アステロイド・ブルー
ガレージに入った瞬間、あさひは固まった。
まるで時間が停止したかのようにその場で動かなくなり、ただ茫然としていた。
しばらくしてから再起動すると、目がキラッキラに輝かせ、憧れを精いっぱい胸に込め、それを見上げる。
ラプトルが嫌いというわけではない。
けれど、あれはユニットというよりも工事要素が強く、バトルには不向きなサポートメカだ。
けど――目の前にある奴は違う。
そこには本物の、戦うためのユニットがあった。
ぽんと、あさひは背後から両肩を叩かれ、そっと密着される。
「どうだい? 気に入ってくれたかな?」
耳元で囁くその声は、なぎさのものだった。
「なぎさ先輩、これどうしたんですか早く乗りたい」
「ははははは。本音が駄々洩れだねぇ。まあ、少し待ちたまえ。色々話すことがあるからね。あ、カタログスペックについてはこんな感じになっているよ」
なぎさはタブレットをそのままあさひに渡した。
「ついでに、そのタブレットもプレゼントしようじゃないか。アークに関すること、ユニットに関することはそれを通すと良い。セキュリティ的な意味でもね」
なぎさの言葉にあさひは返事をせず、タブレットをじっと睨むように見つめていた。
「……良い集中力だ。そうでなければ面白くない」
そう、誰に聞こえるでもなくなぎさは呟く。
これから待っていることに期待し、愉しくてたまらないというような表情で。
型式番号『AB-01』。
名称『アステロイド・ブルー』。
全高は七メートル弱。
分類としては中量級ユニットに属する。
機動力と装甲のバランスに優れた機体であり、軽量級の俊敏さと中量級の堅実さを兼ね備えたハイブリッドタイプと言っていい。
大学生が扱う環境であれば、改修を施していない標準仕様のままでも十分に高性能機に分類される。
外見はシャープそのもの。
長身の人型フレームを流麗な装甲が包み込み、白を基調とした機体各所には、その名の通り鮮やかな青が散りばめられている。
その姿はまるで、ロボットアニメに登場するライバル機を思わせる風格を備えていた。
「私の好みじゃないけど、ツラが良いね。イケメンだ。スタイルも良いし……ホストみたい」
あさひはうっとり見上げながら、そんな感想を漏らした。
「あはははは。まるで意味がわからないよ」
「かっこいいってこと」
「そうかそうか。気に入ってくれたならなによりだ! ま、どれほど評価されても今更に過ぎないのだけれどね。まったくもって惜しい話だ」
「今更?」
「そう! その通り! これは企業製作ではなく、他企業連合によるプロジェクトとして作られたものなのだよあさひちゃん。そして、プロジェクトは評価されず、道半ばで解散。二度と同じメンバーで作られることはない。だから……」
「そう――。この子は、世界で一人ぼっちなのね」
ぐすっぐすっと鼻を鳴らしながら、あさひは呟いた。
「まあ、間違いじゃないけど……うん。スペック的に言えば一般的な軽量級として扱ってくれたら良いよ。耐久性能がある大型軽量機というのが感覚的にはきっと近い」
「なるほど。武装も軽量制限?」
「一部中量規格も適合するけど、おおむねその認識で間違いないとも。射撃性能も近接性能も高いオールマイティーな機体となっているよ」
「へぇ。よく手に入ったね」
「ああ。それなりに大変だったとも! なにせ未完成だったのだから」
「……へ?」
「先ほど私は言っただろう? プロジェクトが凍結したって。二年前に凍結し、未完成のまま放置。それを私が見つけ、買い取ってから残りを完成させたというわけだ」
「なるほどねぇ。うん、生まれにまで浪漫がある。これは期待が高まるね」
「まったくだ。けれど……あさひちゃん。君が乗れるとは限らないよ」
そう、アステロイドブルーは量産されておらず、正真正銘一機のみ。
完全にハイスペックで、言うならばエース機である。
ならば、乗る人もエースである必要があるだろう。
「ああ~。そういうことかぁ。うん、言いたいことはわかったよ」
あさひはにっこりと、満面の笑みをなぎさに向けた。
「うむ! それはそれは、まったくありがたい話だ。話が早くて助かるよあさひちゃん。それで、ピンチを迎えた今の心境はどうだい?」
「んー? そりゃ当然……燃えてきたって感じだよ!」
完全にスイッチが入り、集中力が研ぎ澄まされたからだろう。
ガレージに入ってきたカイに、あさひはすぐ気が付いた。
「……なんだこの機体。アレンジ機か? 見たことないんだが……」
