誤転生Ⅱ
落ちる。
という感覚が最初だった。
「うおおおおおおっ!?」
風が全身を叩く。
いや待て。
異世界転生って普通もっとこう、神殿とか草原とかじゃないのか?
なんで空中?
眼下には深い森。
めちゃくちゃ森。
「クソ神ぃぃぃぃぃっ!!」
叫んだ瞬間。
――ドン。
「がっ!?」
何か柔らかいものにぶつかった。
だが衝撃はない。
気付けば俺の体は空中で停止していた。
「……うるさい」
すぐ目の前に少女がいた。
銀髪。
青い瞳。
白いローブ。
背中には淡く光る羽。
ただし表情は死ぬほど不機嫌だった。
「あ」
「……」
「天使?」
「見ればわかるでしょ」
口調まで冷たい。
天使ってもっと優しくない?
少女――天使は俺の服を片手で掴んだまま、ゆっくり森へ降下する。
ふわり、と音もなく着地。
対して俺は腰が抜けていた。
「……死ぬかと思った」
「もう死んでる」
「それ今言う?」
天使は小さくため息を吐いた。
めちゃくちゃ「面倒くさい」が伝わってくる。
「あなたが誤転生者?」
「その呼び方やめろ」
「正式分類」
「分類されてんのかよ……」
天使が指を動かす。
空中に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【個体名:イッセイ】
【分類:誤転生者】
【担当:世界調整補助】
【状態:因果律不安定】
「状態異常みたいに言うな」
「実際そんな感じ」
ひどい。
「私は管理天使リュゼ」
「管理天使」
「あなたの監視兼サポート担当」
「監視って言った?」
「言った」
隠す気ゼロだった。
リュゼは無表情のまま続ける。
「勝手に歴史改変されると困るから」
「俺、危険人物扱い?」
「転生者はだいたい危険」
偏見がすごい。
いや異世界転生モノの主人公って大体暴れるけど。
「ちなみに」
リュゼが空を見る。
「今から三十秒後、王国兵が来る」
「は?」
「さっきの転送魔力感知された」
「クソ神ぇぇぇ!!」
「神は雑」
もう共通認識なんだなそれ。
その時だった。
「この辺りだ!」
遠くから怒声が聞こえる。
鎧の音。
複数人。
ガチの捜索隊だった。
「早くない!?」
「あなたの転移反応、結構派手だったから」
「聞いてないんだけど!?」
「神が説明忘れてたんじゃない」
「あのおっさん……!」
ガサガサと森が揺れる。
もう近い。
「で!? どうすれば!?」
リュゼは俺を見た。
「気配遮断EX」
「いや使い方知ら――」
「感覚でポーズとってみて」
「雑!!」
兵士の声がさらに近付く。
「周辺を囲め!」
「転生の祠から反応は!」
イッセイは半泣きで集中した。
消えろ。
存在感消えろ。
俺は空気。
俺は石。
俺はいない。
そうして顔の前で指を1本立てて、静かにというジェスチャーを行う。
その瞬間。
世界が一変した。
「……え?」
自分の輪郭が曖昧になる。
空気に溶ける感覚。
存在が薄くなる。
兵士がすぐ横を走り抜けた。
目が合った。
はずなのに。
「……いない?」
「確かに反応はここだったぞ!」
誰もイッセイを認識しない。
まるで最初から存在していないみたいに。
「うわっ……」
「成功」
リュゼが淡々と言う。
「それが気配遮断EX」
「怖っ」
「慣れると便利」
兵士たちは混乱したまま森の奥へ去っていった。
静寂が戻る。
イッセイは自分の手を見る。
本当に、世界から見落とされている感覚だった。
「……これ、なんか思ってたよりヤバい能力じゃない?」
「かなりヤバい」
「軽く言うなよ」
リュゼは小さく肩をすくめた。
「あなたは“観測されにくい”から」
「それ神も言ってたな」
「世界からすると異物だから」
「言葉選びもうちょい優しくできない?」
「無理」
即答だった。
兵士たちの足音が遠ざかっていく。
イッセイは木にもたれたまま、大きく息を吐いた。
