『マギア論』
ある日突然、未知の鉱物が発見された。
クリスタルに似た形状で、常時波長の異なる光を発し続けるという不可思議な特性を持ち、時に光だけでなく特殊な物理法則さえも引き起こした。
まるで魔法のように。
それがすべての始まりであった。
四限、一日の最後の講義で、あさひは席に座る祐希の背を目にした。
「おや珍しいところで。隣良い?」
「あ、あさひさん。うん、もちろん」
そう答え、祐希は微笑みながら少し横に移動し、あさひが入りやすくした。
「ありがと。あと、この前の差し入れもありがとね。みんなで仲良く貰ったよ。なぎさ先輩に半分以上食べられたけど」
「あはは。それであれだけ細いって凄いね」
「頭脳労働したらすぐに痩せるんだって。逆に言えばサボったらあっという間に太るらしい。不思議な性質だよねぇ」
「へぇー。羨ましいような羨ましくないような……」
「ん? 祐希ってそういうの気にするの?」
所詮あさひのイメージだが、祐希の場合むしろ男の割に筋肉が付かなくて気にしているではないかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「まあ、多少はね」
「ふーん。ちなみに私は幾ら食べても太らない」
「……本当に?」
「うん」
「す、凄い……羨ましい……」
絞り出すような声の奥に見える妬みは、隠しきれないほどに深かった。
「男の人でもそういうの気にするんだね」
祐希は一瞬びくっと身体を震わせた。
「あっ、いやっ、まあそれなりにはね。僕あまり筋肉とか付かなくてすぐ脂肪になるから」
「あ、それ私もー。これでも毎日筋トレとジョギングしてるんだよ」
そう言って、あさひは苦笑する。
どれだけ鍛えても貧弱な体質から脱却できない。
それはあさひにとって小さなコンプレックスだった。
「まあ、確かにあさひさんって黙ってたら薄幸の美少女って感じだよね」
祐希の言葉にあさひはにこりと微笑む。
ただ、内心はちょっとだけ驚き、焦っていた。
異性から容姿を褒められ平然としていられるほど、あさひに恋愛経験はなかった。
「ん? どうしたの?」
「う、うん! にゃんでもないよ! そんな褒めても何もでないよ祐希」
「でも、実際そうじゃない? 細身の身体に綺麗な髪で。……口を開いたらお姫様というより熱血主人公だけど」
「俺の炎はマグマよりも熱いぜ!」
何かのアニメみたいなことを言い出すあさひを見て、祐希は楽しそうに微笑む。
単なる照れ隠しに過ぎないが、それでも話を誤魔化せてあさひは内心ほっと安堵の息を吐いた。
「んで話戻すけどさ、祐希がこの講義取るって珍しいね。別に必修でもないのに」
「まあ、消去法だね。あさひさんにとっては……むしろ本命って感じかな?」
あさひはどこぞのアメコミヒーローみたいな笑みを作り、サムズアップをしてみせた。
それから数分ほどして、講師がドアから現れあさひと祐希はお互いの顔を見合う。
また随分と、一癖も二癖もありそうな外見だった。
講師は男性で、歳は二十代後半くらいと若い。
極端な美醜はしていないのだが、そもそもその外見は美醜という領域を超越している。
彼は、病的と呼ぶに相応しいほど細かった。
細いというか、もはや骨。
講師よりも病院で木の葉を見つめる方が似合いそうなくらいに細い。
顔色も青白く、病院に行かなくても良いのかと不安になる。
けれど、その声は意外なほどに力強かった。
「良く来たな馬鹿共! さっそくだが忠告してやる! 単位が取りやすいからなんて舐めた理由で受講を選んだ馬鹿は諦めて帰れ! それは去年までの話だ!」
妙に野太い力強い声は、ビリビリと教室に響き、不穏な空気となる。
あさひはそっと、周囲を見渡す。
何故かわからないが、あまり真面目そうには見えない生徒が多かった。
「この講義取りやすいの?」
こそこそ声であさひは祐希に尋ねた。
「らしいね」
「そこの貴様ぁ! 貴様は何故この講義を選んだ! 未来のためだぁ? どこの未来だ言ってみろ!? 上っ面だけしか知らんのなら帰れ! 貴様はどうだ! 零点だ馬鹿めが! 貴様は!?」
乱雑に質問を投げかけ、その解答が真面目だろうと不真面目だろうと罵倒していく。
講師の圧に負けたのか、言われた通り単位目的だったのか。気づけば、生徒の数は半数ほどとなっていた。