カイは眉を顰め、二人に向かいそう尋ねる。
「いいや。オリジナルそのものだよ。ちょいと珍しい方向から入手しただけで。性能は悪くないから安心したまえ。それよりも、カイ君。君はどう思うかい?」
「どう……というのは?」
「感想だよ! パイロットが機体を見て他に何を求められると? 君がこの子を見て、最初に何を感じたか。ぜひとも、それを私に教えて欲しい!」
「そう言われても……」
カイはどこか困った様子で、アステロイドブルーを見上げる。
そして少し考え込んだ後……。
「悪くない。俺の見立てに過ぎないが、使い勝手の良い汎用機だろ?」
「うむ!ハイスペックかつオールマイティな汎用機だとも」
「なら、なお良いな。少し意外だったくらいだ」
「ほぅ! 意外と言うのはどういう意味だい? 後学のため聞かせてもらおうかな」
「あんたの言動と態度から、大分ゲテモノが来ると思ってたからな。真っ当で驚いている」
「ふむ。ふむふむ! カイ君、君は……その方が好みだったかい?」
「まさか。面倒なのは嫌いだ。だから悪くない。修理しやすそうなのも良いな。俺としちゃ文句はない」
「そうかそうか! それなら良かった。困ったことがあってねぇ!」
言葉とは裏腹に、なぎさはとても楽しそうな笑みを浮かべていた。
「困ったこと?」
「残念なことに、この子は一機しかないんだ。パイロット候補は二人いるのにね。これはまさに由々しき問題だ。大問題だ。そうだろう!? 君もそう思うだろう!?」
「いや、それなら俺は譲――」
言いかけて、カイは口を止める。
なぎさの目が、あさひの目が、彼をじっと見つめていた。
『その先は、言うな』
それはまるで脅迫。
あと一歩踏み込んだら切り捨てると言わんばかりの感情を、カイはその身に浴びていた。
「……どうするんだ?」
呆れ顔でカイが尋ねると、なぎさはにやぁと笑う。
可憐でモデルのような顔立ちなのに、それを台無しにするくらい邪悪な表情だった。
「勇士が二人! 宝が一つ! これでわからないような君が男ではないよ」
「……お前ら女じゃねぇか」
二人のテンションについていけないカイには、そう突っ込むのが精いっぱいで、代わりに疲れの宿った大きなため息を吐いた。
拘りを持たないパイロットはいない。
ユニットというのは精密機器と、よくわからないエネルギーを活用した、いうなれば科学の技術的特異点。
それに乗れるのなら……と思う人がたくさんいそうなものだが、現実は異なる。
そこにたどり着くまでのハードルが、極めて高いからだ。
そういう意味で言えば競馬のジョッキーに似ているかもしれない。
知識、経験、身体能力。
すべてを備えたうえで人馬一体を為せる者のみが生き残る、過酷なレースの世界に。
だから当然、ユニットのPDも選りすぐりの精鋭であり、独善的かつ傲慢なものばかりとなる。
そういう意味で言えば、自分はパイロットに相応しくないだろう。
そう、カイは認識していた。
まあ……それさえももう過去の話。今の自分はパイロットどころか、単なる脱落者に過ぎない。
そしてだからこそ、あさひに対し惜しいと思う気持ちがあった。
独善的で、ユニットそのものを愛するあの姿勢。
あれは間違いなく、プロに必要な資質だ。
惜しむらくは……性別。
女でプロになった人物はこれまで一人もおらず、そしてこれからも現れないと、カイは確信している。
女性蔑視というわけではない。
純粋に、過酷過ぎるからだ。
むしろ性差による能力の差異は少なく、男女限りなく対等であることが、ゲーム大会の方では実証されている。
プロリーグの優勝者の二割が女性。
これはプレイヤー比率と上位人口で考えたら、十分対等に渡り合っていると言える数字だった。
まあ、何を言いたいのかと言えば……。
(無駄な時間だ)
ただ、それだけ。
誰があれに乗るかなんてどうでも良いことに無駄な時間を使わされ、挙句に見世物となるこの状況に、カイはただただ面倒だと感じていた。
自分と彼女が掃除を続けた地下空間を、カイはけだるそうに見つける。
そこに、街が出来ていた。
いや、規格が統一されたビルやら道路やらが並んでいるこの姿は他に表現しようがなかった。
カイとは異なり、あさひは口をあんぐり開け嬉しさと驚きに溢れながらその世界を見つめていた。
何かに似てると思ったあさひだが、すぐそれに思い当たる。
それは、怪獣映画を作る時のジオラマにそっくりだった。
違うのはそのスケール。
怪獣映画に使うジオラマにしては、少々大きすぎる。
