デート?
二人で入った喫茶店の中、祐希はがちがちに緊張している。
その様子をあさひは、プリンを食べながら微笑ましく見まもっていた。
(こう見えてもやっぱり男の子だったんだなぁ)
はっきり言えば、あまり彼を異性とは意識していない。
これまで自分たちの距離感は完全に女子同士のそれで、そして彼もそれを楽しんでいたと思う。
とはいえ……二人っきりで遊んだだけでそんなに緊張するようなら、これからは気をつけてあげないと。
そう、あさひは考える。
少し上から目線なのは、相手だけ緊張しているという優越感からだろう。
正直、今の距離感が心地よいからあまり変えたくない。
けれど、それで相手を苦しめるのなら本末転倒も良いところだ。
そう思っている中……おずおずと、祐希は口を開いた。
「あの……あさひさん」
「ん? 何かな?」
「な、悩みがあるなら聞くよ!」
そう言葉にした祐希の表情は、真剣そのものだった。
「……ふぇ?」
スプーンを加えながら、あさひは間抜けな顔になる。
なんとなく……本当になんとなくだが、自分が恥ずかしい勘違いをしていたということに、あさひはうすうすと勘づきだした。
祐希の勘違いというのは、とてもシンプルなものだった。
あさひは毎日放課後、部活動に向かっていた。
ノリノリで、本当に心から楽しそうに。
そこで何があったとか、どういうことをしたのかとか、嬉しかったことも嫌だったことも、なんでも祐希に話していた。
けれどここ数日そういうことがなく、部活の話を全くしない。
そして今日に至っては部活にさえ行かず、こうしてお出かけのお誘い。
何か大変なことがあったに違いない。
そう祐希は思い、勇気を振り絞ってあさひの悩み相談を受け持った。
まあ、本当に単なる勘違いだが。
祐希が思うほど、あさひの神経は繊細なものではない。
なにせなりたい理想は"少年ロボットアニメの主人公"で、理想の恋愛タイプは"最後に意思を持って主人公の身代わりとなるAI"である。
外見こそ儚いが、中身は祐希の百倍は男らしい。
いつまでも子供という部分も含めて。
「え? 部活休み?」
祐希の言葉にあさひは頷く。
「そう。地下階層の清掃に区切りが付いてね。今工事中なの。だから暇でね……」
そう、本当にそれだけ。
つまるところ誘った理由は恋愛目当てでもなければ悩みがあったからでもない。
単に、"暇"だったというだけである。
「……そっか。それなら良かった」
ほっと、祐希は安堵の息を吐き、コーヒーを傾けながらあさひの様子を見る。
彼女は、美味しそうにコーヒーゼリーを食べていた。
「今気づいたけど……凄い食べるね」
あさひのテーブルにあるのは、空になったプリンにコーヒーゼリーにソーダフロートと、子供の夢を叶えましたみたいになっていた。
「私、小食だから」
そう言って、あさひは笑う。
矛盾している言葉に見えるが、そういうわけでもない。
小食なのが嘘でないことを祐希は知っている。
あさひの食事量は、基本的に成人女性の平均量である。
けれどそれは、あさひが我武者羅にがんばって、それでようやくであり本来の彼女の適量はもっと少ない。
普通の女性なら小食でも問題ないだろう。
けれど、あさひはパイロット志望である。
食べて筋肉を付けなければならなかった。
小食だからこそ、食べないといけない。
食べるということは、あさひにとって義務となっていた。
しんどくないのか。
そう聞こうと祐希は思ったことがある。
けれど、やめた。
野暮でしかないからだ。
だから、それなら応援しよう祐希のカバンにはいつも胃薬が複数種類常備されていた。
今のところその必要はなさそうだが。
「あのー祐希さん。ちょっとおひとつ相談なのですが」
「ん? どうしたの?」
「手伝って、もらえたりしません?」
あさひはそっと、綺麗に半分となったコーヒーゼリーを差し出してきた。
祐希は苦笑し、頷く。
食べかけのコーヒーゼリーを食べるのは、嫌じゃないけどちょっとだけ恥ずかしかった。
その後、フロートのアイスを『あーん』してもらった時は、もっと恥ずかしかった。
「それで、この後のご予定は?」
コーヒーをもう一杯頼み、祐希は尋ねる。
口直しで残った甘さを取らないと、赤面してしまいそうだった。
「特に決めてないけど……祐希は普段どこで遊んでるの?」
「僕? 僕は……基本インドアだからなぁ……」
「私が普段行く場所でも良いけど、ちょっと遠いんだよね。どこかない? 祐希おすすめのお店」
「あー……いや、でも……」
「なになに? 何かあるなら教えて?」
祐希は眉を顰め、困った顔を見せる。
