盗賊団Ⅲ
地下牢の空気は重かった。
子供が5人、男も女もいるが
女は奴隷商に引き渡すつもりらしい。
「それでは私はこれで」
今回、奴隷商にはなにもせずに見逃して
追跡をしろという方針を聞いている。
奴隷商もすぐに品物を受け取るのではなく
金だけ払って、現物を確かめに来ただけのようだ。
「品物は後日、いつもの手筈で」
「味見はしていかんのか?」
「あなたと違って品物を傷物に
するつもりはございませんので」
奴隷商はそそくさと退出していった。
…一応保険かけておくか。
グランベル伯爵は上機嫌だった。
これからいつものように酒を飲み、
少しハメを外して遊ぶのだ。
貴族社会を生きるストレスは想像を
絶するものがある。
聖教との付き合い、王都の政治による
騙し合い、お互いの欲を利用した
駆け引きに伯爵はうんざりしていた。
また普通の顔をして、それをする為の
少しの慰みのような行為。
大人を、女を信用できなくなった
伯爵の少年趣味。
コレクションを眺めながら
さて、今日はどんな催しをしようか
考えるこの時間が最も安らぎ
休まる時間。
ーーーまさかその酒に睡眠薬が
入っているなどとは微塵も考えなかった。
伯爵が意識を失う直前に確かに
聞いた暗い声。
その言葉はこう言っていた。
「深夜のお散歩といこうか」
◇ ◇ ◇
子供達は絶望を見ていた。
伯爵ではなく、少し若めの男がやってきた。
この男に犯されてしまうのか。
よく見ると彼もそんな趣味を持っていそうなほど
下卑た笑みを浮かべていた。
しかして彼のとった行動は真逆であった。
「解散だ。さっさと帰れ。
これに懲りたら美味い話に飛び付かず
慎重に判断しろよな」
子供達は口々に礼を言う。
助けてくれてありがとう、こんなことだと
思わなかった、だの。
男はスラムでも話題の盗賊団の一味のようで
外ではその盗賊団の仲間たちがスラムまで
安全に連れ帰ってくれるそうだ。
「帰らない」
1人の子供がそう言ったことで
他の子供達は一斉に足を止めた。
「…あの伯爵の玩具にされたいのか?」
「それでも…スラムに戻るよりマシだ」
そう耐え抜けば。自分さえ耐えれば
妹をもっといい暮らしをさせてやる
ことだってできるはずなのだから。
男はそういうことか…などと
誰かと話すようにひとしきり
呟いたあとに言った。
「覚悟を決めたところ申し訳ないんだが。
伯爵は今日で失脚する。多分目当ての生活は
できないだろうよ」
男は盗賊団への入団も勧めてきたが…
「手を汚すくらいなら自分を汚した
方がましだ」
「わかるよ。おじさんも前はそうだった」
「どうして変わったの?」
「それを我慢しても、誰も俺のことなんか
見てくれてないって気づいたから」
最後にその男は寂しそうに
君がそうじゃないと願っているよと
付け加えて好きにするといいと言って
消えていった。
◇ ◇ ◇
目覚めると伯爵は椅子に座らされていた。
椅子に拘束されたまま
荒い呼吸を繰り返している。
額には脂汗。
顔色は真っ青。
椅子ではない。股間が裂けるような痛み。
自分が催しによく使っていた三角木馬に
伯爵自身が座らされていた。
「痛いぃぃぃぃ!!!!」
「た、頼む……金なら出す……!」
「お前さ」
レイナが冷たく笑う。
「本当にそれしか言えねぇの?」
訓練場として使用されていた
倉庫の床には帳簿が散らばっていた。
奴隷売買の記録。
孤児の名簿。
裏金の流れ。
王都上層部との繋がり。
全部、クソ几帳面におぞましい取引の
全てを記録していた。
これも奴の趣味の一環なのかもしれない。
イッセイはそれを見下ろしながら、小さく息を吐く。
胸糞悪い。
想像以上だった。
「なぁ伯爵様」
レイナがしゃがみ込む。
赤い髪が揺れる。
「お前、今まで何人売って
何人犯した?」
「ひっ……」
「覚えてないか?」
笑っている。
だが目が笑っていない。
「わ、私は命令されただけだ……!」
