『市街地戦演習』(前編)
テストは都市群に模したフィールド内に現れるターゲットスコアを撃ち抜くという、内容そのものはシンプルなものだった。
スコアには種類があり、小さい、動く、レーダーに表示されないといった難易度上昇条件が課されたターゲットほど得点は高くなる。
また、奇襲を模したトラップが時折フィールド内で出現し、一定以上のダメージを負えば強制終了となる。
散策、撃破、回避。
やることはたったのこれだけ。
シンプルだからこそ、総合力の試されるテストだった。
「おや。嬢ちゃんからかい?」
あさひを見た作業服の男性はにかっと笑い、声をかけた。
「こんな面白そうなこと我慢したくないからね!」
男と同じようににかっと笑い、あさひは手を差し出した。
男は握手に応えた後、親指でその車を指差した。
「さ、乗りな」
そう言って男が乗り込んだのは、タラップ車だった。
あさひは背面階段横に乗り、手すりを掴む。
「本格的だー!」
車を走らせる男は、後ろから嬉しそうな声が聞こえ、顔をにやけさせた。
「おうよ! ま、なくても良いんだけど整備とか考えたらあった方が良いからな」
ゆるりとあさひを乗せたまま車は走り、コヨーテの背面に。
そのままタラップが展開され、開かれたコヨーテのコックピットまでの道となった。
「頑張んな!」
窓から顔を出し、男は叫び親指を立てる。
あさひは目を閉じ歓喜に打ち震えた後、グッと親指を立て返した。
「良いね良いね。燃えて来た。超燃えて来た」
階段を一段上るごとに、期待という炎がマグマのように煮えたぎる。
生きている。
自分は今、心のままに生きている。
我慢できず、階段を駆けだしコックピットに滑り込み、そのまま電源を入れ起動プロトコルを走らせた。
『コックピットロック固定』
『起動シーケンス作動……チェックオールクリア』
『PM(Phase Modulation)エンジン起動』
『AEPならびに反AEPフィールド――』
突如、フィールド全域をピンク色の半透明の半球が覆い尽くした。
バリバリと静電気のようなものを発する半透明のピンクの球は、数秒の後にすっと姿を消す。
『反AEPフィールド前方に確認。自動モードで移動します。――自動モード停止。シートベルトのロックをお願いします』
あさひは慌ててシートベルトを締め、ロック確認を認証する。
『シートベルトのロック……クリア。自動モードに移行します』
緩やかに上下しながら、視界が揺れる。
オートセンサーの入っていないモニターは、恐ろしく気持ち悪かった。
スタートラインである都市部フィールドの端に到着した後、あさひはエーテルスフィアに手を入れ、神経センサーを起動。
そのまま操作システムを『タイプC』であるレバーと実体キーボード四枚の操作方式に変更する。
チェック項目が走るたびに視界がクリアになり、広がっていった。
「全方位カメラ? ……いや、後方だけか」
左右が黒いままで前と後ろに広い視野が見えるのを見て、あさひはそう理解する。
『全項目チェック完了。FF-02コヨーテ、起動します』
直後、薄暗かったコックピット内に明かりが灯った。
乗り心地は、窮屈で正直あまり良くない。
これより小さかったラプトルが広々としていたから、その差もあるだろう。
とはいえ、それはしょうがないことではあった。
あちらは工事兼用のユニット。
この、バトル専用に作られたユニットと同じ性質なわけがなかった。
この狭さが、戦いを意識させ身体が強張る。
この息苦しさが、ここが日常でないと意識させる。
心臓が、痛い。
だからこそ、あさひは今、幸せであった。
「私は今……生きてるんだ」
目の裏が赤くなりそうなほど、心が燃えていた。
「っと。いけない。忘れてた」
あさひはもらったタブレットを操縦席のドライバースロットに収納する。
それでタブレットとリンクされ、通信機能が限定開放された。
『オーケー。あさひちゃん。準備は良い?』
なぎさの声に、あさひはゆっくりと深呼吸をして、一言だけ返した。
「いつでも」
『よろしい! 正面のランプが点灯したらスタートだ。贔屓とならないため、こちらからの通信は遮断する。だが、最後に一言だ。君には期待している』
通信状態がオフライン表示となった直後、正面に見えるカウントタイマーが点灯し、『10』となっていた数字を減らしていく。
もう一度、ゆっくり深呼吸。
そしてもう一度オフライン表示となっているか確認して、タイマーがゼロとなった瞬間、あさひは吠えた。
「天羽あさひ! コヨーテ、出ます!」
ちょっと照れが残って、若干声量が下がった上に上ずったという事実が、逆に恥ずかしかった。
レバーをフルスロットルで前に倒し、コヨーテは疾走する。
ダン、ダンとリズミカルに大地を蹴り、あさひは激しい揺れに襲われる。
踏ん張らないと足が浮き上がり、脳みそがシェイクされたような気分となって、シートベルトが食い込み強い痛みを発する。
「は、はは……ははは。あはははは!」
視界補正があっても大きく縦に揺れる視界が気持ち悪い。
それでも、笑えてしょうがなかった。
レーダーにターゲットを確認。
ターゲットはよくある同心円状の丸い的だった。
ぐるりと急旋回して左方に向き、ターゲットを正面に合わせた後、腰からハンドガンを抜き放つ。
左レバーを握ったまま、右サイド下のキーボードを操作し狙いに補正をかける。
バン!
ビリビリとした衝撃がコックピットに走り、マズルフラッシュが一瞬視界を覆う。
たとえペイント弾だったとしても、それは実弾とほぼ同じ衝撃だった。
あさひは的を見て、命中確認を行う。
的には当たっていたが、左方斜め下に大分ズレていた。
補正をかけるべきか、それとも自分の方でブレたのか。
わからないから、とりあえずはこのままで再び走り出す。
別にMというわけではない。
けれど、今だけはその痛みさえも心地よかった。
唐突に、激しい警戒アラートがコックピット内に反響する。
その直後、正面に巨大な金属の球体が振り子の要領でこちらに迫ってきていた。
「まずっ!」
両サイドキーボードで緊急停止入力。
そのまま設定変更し、レバーとサイドキーボードを同時に操作して、のけぞった格好のまま後方にジャンプし仰向けに倒れた。
両手を使い、受け身を取ったため、ユニットのダメージは微小で済んでいる。
それにも関わらず、全身がバラバラになりそうな衝撃が走り目の奥に星が飛んでいた。
「っ……。いったぁ……。はぁ。集中しないと」
ゆっくりと立ち上がり、あさひはレーダーを睨みながら再び走り出した。




