盗賊団Ⅰ
盗賊団に入って三日後。
イッセイはボコボコにされていた。
「ぐぇっ!?」
「遅ぇ!」
木剣が腹に叩き込まれる。
呼吸が止まった。
スラム地下の訓練場。
元々は倉庫だった場所らしく
棚に荷物が積みあがっていて
路地のようになっている。
中心のひらけた場所には教官役の
先輩が立っている。
そこでイッセイは毎日、盗賊団の連中にしごかれていた。
「気配丸わかりだぞ!」
「一撃加えたら離脱しろ!」
「いつまで隠れてるんだ!疲れたか!?」
飛んでくる怒号。
容赦がない。
「いっ……!」
仕掛けるとカウンターで再び木剣が飛んでくる。
イッセイは反射的に身を捻った。
空気に溶けるように体をずらす。
木剣が鼻先を掠めた。
「……お?」
訓練役の男が眉を上げる。
だが次の瞬間。
横からレイナの蹴りが飛んできた。
「甘い」
「ぶっ!?」
吹き飛ばされる。
床を転がる。
「敵が複数いることにも気づけよー」
レイナは木剣を肩に乗せたまま言った。
どうやらいま訓練場に入ってきたようで
補足し損ねた。
どうやら気配を殺しながら
この倉庫に入ってきたようだ。
「お前戦闘向いてねぇな」
否定できない。
元の世界でもスポーツとしての格闘技の心得は
あるものの、人に対して暴力を振るうというのが
どうしても忌避感がある。
あと筋肉痛がすごい。
だが。そうも言ってられない。
何日かここで暮らしているが
スラムでの生活はひどいもんだ。
力がなければ搾取されるのは
この世界でも元の世界でも同じだ。
「常に先手を打つイメージだぞ」
そう先手必勝だ。
俺はやられるくらいなら
やってやる。
「集中しろよ、新人?」
レイナが木剣を構える。
「次避けられなかったら飯抜き」
「いいぜ。飯抜かれたら盗んでやる」
「それでこそ盗賊団だ」
直後。
レイナの姿が消えた。
「っ!?」
速い。
イッセイは反射で後ろへ飛ぶ。
同時に気配遮断を発動。
存在感を薄める。
レイナの木剣が空を切った。
「……へぇ」
レイナが目を細める。
気付いている。
イッセイが“ただ隠れてるだけじゃない”ことに。
だが教官役の盗賊は気付かない。
「今避けたか?」
「たまたまだろ」
「運いいな新人」
ここ何日間かで気配遮断の
オンオフを何度か試している。
どうやら目の前にいても
相手は自分のことを
見失ってしまうようだが
1撃入れたらバレるし
集中力が切れても
オフになるようだ。
「……お前さ」
レイナがぼそりと言う。
「時々、そこにいる感じ消えるよな」
ドクン、と心臓が鳴る。
イッセイは笑って誤魔化した。
この異常性を気づいているのは、
今のところレイナだけのようだった。
「盗賊向きってことじゃない?」
「……まぁいい」
レイナは深く追及しなかった。
「でも面白いな、お前。弱っちいし、覚悟も足りてなさそうなのに」
「二言くらい余計すぎる」
レイナは男勝りにガッハハと笑っていた。
しかし結構な訓練をしているが、
対人戦ではレベルも上がらない。
ただリュゼ曰く
『スキルを先に伸ばした方がいい』
とのこと。
(今の俺のスキルってどんなもん?)
『気配察知Lv2、短剣術Lv1、回避補正発生』
(補正って?)
『高難度相手との経験値』
この世界の人間は
“レベル”ばかりを重視しているそうで。
強い魔物を倒し、
経験値を稼ぎ、
レベルを上げる。
それが常識。
ギルドなんかに登録すると
レベルはみんなに見られたり
することもあるらしい。
だが。
『本来重要なのはスキル熟練度』
リュゼは淡々と続ける。
『レベルが上がるほど、スキル成長効率は落ちる』
つまり。
低レベルのうちに格上と戦う方が、
最終的に強くなる。
なんか苦労した経験を積んだ方が
強くなれるのはよいシステムだと俺は思う。
イッセイはちらりとレイナを見る。
『この女、強い』
レベルだけじゃない。
動きやスキル使用に無駄がない。
視線。
呼吸。
重心。
全部が実戦向きだ。
(レイナって全体で言えば強さってどの程度なん?)
『現時点で王都上位層に片足入ってる』
(マジか)
『レベルも盗賊団の中では2番目』
『しかも訓練を怠ってないからスキルもしっかり育ってる』
どうやらこの盗賊団ではスラムの子供たちを
中心にしっかり鍛え上げて
生きる術を身につけさせているそうで。
「なんだよ、あたしのことジロジロ見て」
どうやら天使と話し込んで
傍から見ると押し黙ってしまって見えたようだ。
『欲情してる?』
しとらんわ。
最近ただでさえ訓練を
みっちりさせられた上に
夜は夜でリュゼに命じられて
色々やっているのだから。
「新人。姉御に欲情してるとお頭に殺されるぞ?」
教育役の盗賊が俺の落とした
木剣を拾いながら言う。
「なっ!?てめぇ何言ってやがんだ」
レイナが顔を真っ赤にして反論する。
その表情は乙女のもので
確かにそうして見ると
鍛え抜かれた曲線美と
いわゆる出るとこがしっかり出てるスタイルは
男好きしそうな感じだ。
「新人。なんかいやらしいこと考えてねぇか?」
いかんいかん。
「確かにレイナさん美しいとは思いますが」
「ん?」
教育係の盗賊は締め技を受けて
声も出せないようだ。
「思い人がいるんじゃあねぇ?」
よく取り巻きの盗賊たちにレイナが
いじられている鉄板ネタだ。
どうもこの盗賊団のお頭は
レイナの幼馴染でそれはそれは
シュッとした男らしい。
この盗賊団の創設者で
貴族の私兵とも渡り合える
実力の持ち主とのこと。
…まぁ会ったことはないんだが。
「姉御とお頭の間に入れるとしたら、勇者くらいのもんでしょ」
ここ数日聞いていて知ったのだが
レイナは勇者に憧れがあるようで
元々食うために始めた盗賊だが
勇者パーティに志願したいと
話したこともあるようだ。
こういう女性が寄ってくるんだから
うらやまけしからんことである。
「おい、新人。いい度胸だなぁ。そろそろ実戦と行くか?
きつい現場に送り込んでやるよぁ!」
言うとレイナは早速
紙の束を取り出した。
そろそろ現場に出させるかもななんて
噂は聞いていた。
鍛えている子供と違って
いわば中途採用のようなものだからである。
レイナの財布を入団試験代わりに
盗っている実績もあるし。
「こんなのはどうだぁ?この貴族アッチらしいからよ。咥えこんで潜入してくるかぁ?」
いくらキレイだと言っても上司の
地雷は把握しておくべきだ。




