【227】冒険者試験編㉙ 〜決着〜
「……何しようとしてるんだよ……先生」
アーシスは前方の魔獣を睨み据えたまま、背後のパブロフに問いかけた。
ボロボロの装甲。
全身から流れる血。
声は掠れ、息は途切れがち。
その姿は──もはや"戦える姿"ではなかった。
「……もう十分だ、アーシス。お前はよくやった」
パブロフはタオルをギュッと握り締める。
「……よくやったって……もう終わったみたいじゃん……まだ終わってねぇのによ……」
弱々しい声量で、アーシスは呟いた。
「──このままでは死ぬぞ!!」
パブロフの声が、珍しく荒れた。
「意地を張るな……これはただの試験だ!命をかける必要はない!!」
──ピタ。
アーシスの顎から、血が滴り落ちる。
石床に落ちた血が、暗い照明の下で鈍く光った。
「……退けない」
息も絶え絶え、それでもアーシスの瞳は──燃えている。
「──ここで退くようなら、この先俺は……仲間を守れない」
「……っ!」
その言葉に、パブロフの指先が震えた。
教師としては止めるべきだ。
セコンドとしては──タオルを投げるべきだ。
だが……。
──その“まっすぐな目”を見た瞬間。
遠く、アーシスを見つめていたネプチューンの脳裏にも、弟ニーノの瞳が重なる。
ジャリ……。
アーシスは、ゆっくりと一歩踏み出す。
血の跡が、石床に残った。
「バカヤロウ……」
無謀だとわかっている──だが、この覚悟の前で、パブロフはタオルを投げることが出来なかった。
足を踏ん張り、地面を蹴り上げる。
血飛沫を撒き散らしながら、アーシスは魔獣へ飛び込んだ。
アビスグラムをぐるりと回し、剣の高速回転で竜巻を生む。
そこへ、魔法で炎を絡ませる。
「竜巻旋風剣!!」
──炎の竜巻が、唸りを上げて走った。
熱光線の嵐を弾き、肉塊の射線を乱し、バル=ゾルディアスの腹部へと激突──
轟音。砂煙。視界が揺れる。
──その“隙”に。
アーシスは踏み込み、魔獣の左腕へ剣を叩きつけた。
ズシャアァッ!!
鞭が断たれ──絡め取られていたにゃんぴんが、空中へ投げ出される。
「──にゃんぴん!レベル2だ!!」
アーシスの叫びが、必死に空を掴む。
にゃんぴんは一瞬、躊躇した。
──だが、アーシスの瞳に宿る焔を見て、歯を食いしばった。
「どうなっても、知らないにゃ!!」
目を閉じて叫ぶ、と同時に──全身が閃光。
黒紫のマナが蛇のようにうねり、にゃんぴんの周囲を輪状に回転する。
そして──矢のように、アーシスへ飛び込んだ。
──瞬間。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!!」
コロシアムが揺れるほどの咆哮。
血管が暴れ、筋が軋み、骨が悲鳴を上げる。
全身の肉が内側から裂ける感覚。
「ゴパッ……!!」
アーシスは喉を掻きむしるようにうめき──口から大量の血を吐いた。
目からも血が滲む。
髪が逆立ち、紫に染まる。
全身から魔力が噴き出し、禍々しい黒紫のオーラが蠢いた。
「……こ、これは……」
パブロフの頬を冷たい汗が伝う。
控えエリアの仲間たちも、声を失った。
「……アーシス……」
アップルは、震える唇を噛み締め、涙を滲ませる。
観客席もまた、言葉を失っていた。
ギルド席のG=フュールーズも、影の男も、ただ無言で見つめる。
──やがて。
噴き出した魔力は、ゆっくりとアーシスの身体へ収束していった。
アーシスは剣を握り直す。
バキ……ブチ……。
動くたび、筋肉や腱が裂ける音がした。
肉体が、力に追いついていない。
それでも──
壊れゆく身体を黒紫の魔力が“無理やり"繋ぎ止め、アーシスは一歩ずつ前へ進んだ。
ヴォォォォォォッ!!!!
バル=ゾルディアスが咆哮し、魔力斧を振り下ろす。
──次の瞬間。
その瞬間を、グローリーゲイトの誰もが目で追えなかった。
だが──空中に、斧を握った魔獣の右腕が、飛んでいた。
ドゴォォォォン!!!!
切り落とされた腕が落下し、石床が爆ぜる。
飛び散る瓦礫。紫の血。
アリーナには、剣を振り上げたままのアーシスが立っていた。
会場がどよめく。
歓声にならない声が、喉の奥で詰まる。
しかし──
ドサッ……。
アーシスは、そのままの体制で地面へと崩れ落ちた。
溢れ出す血が、砕けた石床を真紅に染めていく。
「……アーシス!!」
シルティの叫びが、アリーナを裂いた。
──アーシスは、ピクリとも動かない。
黒紫のマナを吐き出したにゃんぴんも、座り込んだまま動けない。
バル=ゾルディアスは、空中に浮かぶ無数の肉塊を、ゆっくりと寄せた。
魔獣の目が光り、肉塊の先端が赤く脈動する。
アーシスを囲む肉塊が、一斉に魔力を凝縮させていく。
「……っ!!」
マルミィは、その場に崩れ落ちた。
涙が止まらない。
──絶対絶滅。
決着の時。
だが──。
ピタ……。
空中に浮かぶ肉塊が、動きを止めた。
次の瞬間──
バル=ゾルディアスの巨躯が、空中に浮かぶ巨大な魔法陣へ吸い込まれ──音もなく消えた。
「……!?」
予想だにしない光景に、会場全体がざわめく。
──アリーナの片隅では、ネプチューンが杖を掲げていた。
その横顔は、無表情。
だが、握る指の節だけが、白い。
「…………やめだ」
ネプチューンは、静かに呟いた。
(つづく)




