こじらせコンプレックス
カイが部員に加わってから数日が過ぎたが、特に大きな変化はなかった。
ラプトル二号機の導入によって作業は二馬力となって着実に片づけは進み、大型エレベーターも稼働を始めた。
つまり、ようやくゴミを外へ搬出できるようになったということである。
変化らしい変化といえば、その程度だった。
そんなとある日曜日。
少しでも早く箱舟の本格始動を目指したいあさひは、休日返上でラプトルに乗り、えんやこらと片付けに精を出していた。
まあ、ぶっちゃけただの建前だ。
まるっきり嘘というわけではないが、本音はただ機体に乗りたいからという至極単純なものである。
制限モードは遅く鈍く、動かすたびにフラストレーションが溜まっていく。
それでも、ロボットに乗っているというこの感覚はあさひにとってたまらなく病みつきになるものだった。
かしゃんかしゃんと腕を鳴らしながら動かし、すいーっとローラーを回して運ぶ。
幼稚園のころ、こんな感じの玩具で遊んだなぁと感慨深い気持ちを思い出した。
重機のおもちゃを動かして、ボールを乗せて工事現場ごっこをする感じのやつ。
今やっていることも、それの延長線上のようなものだった。
そして、すいーっと動く相手機とすれ違う。
ラプトル二号機。
もちろんそれに乗っているのは……。
(案外真面目だねぇ)
呆れ半分であさひは苦笑する。
自分を幽霊部員だなんて言っていたくせに、カイはあれから毎日来ては最低一時間半は清掃の手伝いをしていた。
だから悪い奴じゃあないとは思う。
口と態度が悪いのは間違いないが。
けれど、イクス・ユニットの部活に入っているくせにロボットアニメを見ていないなんてことは、許されざる悪徳と言えるだろう。
(今度なぎさ先輩と協力して、長編ロボットアニメフルマラソン完走するまで出られない部屋とか用意しようかな)
「おや。こんなところにドーナツが。これはあさひちゃんの私物かな? 丁度今糖分補給をしたいと願っていたところなのだが……どうだろうか? 先輩の私に情けをかけてくれる気はあるかい?」
部屋の隅でテーブルを広げ、ノーパソをかたかた言わせていたなぎさが声を大に叫んだ。
「良いですけど、私とカイの分は残しておいてくださいよ! それ、みんなにってことで祐希から貰ったんだから」
「わかった。ありがたくいただこう」
嬉しそうに、迷わず一番高そうなドーナツを取り、なぎさは再びパソコンの虫に。
片付けを手伝ってこそいないが、あれはあれで重要な仕事をしているとあさひは理解している。
そうでなければ、生真面目な達臣が文句を言わないはずがない。
「……俺のもあるのか?」
カイが静かに呟く。
その声色から、困惑がありありと見て取れた。
「何を変なことを。当然じゃない。甘い物嫌いだった?」
「……いや、後でありがたくいただく」
「…………ん。そうして頂戴。なぎさ先輩に取られないうちにね」
「おいおい酷いじゃないか。まるで私が人の物まで奪うのが当然のような言い方をして」
そう口にするなぎさだが、既に二つ目を手に取っている辺りで説得力はまるでない。
達臣が自分の分を先に確保している辺り、その心配の正しさに拍車をかけていた。
あさひは荷物を運びながら、カメラアイを動かしカイの方を見る。
別に担当区域を決めたわけではないのだが、カイ周辺の方がスクラップやがれきの数が明らかに少なかった。
「ねぇカイ。ちょっと良い?」
「……なんだよ?」
「なにかコツとかあるの? あったらおせーて」
「……は? こんなのにコツもクソもないだろ」
「じゃあ、なんでそんなスムーズなのよ」
「あん? ……めんどくせぇな」
そう言いながらも、カイの操るラプトルはキュイっと向きを変え、正面をあさひに合わせた。
ぶつぶつと文句を言いながらも、ちゃんと見てくれるようだ。
(こいつ、もしやツンデレか?)
男のツンデレはどうかと思うものの、ここでそれを言えば見てもらえなさそうだから、あさひはお口をチャックした。
「じゃ、ちょっと動いてみろ」
「はーい! いくよらぷたん!」
低速ローラーを回し、スクラップの前まで移動。
そのまま両腕で挟み込むように掴み、物体をロック。
軽く上下させ、しっかり固定できたのを確認してから、慎重に向きを変え、ゆっくりとエレベーター内に運び、そしてカイの元に戻ってきた。
「こんな感じだけどどう!? 直すところあった?」
「直すところかどうかは知らんが……動きに無駄が多すぎる」
「なにおう!? 私のどこに無駄な動きがあると!?」
「なんでキレてんだよ……。ふむ……もしかしてお前、操縦システム変更してないか?」
「もちのろん! ロボット操縦するならばレバーを持ってこそ!」
あさひはラプトルで器用に胸を張るポーズを取ってみせた。
「……はぁ。バトルではともかく、こういう精密作業の時はスフィアモードのままでやれ。アドバイスはそれだけだ」
「なるほど。でも断る!」
「なら好きにしろ」
あさひはきょとんとした。
「あら意外。怒ったりしないの?」
「なんでだ?」
「俺のアドバイスを――とか、最高効率以外邪道だ――とか、そういう感じで」
「別にどうでも良い。あんたの拘りが強いのは、この短期間で嫌というほどわかったからな」
「へいへい。ご指導ありがとうございまーしたー」
ちょっと拗ねたフリをして、あさひはカイから距離を取る。
カイがあさひのオタク気質を理解したように、あさひもカイのことを少しだけ理解していた。
案外真面目でツンデレ。
そして……家族の話題が完全に地雷であるということ。
だから、聞きたいことがたくさんあるけど、あさひは何も言っていない。
親のサインくれとか、どんなのに乗ってるのとか、ユニット持ってるなら見せてとか、そういうのを空気を読んで一切飲み込んで、ただ生意気な部活仲間としてだけ扱っていた。
「……少し早いが帰る。悪いな」
カイはぽつりとつぶやき、部屋の隅にラプトルを動かし、そのまま降りた。
あさひはモニターから時間を確認する。
まだ十一時半だった。
「お昼から何か予定が?」
「バイトだ」
「あー……もしかして苦学生?」
カイの表情が曇ったのを見て、あさひは自分の質問がミスだったと気づいた。
(聞かないようにしてたのに……やっちった……)
反省し、答えなくて良いと言おうとするその前に、カイは答えた。
「いや。金に困ってはいない。ただ……あんまり世話になりたくないんだよ。不出来な息子だからな」
「あんたのどこが不出来なのよ。見る限り凄いじゃない」
「……こんなもんじゃないんだよ。竜胆ってのは」
吐き捨ててから、カイは去っていった。
「……こじらせてるねぇ」
なぎさはパソコンから目を離さないまま、独り言のように呟いた。
「悪いこと聞いちゃったなぁ」
あさひがしょんぼりと言うと、なぎさはあさひの乗るラプトルの傍へ楽しそうに移動した。
「気にしなくても良いさ! 青春とはそういうものだからね! 私は君たちが仲良くなるためなら、幾らでも協力するよ! いや、させて欲しい!」
両手を広げ、謳い上げるようになぎさは言った。
「わかってると思うが、面白半分だからあまりそいつに頼るなよ」
荷物を運びながら、達臣は顔も向けずそう口にした。
「はい。本当に相談する時は達臣先輩にしますね!」
わざとらしい明るい声であさひが言うと、なぎさと達臣の両方が嫌そうに顔を歪める。
その顔がちょっと似ていたから、思わずあさひは笑ってしまいそうになった。