「貴様はどうだぁ! そこの他人事のような面してるやつ!」
とうとう、祐希にまで被害が及んだ。
「は、はい! 廃れはしたものの最新の技術なのは間違いないので、知識として学んでおけばいずれ応用できるかと思い選びました」
当てられることを想定していたのだろう。
祐希はおどおどしながらも、はっきりとした答えを口にした。
「薄いし真面目が過ぎる! だがまあ良い! 及第点をくれてやる! 銀髪の貴様はどうだ!?」
あさひは立ち上がり、講師に負けない声で答えた。
「イクス・ユニットが大好きだからです!」
あさひの勢いに気圧されたのか、講師は唖然として黙り込む。
けれどすぐ元に戻り、あさひに叫んだ。
「満点だ! 俺の講義をしっかり学べ!」
そのままホワイトボードの前に戻り、ボードに大きな文字を書いた。
『知識』
書かれたのは、それだけだった。
「屁理屈なんざいらねえんだよ! 大学にゃ"お上品"に考える奴が多すぎる! 違うだろ!? 学ぶってのは、それ単体で最上の娯楽だ! 新しいことを知るたびに脳汁と共にアドレナリンがどっぱどぱ吹き出すあの感覚! それに勝る物などこの世に存在せん! だから貴様らも馬鹿なりに学びを《《楽しめ》》!」
講師はバン! と、どこぞの裁判ゲームばりに教卓を叩いた。
静まり返った中、講師は「これより【マギア論】の講義を始める!」と宣言した。
『エーテル結晶』
科学技術の発展により世界中のあらゆる土地が調査され、『この地球上に未知は存在しない』とまで思われていた時代。
そんな時代に突如何の前触れもなく、完全なる未知の鉱石が発掘された。
『マギア論』とは、その鉱石……『エーテル結晶』と、その結晶による現象について解説する学問となる。
まるで天から降って湧いたかのように現れたエーテル結晶は、発見当初から世界中に衝撃を与え、連日のようにニュースで取り上げられた。
だが、本当に人々を震撼させたのはこの後。
結晶の存在そのものではなく、それが持つ数多くの異常な性質の方。
結晶を研究するたびに、多くの学者が驚愕し物理学の法則がぐるんぐるんひっくり返り続けた。
まず最初に確認されたのは、異常なまでのエネルギー変換効率。
電池の中継ハブとして組み込んだ場合、出力を維持したまま、発電量がおよそ二倍にまで増加するという驚異的な結果が記録された。
けど、そんなものはまだ序の口だった。
研究が進むにつれ、結晶そのものが自律的に発電を始めることが判明した。
しかも、どれだけ電力を放出しても、結晶自体に劣化や変質は見られない。
つまり、それは疑似的な永久機関に等しいということだ。
しかも、生み出せるものは電気だけに留まらなかった。
炎や水、氷。
果ては土や金属といった物質までも、エーテル結晶は生成してみせた。
もはや単なるエネルギー変換効率の問題ではない。
それは『無から有を生み出す奇跡の石』である。
自然法則を真っ向から踏み越えるその性質は、まるで遥か科学の祖であり太古の学問――錬金術を彷彿とさせる。
ゆえに人々は、この未知の鉱石を【エーテル結晶(EC)】と名付けた。
とはいえ……研究が進むにつれて、期待は落胆に変わっていった。
エーテル結晶は『万能の石』などでなく、『非効率の奇跡』でしかないと判明したからだ。
全く使えない無駄なものというわけではない。
だが、石炭や電気、インターネットなどのような新時代を築くに相応しいほどの代物ではないというのが、現時点まで研究の成果であり、その結論となっていた。
「そして、そのECを利用した兵器が『多目的駆動外殻』。つまりイクス・ユニットの原型となる。……ちっ! もう終わりか。では本日はここまでとする! 質問があればいつでも俺の元に来い!」
講義終了のチャイムに勝る声でそう告げながら、講師はさっさと帰っていった。
講師は最後まで、名前を言わなかった。
「……じゃあ、あさひさん。またね」
そう言って祐希が去ろうとすると……。
「あ、ちょっと待って」
あさひは慌てて祐希を止めた。
「ん? どうしたのあさひさん?」
「えっとね……」
少し恥ずかしそうにもじもじとした後、あさひは言った。
「良かったら、この後一緒に遊ばない?」
恥ずかしそうな顔でのそのお誘いに、祐希は絶句し目を大きく見開いた。