スケールサイズが人に合わせていない。
つまり……。
「これ、フィールドか」
そう、認識した。
実寸大より少し小さくいその箱庭は、ユニットを駆けるための疑似都市だった。
「で、この二機が……」
街の横に立つ、二体の同一ユニットを見て、あさひは呟く。
アステロイドブルーより一回り小さく、細身でありながらもどこかコミカルにずんぐりとした外見をしていた。
「コヨーテか。悪くない」
そう口にしたのは、カイだった。
「ありゃ高評価。そうなの?」
「ああ。コヨーテ、ハンター、ナイト、柳、バンシー。この辺りは廉価傑作機として有名だ」
さすがに安物過ぎてプロ世界で使われることはまずない。
それでも、ハンディキャップなどの特殊ルールでは時折日の目を見ることがある。
また同時に、改修の容易さも傑作たるに相応しい所以であり、初回導入という意味で言えば間違いなく正しい。
その中でも操作に最も癖のないコヨーテを選択したのは、ベターどころかベストに限りなく近い。
そう、カイは考えた。
「別に文句はないのだが、何故コヨーテなんだ? 軽量機に拘りがあるのか? そうでないなら中量標準の柳の方が無難な気がするのだが」
カイの質問を聞き、なぎさはにっこりと微笑んだ。
「ほう! それはとても良い質問だね! そしてもちろん理由があるとも! とても大切な理由がね。本当に大切なことだから、良く良く覚えておいて欲しい!」
「あ、ああ。なんだ?」
「私達は、マギア社の機体は絶対に使わない。いや、機体に限らず武装も、パーツ単位でマギア社を拒絶する。カイ君。君も気を付けたまえ」
表情は、満面の笑み。
けれど、なぎさの雰囲気は絶対に逆らうことを許さない暴君のようなものだった。
(女董卓かよ)
そう思ったカイだが、当然口に出さず、ちらりと隣のあさひを見る。
あさひも、似たような笑みとプレッシャーを放ちながら、カイを見ていた。
どうやらこっちも同じポリシーらしい。
パイロットに拘りがない奴はいない。
ただ、ちょっとばかりその拘りは何か違うものな気がしたけれど、それを口にだす勇気はカイにはなかった。
「……別に拘りはない。了解した」
そうカイが口にしてからようやく、二人の威圧は霧散した。
彼ら三人が話している間も、達臣は輪に加わることなく、パソコンを置いたテーブルで作業着姿の数名と計器について意見を交わしていた。
そしてガラス越しの向こうには、さらに多くの大人たちが控えている。
外部協力者である彼らの仕事は、あくまで環境を整えること。
修繕や整備を手伝うことはあっても、前に出ることはない。
今この場の主役は学生たちなのだから。
だから彼らは一歩引いた場所から、時折昔話に笑い合いながら、若者たちの挑戦を静かに見守っていた。
「さて、本来なら実力を測るにはバトルスタイルが一番単純なのだが……残念なことに、本当に残念なことに許可が下りなくてね。というわけだから、今回は『市街地戦演習』というテスト形式で競い合ってもらうことにするよ。各自タブレットに要綱を送ったから見ておいてくれたまえ」
なぎさがそう言った瞬間、タブレットの画面が切り替わる。
あさひはカイがタブレットを持っていないことに気づき、自分のタブレットを見やすく傾けた。
「悪いな。……ん、もう良い」
一ページ目をさらっと流しただけで、カイは画面から目線を外した。
「え? もう良いの?」
「ああ。お前には悪いが経験者だ」
「……なんで?」
そのなんでには、『先に知ってるなんてズルい』ではなく『楽しそうなことやってて妬ましい』という感情がありありと込められていた。
あさひの妬ましいオーラに若干引くカイの代わりに、その問いはなぎさが答えた。
「それはね、あさひちゃん。このテストはプロテストの一つだからだよ!」
「へー! 実際のプロテストをそのままやるの?」
「もちろんだとも! その方が君も燃えるだろう?」
「当然! めらめらだよ」
嬉しそうに叫び、あさひはタブレットに釘付けとなった。
「……なあ先輩」
「ん? なんだい後輩」
「本当に、プロテストそのままで良いのか?」
「さっきも言ったが当然だ」
「……六十分で?」
「ふむ? そうだが、それがどうかしたのかね?」
「…………いや、何でもない」
どう見ても何か言いたそうなカイだったが、それでも何も言わず、話は終わりとばかりにそっぽを向く。
なぎさは首を傾げるも、すぐそんなことは忘れ、訓練開始の準備に移った。