「……マジで見えてなかった」
「だから言った」
隣でリュゼが淡々と答える。
相変わらず感情が薄い。
「便利でしょ、気配遮断EX」
「便利っていうか怖いわ」
自分の存在が世界から滑り落ちる感覚。
あれは“隠れる”とは少し違った。
認識されない。
最初からそこにいなかったみたいに扱われる。
「あなたは観測されにくい」
リュゼが静かに言う。
「この世界で、“モブ”として動くには最適」
「嬉しくねぇ……」
「でも、生き残れる」
その言葉だけは妙に重かった。
リュゼは空中に地図を表示する。
「まずは近くの街へ向かう」
「街?」
「生活基盤必要でしょ」
「まぁそりゃ……」
「あと戸籍」
「異世界にもあるのかよ」
「ないと面倒」
夢の異世界生活が急に現実的だった。
「ちなみに」
リュゼは無表情のまま続ける。
「あなた今、お金ない」
「終わってる」
「服もない」
「終わってる」
「あと常識もない」
「やめろ」
リュゼはじっとイッセイを見る。
「頑張って」
「他人事だなぁお前!?」
「ってよくよく考えたら俺、今全裸じゃねえか!」
「そう」
リュゼは頷いた。
無表情だった。見るとまごうことなく生まれたての姿。
「なんで!?」
「本来、勇者召喚時には異世界技術を除去する必要があるから」
「除去?」
「スマホとか化学繊維とか。世界バランス壊れるし」
「へぇ……」
「だから普通は召喚時に現地仕様へ変換される」
「じゃあなんで俺は!?」
「神が面倒がった」
「あのおっさんマジでさぁ!!」
リュゼは淡々と続ける。
「誤転生だから正式処理されてない」
「最低だな!」
「ちなみに」
リュゼが少し視線を逸らす。
「今のあなた、かなり危険」
「全裸だから?」
「それもある」
「それも」
「今日は王都で召喚祭」
「召喚祭?」
空中に王都の映像が映る。
巨大な城壁。
人混み。
祭り。
「勇者召喚に備えた伝統行事」
「気が早ぇな」
「この世界、“勇者は森に現れる”って伝承があるから」
「神殿とか祠じゃないの?」
「転生の祠はあるけどたいていそこにはいない」
リュゼは森の方を見る。そちらに祠があるらしい。
「今、大量の町民が勇者捜索中」
「……あ」
ガサガサッ!!
近くの茂みが揺れた。
「いたか!?」
「勇者様ー!!」
「きゃー! 私が最初に見つけたいー!」
「見つけた者には幸運が与えられるぞ!」
「異性なら恋に落ちるらしいぞ!!」
「うおおおおお!!」
「怖っ!!」
なんか宗教イベントみたいになってる。
「ちなみに」
リュゼが無表情で追撃する。
「今のあなた見つかったら」
「……」
「全裸の不審者」
「終わった」
イッセイは即座に木の裏へ隠れた。
「ど、どうすんだよ!」
「服必要」
「そりゃそうだ!」
リュゼは少し考えてから言う。
「盗めば?」
「天使の発言かそれ!?」
「気配遮断EXあるし」
確かに。
いや確かにじゃないが。
その時、近くを若い男たちの集団が通り過ぎる。
「絶対オレが勇者見つける!」
「勇者と友達になれば人生勝ち組だぞ!」
「姫様に褒められるかも!」
楽しそうである。
そして一人だけ、上着を腰に巻いていた。
イッセイは真顔になった。
「……いけるか?」
「いける」
「犯罪では?」
「見つからなければ」
「天使の倫理観どうなってんの?」
リュゼは少しだけ首を傾げた。
「世界救う方が大事」
「雑!!」
だが背に腹は代えられない。状況が整ったらしっかり返却することにしよう。
イッセイは深呼吸する。
気配を消す。
空気に溶ける。
世界から認識が滑り落ちる。
そして――
シュッ。
「あれ?」
「お前上着は?」
「えっ?」
数秒遅れて騒ぎ始める青年たち。
その横で。
木陰に戻ったイッセイは、戦利品の上着を抱えて震えていた。
「……できた」
「おめでとう」
「一番ダメなスキルの使い方した気がする」




