎさはカイの方に目を向ける。
カイはまるで走ってきたかのように汗だくとなっていた。
俗に言う、冷や汗。
誰が見てもわかるほど顔を真っ青にさせながら、カイはなぎさに叫ぶ。
「おい! バイタルチェックはしてるんだろうな!?」
「え? いや、それは……」
「パイロットの常時バイタル確認はオペレーターの義務だろうが!? 早くしろ!」
「え? わ、わかった。兄さん!」
計器の傍にいる達臣はパソコンを走らせ、なぎさのタブレットとコヨーテのコックピットの状況をリンクする。
そして――。
「身体能力四十パーセント低下!? なんだこれは!? こんな数字見たことないぞ!?」
なぎさの叫び声にカイは舌打ちした。
「このプロテストは、体力測定なんだよ! 鍛えた男だって一時間保たない奴ばかりだ! それをあれだけ動けば……。パイロットのバイタルカラーはどうなっている!?」
「き、黄色だ」
「……エラーじゃないなら不味い。すぐに緊急停止し、医療班を動かせ。女性の医療班はいるか!?」
「い、いや! それは……私では駄目か!?」
「パイロットを舐めるな! もう良い! 俺がやる! 男の先輩! 緊急停止後にコードサイン『999-011』を頼む!」
この場において経験者の意見は何よりも優先するべきだろう。
そう考えた達臣は片腕を上げて合図を出し、即座にカイからの要請を実行する。
直後、コヨーテはゆっくりとなめらかな動きで膝をつく。
まるで土下座のような姿勢からまっすぐ身体を倒し、うつ伏せの状態となりコックピットが強制開放された。
知っているはずだった。
カイだけは、それを知っていた。
プロテストが、どれだけ過酷であるかを――。
見ているだけの奴にはわからないだろう。
ただ操縦してロボットを動かすだけなら簡単だと思ってやがるのだから。
特に、シミュレーター程度で満足している奴なら。
そんなんじゃない。
常に激しく揺さぶられ……いや、全身をシェイクされながら揺れる視界を見続け、リアルタイムでプログラムを生み出しながら操縦すること。
それは精神、肉体共に大きな負荷となる。
はっきり言えば、拷問に等しい。
だからこそ、女性でプロになった奴はいない。
それを知っているはずだった。
だからもっと早く止めるべきだった。
わかっているけれど……止められなかった。
あまりにも楽しそうに操縦しているから、止めようという言葉をついぞ口に出来なかった。
そのことを、カイは心の底から後悔していた。
(頼む……無事でいてくれ……)
バイタルカラー黄色というのは、『生命危機の可能性あり』という状態だ。
最低でも極度の疲労と熱中症からの脱水症状に陥っている。
最悪を想定するなら、後遺症を残す程の負傷さえ、その可能性にあった。
現場にたどり着いたカイは倒れるコヨーテを踏みつけて、コックピットまで駆け寄る。
この場で自分が、自分だけがあさひの救助に来た理由は簡単だ。
きっと、誰かに見られたくない状態だから。
脱水症状による繰り返しの嘔吐と、ダメージによる失禁。
あくまで予想だが、確率は高いと踏んでいる。
自分がかつて、同じ状態になった。
コックピットの傍まで来た後、カイは自分の服を脱ぎながら叫んだ。
「おい! 無事か!?」
「ご、ごめ……み……で……」
わかっている。
羞恥と苦しさでぐちゃぐちゃになっているだろう。
女ならそれに死にたいという絶望もあるかもしれない。
だからごめん。
男の俺が見てごめん。
それでも、俺は気にしない。
それは、パイロットの勲章だから。
出来るだけ見えないように、カイはあさひに自分の服をかぶせる。
そのまま中に入り、強引にシートベルトを引きはがした。
液体で汚れる。
強い刺激臭を感じる。
当然だろう。
だから、言う言葉はこれだけで良い。
「良く頑張った」
そのまま抱きかかえ、カイは外の世界にあさひを運び出した。
そこでようやく、カイは"とある勘違い"に気づく。
強い刺激臭は、カイの想像していたものじゃなかった。
あさひの口元から尋常じゃない量の『血』が零れ、カイの服を鮮血で染めていた。
「お、おい! なんだこれは!? 内臓をぶつけたか! ま、不味い……」
あさひは顔を反らしながら、泣きそうな表情のまま囁いた。
「違う。持病だから……気に、しないで。ごめん。汚くて、ごめん。本当に……」
「それは良い! そんなこと気にするパイロットはいない! 後は黙ってろ。何とかしてやる!」
エレベーターをちらりと見た後、カイは迷わず階段の方に向かった。
「待ってくれ!」
なぎさに呼び止められ、カイは不機嫌そうに顔を向ける。
直後、なぎさから何かが飛んでくる。
あさひを抱きながらカイはそれを受け取った。
小さな冷たい金属の感触で、それが鍵だとカイは理解した。
「一階左隅に私の部屋がある。シャワー、ベッドから着替え、冷蔵庫、大体のものがある。好きに使ってくれ。すぐ医者を向かわせる」
なぎさの言葉にカイは頷き、あさひを抱きながら階段を何段も飛ばして駆け上がった。