「誰に?」
伯爵が黙る。
まるでその名前は言えないと言わんばかりだ。
レイナは小さく舌打ちした。
「まぁいい」
立ち上がる。
「どうせ吐かせるし」
盗賊団の男たちが近付く。
伯爵の顔が引きつった。
「ま、待て! 騎士団が来るぞ!」
「来ねぇよ」
レイナは鼻で笑う。
「お前ら貴族がスラムで人消えても無視したみたいにな」
静かな怒りだった。
イッセイは周囲を見る。
盗賊団の連中も、いつもの軽口がない。
多分。
誰かしら被害を見てきたんだろう。
孤児。
家族。
仲間。
王都の“綺麗な部分”の裏側で。
「……殺さないんだな」
イッセイが言うと、レイナは肩をすくめた。
「簡単に死なせる方が楽だろ」
「……」
「スラムの住民でも同性、しかも
少年に手を出したら貴族の間で
どんな目で見られるか知ってるぜ?」
「一思いにやってもいいと思うけど」
その言葉に、伯爵が震える。
「や、やめ――」
「だそうだ」
レイナが笑う。
「ここで死ぬか、生きて恥を晒すか…
どっちがいい?あとお前…」
「?」
「猫と太刀どっちだ?」
伯爵の顔が凍った。
盗賊団の連中がゆっくり武器を抜く。
誰も止めない。
俺もこういう連中が野放しになる世界よりはマシだ と思った。
翌日彼は無事おうちに帰ったが
独身の彼の唯一の息子とは生き別れに
なってしまったようだ。
きっとトイレでも排泄するたびに
ウミガメの出産のように涙を流した
ことだろう。
ほどなく盗賊団がリークした新聞の
一面に醜聞が報じられ、3日後に憲兵に逮捕。
異世界でも逮捕までの流れなんてのは
意外と変わらないようだ。
伯爵自身は憲兵との取り調べ中に
服毒自殺を試みて意識不明となったそうだ。
「吸うか?」
レイナが差し出した煙草を受け取り、
火をつけてもらう。
何気に異世界初煙草だった。
「あんな状況で拷問されてでも
死ぬのを嫌がった奴が自殺未遂だってよ」
「殺されたって丸わかりだよな。
雑な口封じがまかり通ってんな」
「なに考えてる…?」
瞳を少し潤ませながら、ここ数日見てきた
レイナからは考えられないほど
しおらしい表情で俺に聞いてくる。
「美人を眺めながら吸う煙草美味いなって」
「なっ…!そういうことじゃねえよ!」
夕焼けに染まったのか、赤面した顔と
風に靡く長い赤髪は間違いなく美人だと言える。
しかし聞きたいのはそういうこと
ではないらしい。
「今回の仕事のことか?」
彼女は首肯しながら話し始める。
「あたし…別に貴族の闇を暴きたいとか
考えてないんだわ…」
「ただスラムのみんなが食うに困らなく
なればそれでいいって思ってたし
実際、最初はそういう活動が多かった」
「ああいう仕事は本意じゃないって?」
「みんなの気持ちもわかるんだけどね…」
わかるだけに、というやつなのだろうか。
彼女は決してノリノリで拷問してたわけでもなく
みんなの代弁者というわけだ。
確かに貴族に恨みつらみが溜まってそうな
生活をしているとは思うが。
「だから新人から見てどうかってことだよな?」
彼女は再度、首肯する。
茶化そうとも思ったが…やめだ。
彼女の瞳がわずかに潤んでいた。
思わず勘違いしそうにもなるからやめてほしい。
「今回の件だけじゃどうとも言えない。
だから…ちゃんと俺なりの視点で見てみるよ」
新人には新人で見えるものがある。
組織に慣れきった人たちは感じられなくなった
違和感や身内ノリ。
ましてや俺なんてこの世界では
ピカピカの新人なんだ、最適だと言える。
彼女はそれでいいよと話した。
そう言う姿はただの悩ましげな美人にしか見えない。
ここは抱きしめるところか?
…なんちゃって。
彼女にはお頭という幼馴染がいる上
勇者との恋模様だって待っているのかもしれないのだ。俺が手を出せる存在じゃない。
あと彼女は美人だし、かなり目立つ。
美人がいても全く手は出せない。
モブキャラの辛いところである。