けれど結局いつものように押し負け、行きつけの店に案内することとなった。
「へー! こんな感じなんだ」
目を輝かせながら、あさひは見上げるように店のたたずまいを見た。
『ミリタリーショップ:ジャンクヤード・DECENT』
看板には、そう書かれていた。
ミリタリーに全く興味がないわけではないが、若干趣味の方向性とはズレているため、これがあさひの初ミリタリーショップ体験だった。
「でも、なんて言うか……古着屋みたいだね」
きょろきょろと周囲を観察し、そんな感想を口にする。
ショーウィンドウから見えるジャケットやらブーツやら。
あさひの知る古着屋と比べたら大分ごついし、同じような色ばかりだが、系列としては同じに見えた。
「外から銃とか見えたらちょっと嫌じゃない?」
祐希の質問にあさひは首を傾げた。
「なんで?」
「……いや、なんでって……平和とかそういう?」
「でも、本物じゃないし。……あ、もしかして本物も売ってるの?」
こそこそと内緒話をするように、あさひは囁く。
心配と不安が見え隠れするその表情を見て、祐希はくすりと笑った。
「大丈夫だよ。まあ、許可を取って置いてある店もあるけど。それとミリタリーショップって案外銃そのものは置いてないよ」
「そうなの?」
「うん。銃メインならガンショップになるし。そっちならエアガンからモデルガン、あと競技用のレーザーガンなんかも多く置いてあるよ」
「ふーん。あとさ、どうしてここに置いてある服って黄土色が多いの? 普通こういうのって緑とかじゃない?」
「そういう迷彩もあるけど、ほら、迷彩って身体を隠すことが目的でしょ」
「うん」
「だから、森林だと緑で良いけど砂地の場合はカーキ色、まあ砂色だね。これがメインになるんだ」
「なるほどねー。じゃあどうしてこの店はカーキ色ばかりなの?」
「えっと……普通はまあ、在庫の仕入れって言いたいけど……たぶん、趣味だね。店長の」
祐希は苦笑しながら、どこか恥ずかしそうに呟いた。
店内も相変わらず、あさひの想像するミリタリーショップとはかけ離れていた。
ブーツや小物、水筒や弁当、あとシャベルと、どちらかと言えばホームセンターのような品揃えに近い。
違うのは、多くがガラスケースに収められていることと、ナイフなどが多々見えることくらいだろうか。
「お邪魔します」
そう言って前を進む祐希の後ろを、あさひは追従する。
ごちゃごちゃした店内のカウンターにいる老人は、祐希の方を見てニカっと笑った。
「おう。いらっしゃい。今日はどうした? 何か入り用か?」
そう言った後で、老人は祐希の後ろにいるあさひに気づく。
一瞬怪訝な表情をしたかと思うと、老人は急に顔を強張らせた。
「なんだお前! 今度は部員で説得ってか! そんなことしても俺は首を縦にゃ振らないぞ!」
怒鳴り散らした後、老人は腕を組みそっぽを向く。
その様子を見て、あさひと祐希は困ったような表情で顔を見合わせた。
「あー……えっと……人違いをしてませんか?」
あさひは小さく手を挙げ、おずおずと尋ねると、老人はそっぽを向いたまま叫ぶ。
「あんた、アークのメンバーだろ?」
「おや、良くご存じで」
「だったら人違いも何もないじゃろが! ワシは協力せんからな!」
ふと、あさひの頭の中に胡散臭い笑みを浮かべるなぎさの姿が見えた。
「あー……なんとなくわかった。おじいさん。私、スカウトとかそっち無関係だから良く知らないんだ」
老人はジロリと、目だけであさひに威圧してきた。
「なら、何しに来やがった?」
「えっと、友達の付き添い?」
そう言ってあさひは祐希の腕を掴み、抱きかかえるようにして親密アピールしてみせる。
祐希は少し恥ずかしそうにしていたが、ここで振りほどいたら大変なことになるとわかりされるがままとなりながら、何度も首を縦に振った。
あちこちに目線が飛び、うろうろと楽しそうな表情をする祐希を、あさひは微笑ましく見守る。
いつも祐希は微笑は浮かべているが、今の笑みはそれとは明確に違う。
楽しいという気持ちがこちらに伝わるような、とても良い笑顔だった。
ニコニコと微笑むあさひの傍に店長である老人が近寄る。
そして、こほんと一つ咳払いをした。
「おい、お前」
老人の声が小声だったから、あさひも合わせて祐希に聞こえないよう小さな声で返事した。
「はいな。なんでしょ」
「お前……えと、祐希の何だ? 本当にダチか?」
「んー。恋人って言ったらどうする?」
「そんな馬鹿な!?」
老人は叫んだあと、しまったという表情をしながら慌てて口を閉じ、祐希の方を見る。
そして、祐希に反応がないのを見てほっと安堵の息を吐いた。
