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誤転生Ⅲ

 ズボン問題は深刻だった。


「上だけあっても意味ねぇ……」


 木陰でイッセイは頭を抱えていた。


 現在の装備。


・謎の麻シャツ

以上。


 終わっている。


「下半身が圧倒的に足りない」


「当たり前」


 リュゼは無表情だった。


 こいつ絶対助ける気ないな。


 森の中では今も勇者捜索祭が続いている。


「勇者様ー!」


「こっち探せー!」


「見つけたら一生分の幸運だぞ!」


 もう宝探し扱いである。


「……ズボンだけピンポイントで盗るの難しくない?」


「難しい」


「即答」


「歩きながら脱がせるのは高度」


「言い方」


 イッセイは周囲を見回す。


 そして、少し離れた場所で木にもたれかかって寝ている男を見つけた。


 酒瓶。


 赤い顔。


 だらしなく開いた口。


 完全に酔っ払いだった。


「あ」


「いる」


 リュゼも頷く。


 男は祭りの参加者だろう。


 服装はそこそこ綺麗だ。


 サイズも多分近い。


 そして何より。


「……寝てるな」


「寝てる」


「……」


「……」


 二人の間に最低な沈黙が流れた。


「いやでも犯罪――」


「世界救う方が大事」


「万能ワードやめろ」


 イッセイは気配遮断を発動する。


 世界から存在感が薄れる。


 そっと近付く。


 酔っ払いは「へへぇ……勇者……ボインボイン……」とか寝言を言っていた。


 罪悪感が少しだけ薄れた。


「……借りるぞ」


 数分後。


 イッセイはようやく服一式を揃えていた。


 麻シャツ。

 ズボン。

 革靴。

 ついでに小袋に入った小銭。


「金まで盗るな」


「いや無一文って言ったのそっちだろ!?」


 その瞬間。


 頭の中に機械音声のようなものが響いた。


【条件達成】


【スキル《盗人 Lv1》を獲得しました】


「うわぁ……」


 イッセイはなんとも言えない顔になった。


「盗賊系統適性あり」


「嬉しくねぇ」


「気配遮断EXと相性いい」


「もっと嬉しくねぇ」


 リュゼは淡々と続ける。


「たぶん伸びる」


「何が悲しくて異世界初スキルが盗人なんだよ……」


 だが現実問題、生き延びるには必要だった。


 イッセイは諦めて服を整える。


「……で、次は?」


「王都」


 森を抜けた先。


 巨大な城壁が見えた。


 王都だった。


 高い白壁。

 巨大な門。

 人の列。


 祭りの影響か、かなり賑わっている。


「おぉ……」


 思わず声が漏れる。


 異世界だ。


 本当に異世界だった。


「感動してるところ悪いけど」


 リュゼが言う。


「検問ある」


「……あっ」


 門の前には鎧姿の兵士たちが並んでいた。


「身分証を見せろ!」


「次!」


「怪しい者は止めろ!」


 普通に厳しい。


「いや待て、俺戸籍ないんだけど」


「ない」


「詰んでない?」


「だから気配遮断」


「万能だなそのスキル」


「あなた専用チートみたいなもの」


 イッセイは列の横を歩く。


 気配を消す。


 存在を薄くする。


 兵士の横を通る。


 だが。


「……ん?」


 一人の兵士が眉をひそめた。


 イッセイの心臓が止まりかける。


「どうした?」


「いや……今何か……」


 視線がこちらを向く。


 まずい。


 バレる。


 しかし次の瞬間。


「気のせいか」


 兵士は首を振った。


 認識が滑り落ちた。


 イッセイは静かに門を抜ける。


 そして。


 王都へ足を踏み入れた。


 石畳の道。

 大量の人。

 露店。

 酒場。

 笑い声。


 異世界の喧騒が広がっていた。


「……来たんだな」


 知らない世界。


 知らない街。


 歴史には残らない場所。


 勇者ですらない自分の物語。


 すると隣でリュゼがぼそりと言った。


「まず宿代稼がないと」


「一気に現実に戻すなよ」


◇ ◇ ◇


 王都アストリア。


 巨大な城壁に守られたこの街は、世界でもっとも安全な都市の一つと言われている。


 ――表向きは。


「仕事探して」


「なんか前世でも似たようなこと言われたような気がするんだけど」


「お金必要」


「そういうのチート的なのでどうにかできないわけ?」


「あなたの育成プランに向いた仕事がある」