「そんなわけない……と言いたいところだが、まあ……そういう時代なんだろう。認めてやらんでもない」
「ご家族さん?」
「違う。けど……あの子に負い目がある立場でな。幸せになってほしいとは願っとる」
「そかそか。大丈夫、本当に普通の友達だよ。それは約束するし、おじいさんのスカウトのために友達になったわけでもないから安心して」
「お前……俺の思惑がわかって……」
あさひは小さく頷く。
よほど祐希のことが大切なのだろう。
疑って、不安でしょうがないというのが強張った顔から見て取れた。
「そもそもの話、私、お爺さんがどうしてスカウトされてるかも知らないよ。ミリタリーだから……銃器に詳しいとか?」
「言うつもりはない。客なら客らしくしてろ。祐希! ちょっと来い!」
老人はちょっと良い笑みを浮かべながら祐希を手招きしながら、あさひの顔をうっとうしげに見つめる。
話をするからどっか行けと、その態度は言っていた。
「あー。なんかユニットに関する物とかない?」
「んなもんないわい。あんなもんミリタリーとは認めん! ただ……」
「ただ?」
「何故か知らんが二階にはRAEオンラインの攻略本が幾つかあるぞ」
【R.I.S.E. - Arcade Edition Online】
それは現在ゲーセンで稼働中の、ロボット同士による対戦ゲームだ。
登場する機体はすべて実在するもので、操作方法も限りなく本物に近い。
というか、ぶっちゃけ高性能なシミュレーターである。
国家機密だった最新シミュレーターの型落ち品をベースに改造し、娯楽用としてゲーム化したもの。
もちろん最新鋭には及ばない。
それでも精度は非常に高く、実機のプロが練習に利用することさえある。
RAEオンラインでは様々な負荷がオミットされた上、プロリーグでしか乗れないような高級ユニットにも乗り放題。
その上全国どのゲーセンにもあるという手軽さからプレイヤー人口は非常に多い。
世界大会やプロリーグがあるのは当然、アマチュアのプレイヤーだって人気が出たらインタビューを受けることもある。
アマチュアトップ百にでも入ろうものなら、それはもう芸能人に等しい扱いを受ける。
そんなRAEオンラインの攻略本なら当然、ある程度は実機操作にも活用できる。
「なんか、パチンコの三点方式みたいだね」
ミリタリーじゃないからユニット関連の物は置かないけど、ユニットのゲーム攻略本は置くその姿勢をあさひは突っ込む。
老人は、そっと顔を逸らした。
老人はあさひが上に行ったのを念入りに確認してから、祐希をじっと見つめた。
「なあ祐希や。……本当に、あいつはお前の友達なのかい? また……嫌な想いを……」
祐希は首を横に振った。
「友達だよ。少なくとも、僕はそう思ってる」
「……じゃが……あやつは女で……」
そう、女。
一時期あさひは、若い女性や女性物の制服を見るだけで嘔吐し泣き叫んだこともあった。
そして、それを老人は見ていた。
責任を感じていた。
なにせ、祐希がいじめられたのはミリタリー趣味だったから。
つまりそれは……。
祐希は微笑を浮かべる。
「今でもね、女の子は怖いよ」
「じゃあ、あいつなんて怖いだろ。大学生には見えないし、ちっちゃくて……お前が一番怖い時の女じゃ……」
「ううん。とても失礼なことだけどね、あさひさんはあんまり女の子に見えないから」
そう言って、祐希はくすりと笑う。
ロボットアニメの話ばかりして、ユニットの話ばかりして。
だけど空気が読めないわけじゃなくて、ずっとこっちを楽しませようと意識してくれて。
優しくて温かくてまっすぐで。
だから、祐希は彼女が大好きだった。
「ねぇ店長」
「……なんだ?」
「僕には良くわからないけどね、出来たら、あさひさんに協力してあげて欲しいんだ」
「お前……だが……それは……」
「お願い。あさひさんのおかげで、僕は大学に通えているし、それに毎日が楽しいんだ」
毎日が楽しい。
その言葉の重さを、老人が知らぬわけがない。
自分の影響でミリタリー趣味になり、その所為でいじめられたこの子が、その趣味を肯定できる。
その価値に気づかないわけがない。
そして、それが彼女のおかげであるということも。
「じゃが……あんな……十年前に事故を起こした部活の復活なんて……」
そう……アークが廃部となったのは呪われた事故があったから。
そしてその事故に、老人は無関係というわけではなかった。
「……ごめん、無理言ったね」
老人の深い後悔が見えたのだろう。
祐希微笑みながら、それでも真摯に頭を下げる。
その笑みが無理をしているとわからないわけがない老人は、ただ眉を顰めることしかできなかった。