とのことでついていくとドンドン王都の中心部から寂れた裏路地に入っていく。


やばいんじゃ、そう思った瞬間だった。


「おにーさん、ちょっと止まろうか」


やっぱ絡まれたじゃねえか。


赤髪の女は木箱の上で足を組みながら、面白そうにイッセイを見た。周りには数名のゴロつき。


 鋭い目。

 勝ち気な笑み。


 そしてやたらスタイルがいい。


「観光なら回れ右だよ」


「仕事を探してる」


「こっちにはあんたの望むような仕事はないよ。帰んな」


「こっちにも事情があってな。飯食えればなんでもするつもりなんだ」


「ふーん」


 女――レイナは値踏みするように目を細めた。


 周囲の盗賊団らしき男たちは全員そこそこ武装している。


 スラムの空気は重い。


『気を付けて』


 頭の中にリュゼの声が響く。


『この辺の連中、弱くはない』


(でも王都って平和なんだろ?)


『だから一般人は弱い。でも裏社会と重要機関、ギルドは別』


 なるほど。


 平和だからこそ、それを守ったり、破ろうとする奴はそれなりの強さなのか。


「で、あんた何ができる?」


 レイナが聞いてくる。


 イッセイは少し考えた。


 気配遮断EXのことは言わない。


 絶対に。


 これはたぶん、この世界でも異常側の力だ。


「足音立てないのは得意」


「ほぉ?」


「あと逃げ足」


「泥棒向きだな」


「否定はしない」


 レイナはニヤッと笑った。


「よし、試験」


「試験?」


 彼女は懐からコインを取り出した。


「今から私の財布盗れたら合格」


「……」


「どうした?」


「いや」


 イッセイは困った顔をした。


「初対面の女から財布盗るの、難易度高いなって」


 周囲から笑い声が上がる。


「びびってんのか?」


「やめとけ新人」


「レイナ姐の懐触れる奴なんていねぇぞ」


 だがレイナは笑ったままだ。


「ほら、やってみろ。いつでもいいぜ」


 レイナは明後日の方向に歩き出す。


 イッセイは近付く。


 観察する。


 腰の位置。

 手の位置。

 視線。


 そして。


 ほんの一瞬だけ、人混みのざわめきに紛れて体を滑らせた。


 シュッ。


「――ん?」


 レイナが目を瞬かせる。


 イッセイの手には財布。


 周囲が静まり返った。


「……え?」


「今どうやった?」


「見えなかったぞ」


 イッセイは財布を返す。


「はい」


 レイナは受け取りながら、じっとイッセイを見た。


「……お前」


「?」


「今、一瞬消えた?」


 ドクン、と心臓が鳴った。


 周囲の盗賊たちは気付いていない。


 だがレイナだけは違った。


『鋭い』


 リュゼの念話。


『この女、感覚型』


(マジかよ)


 イッセイは肩をすくめた。


「気のせいじゃない?」


「……」


 レイナは数秒黙る。


 だがそれ以上追及はしなかった。


「まぁいい」


 代わりにニヤッと笑う。


「気に入った」


「軽いな」


「面白い奴は好きなんだよ」


 そのまま背を向ける。


「ついてこい、新人」


 盗賊団のアジトは、スラム地下の廃倉庫だった。


 思ったより人数が多い。


 十人以上いる。


 孤児みたいな子供までいた。


「意外だな」


「何が?」


「もっと殺伐としてるかと」


 レイナは鼻で笑う。


「そりゃ表の貴族様の方がよっぽどエグい」


 その言葉だけ妙に重かった。


 奥では子供たちがパンを食べている。


 盗賊団というより、半分孤児院だった。


『この組織』


 リュゼが言う。


『本来、数年後に潰される』


(へぇ……)


『貴族の不正を嗅ぎ回りすぎた』


 イッセイは少しだけレイナを見る。


 仲間に飯を配る姿。


 乱暴だけど、ちゃんと周囲を見ている。


 たぶん根は悪くない。


「今日からお前は下っ端な」


 レイナがパンを放って寄越す。


「まずは雑用。文句あるか?」


「飯くれるならない」


「安い男だな」


 笑われる。


 でも悪くなかった。


 異世界に来て初めて、

 少しだけ居場所みたいなものを感じた。


『イッセイ』


(ん?)


『たぶんこの女』


 リュゼの声が少しだけ静かになる。


『将来、王都を変える中心になる』


 イッセイはパンをかじりながら、小さく笑った。


(じゃあ死なせないようにしないとな)



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